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(虫)拭って

ムシウタ

雪様リクエスト
みんなの前で泣いてしまうかっこう

当然のごとく愛されております






光の粒子が空へ立ち上る。人の狂気から生まれてしまった異形達が、この世界から消えていく。
青い空に濛々と上がる白煙。崩れた瓦礫が広がる壊滅した都市。その爆心地のような赤牧市に、いまだ押さない十代の少年少女が、皆呆けたように空を見上げていた。
憎んで利用して、殺しあって。手に入れたものと失ったものを抱えて、そうしてここまで生き残った人間の目に、この光景は夢のように映っていた。
逃げたくて、何度願っても消えてくれない時限爆弾に憔悴しながら、今ようやく開放される。
現実味のない夢の光景。誰もが「何故もっと早く」と願わずには居られない、尊い命をいくつも飲み込んだ末に広がる光景。
「う、あ……」
声は小さく、聞き取れたのは数人だ。彼の傍にいる数人にしか聞き取れなかっただろう。
ゴーグルもコートもない。一度戦場から離れていたからゴーグルの予備が無かった。コートは隣に立った少女にかぶせた。
どこにでもいる少年の姿だけで、”かっこう”は消滅した。
体を蝕む虫の装甲も、甲高い鳴き声と共に消えていく。祝福か呪いか分からなくても、それは別れだった。
”かっこう”の役目は終わった。
目的は果たせなくても、多くの虫憑きを奮い立たせ、生き延びさせた。恐怖の圧制に屈することなく、共に並び立つ少女もいた。
終わった。
終わる。
”かっこう”の硬い殻が消えていく。
大助は叫ぶように声を上げた。
「あ、あ、うあああああああああああああああああ」
涙が止まらなかった。
苦しみが報われた小さな達成感と。膨大な助けられなかった命への後悔と。今生き残っていることに感謝すればいいのか、苦しめばいいのか。
分からない。分からないまま終わってしまった。
願いが叶う前に全ては過ぎ去って、残っているのは死に掛けの心と身体と、寂しさ。
虫に憑かれた日から何一つ変わっていない弱く、子供の心だけ。
居場所が欲しい。必要とされたい。他の誰でもない自分が欲しいと言って貰いたい。
誰か。――誰か。
涙は絶叫であり慟哭であり、おそらくこの場にいる誰よりも大助が出してはいけなかった類の感情だ。
感情は伝播した。
現実を受け入れた少年少女たちも、やはり同時に安堵と悔恨を抱えていた。一人また一人と崩れ落ちていく。
ただのちっぽけな人間に戻って、”かっこう”は薬屋大助になって初めて悲鳴をあげた。



 

一度馬鹿になった栓というのは、なかなか元に戻らないらしい。気合や我慢で止められていたはずなのに、今は流れ落ちて初めて気付く体たらくだ。
「あ」
ぽろ、とまるで鉛筆を落としてしまったような感覚で涙が落ちた。
その瞬間ガタゴトガン、とけたたましい音を立てて数人が椅子を巻き込みながらひっくりかえる。そのリアクションもいい加減飽きないのかと当人ながら他人事のように思ってしまう大助だ。
「こ、今度はなんだああ!」
起き上がりながら顔を真っ赤にして叫ぶアンネリーゼはなぜか呼気を荒げている。最終決戦すら最後まで走りぬいた屈指の虫憑きである彼女を、何がそんなにも蝕んでいるのだろうか。
こちらは無言で席を起こす有夏月や鯱人も、どこかげっそりしている。
「いや、ただひさしぶりにハンバーグ食べたな、と思って」
長く出来合の惣菜ばかり食べていたし、後半はただ生きることに必死すぎてすぐにエネルギーになるものばかり食べていた気がする。決戦後には病院食や流動食ばかりで、肉類はほとんど味気のない鳥のささみなどだけだった。
牛肉の油が冷えてもおいしく食べられるように工夫されている。手作りハンバーグ、などというものを食べたのはいつぶりだろうか。
「驚かせんなよ!」
「むしろいい加減慣れてくれよ」
どうにも最終決戦終了後に大泣きしてから、涙の栓がバカになってしまったらしい。ことあるごとに突拍子もなく溢れ出すそれのせいで、復学した学校ではすっかり繊細な男子扱いだ。めんどくさいので訂正していないが、周囲の対応もいやに過保護になりつつある。
「で、そのハンバーグって誰の手作りだよ」
「けーご」
相席連中はガタゴトガンゴシャ、と再びすさまじい騒音を立てて転げまわった。もはやなにがどうなったのかわからないが、椅子と一体化するようにねじれまわっている。ただ一人、大助の隣でゆっくりと小さな弁当箱の中身を食べ続けている詩歌だけ、驚いたように目を見開いた後、ゆるゆると笑みを浮かべた。
「土師さん、料理もできるんだね。すごい」
「あいつ、なんでも器用にこなすんだ。仕事だって夜遅くまでやってるくせに、身体丈夫じゃないんだからとっとと休めって言ってるんだけど」
「でも、おいしく食べられるように作ってくれるんだよね。優しいね、土師さん」
「ん、まぁ……」
これはいちゃついているのか惚気られているのか、だとすれば三角関係なんじゃないだろうかと周囲に思われているなど当事者は知りもしないだろう。(ここにいない悪い大人だけは理解しているのだろうが)
詩歌は当然のように大助の目じりに溜まっていた涙を白い指先で拭う。大助は女生徒の険のない接触は居心地が悪いと同時に、思春期らしいあこがれもあって頬を赤らめた。いちゃついてんのか、と地獄の淵から出てくるような声を出したアンネリーゼの声を届いていない。
優しさ、温かさ、仲間という存在。
欲しかったけれど諦めたもので、きっと自分の道を進む限り決して手に入らないものだと思っていた輝かしい者たち。
それを自覚するたび頬を温かい何かが伝う。
「あ」
ぽろりと再び落ちた雫に、アンネリーゼが目を突きそうな速度で拭う。
今はこんなにも自分の涙をぬぐってくれる人間がいることが、ただうれしかった。

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