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そのとき思いついたネタ置き場 BLのようなそうでないもの多し やまも意味もオチも特にない。
drrr
drrr
痛むのは身体の奥だけど、無理矢理外傷のせいにした。
どうせ傷だらけの身体は痛みを発しているんだから、胸が痛いのはそのせいだ。けして傷付いているわけでもなく、悲しんでいるわけでもない。
俺は素敵で無敵な情報屋さん。人身掌握はお手の物、奔放で自由で、何事にもとらわれず愛に生きる真摯な人間。後半は嘘だけど。
そんな自分が恋をするなど、やはりあってはならないことだったのだ。
この、人類という素晴らしき種族を愛するという啓示のままに、未来永劫愛していくべきだったのだ。他でもない俺の心で、俺の意思で。
だから、ふられたから泣いているなんてあってはならないことだ。故に、そんな事実は無かった。
涙は目にゴミが入っただけで、胸が痛いのは身体の傷がうずくせいだ。
「ね、シズちゃん」
だというのに、気まぐれで飼い始めた犬の名前を呼ぶたびに胸は痛んだ。
擦り寄る犬の暖かさに救われながらも、それが他人ですらない事実に自嘲している。
ばかみたい。ばかみたいなにんげんみたい。
「くぅ」
その精悍な顔立ちとは裏腹に、無駄吠えをしない賢いシズちゃんは、こうして喉の奥で静かに鳴く。まるで人間の(一応生物的に。あれは化け物だけど)シズちゃんみたいで、それがどうしようもなく俺の胸を掻き毟っていくんだ。
「散歩?」
問えば、勝手知ったるように玄関のほうに歩いていき、購入したリードを銜えて戻ってきた。尻尾は緩やかに左右に揺れていて、「行くぞ」と目で語ってくる。
「はいはい。いこっか」
言われるまま散歩の用意をする。つい先日クローゼットから引っ張り出した竹の長いコートを着て、顔の怪我を隠すためにマフターと帽子を身につけておいた。池袋ならともかく、新宿付近で顔は割れていない。念のためというか外出時は常に持ち歩いているナイフだけで、俺はゆっくり外に向かった。
シズちゃんは賢い犬なので、本来ならリードは不要だ。常に俺の傍を従い歩く様は、彼の池袋で上司の背中につき従う人間のシズちゃんを連想させる。
それに複雑な気持ちを抱きながらも、都会のマナーとしてリードはつけておく。犬が苦手な人だって多いし、不慮の事態で何が起きるかわからない。
公園までの舗装された道路を歩いていると、十代と思われる女子の集団が犬を見てはしゃいでいる。動物とはかくも人に何らかの思いをいだかせるようだ。
「シズちゃんモテモテじゃん」
からかうように呟くと、鼻で笑われた。……本当に似てるよなぁ。
もしかして本物のシズちゃんじゃないかと思うこともあるけれど、さすがにそこまでファンタジーを信じ込んでいるわけじゃない。そもそも池袋で俺はシズちゃんと何度も出会っているし、何度も殺されかけているし、何度も憎しみの目で見てくる。
万が一、億が一シズちゃんが犬に返信する狼男的な存在だったとしても、こうして俺に世話を焼かれるのを好まないだろう。
それに犬のシズちゃんは人間のシズちゃんとは違って俺を憎んでいない。
殴らないし、蹴らないし、そこらへんの物を投げてきたりしない。俺を嫌わない。
都会の中心の公園なんて、こんな中途半端な時間は寂しいだけだ。ちらほら俺のようにペットをつれた人影を見かけるけれど、それほど大きくもない公園では人影もまばらで。
俺の趣味と生きがいでもある人間観察も、出来そうに無かった。
ここでようやくリードを外してやって、公園を散策させる。ふりふり尻尾を振ってそこらへんを嗅ぎ回る姿を見ると、やっぱり犬だよなぁと思う。
「いくらシズちゃんでもあんなことはしないよねぇ」
でもあいつ、俺の事が匂いで分かるとか超次元な事を言い出すし。
仮にも告白して、それをこっぴどく振っておいた相手に、次に会った時同じように物を投げてくるなんて信じられない。お前には心が無いのか! といってやりたい。
まぁそもそも人間じゃないから、こんなことを願う自分が見当違いなのかもしれない。
それでも犬のシズちゃんは俺が落ち込んでいると横にいてくれるし、傷が痛んでうなされている時はこちらを伺うようにふんふんと鼻を鳴らし、指や頬に湿った鼻を押し付けてくれる。
言葉を解さない分、いたわるような態度で接される日々は。二つの感情を常に際立たせる。
愛されている嬉しさと、何故コレが「あの」シズちゃんではないのだろうかという醜い憎悪。
自分が汚くて、哀れで、これまで嘲笑ってきたどの人間より小さな存在に思えた。
「まぁ、うちの方が賢いもんね。池袋徘徊する犬じゃあるまいし、シズちゃんってほんとムカツク」
八つ当たりに違いない声は情けなく震えていたけど、素直に甘えや弱さを表に出せるような単純な人間じゃない。
だから、必要ならば自分だって欺いてみせる。
だから、だから。
「だれが犬だって? 臨也くぅん?」
だから。
drrr
「臨也、とりあえず飯のおねだりからな。手前は賢いんだから一回で覚えれるだろ? まず俺の足か指を舐めろ。それから『ご主人様餌を食べさせてください』って言え。いいな? ほら、言ってみろ」
にこにこ笑ったまま俺には到底理解できない言葉を吐き続けるシズちゃんは、どうやら至極真面目らしかった。心の底から俺が反抗すると思ってもいないらしく、だからこそ怒らせたときのことが恐ろしい。
けれど、とてもではないが言っていることは許容できる類のものではない。
「し、シズちゃん……何を、言ってるの」
「あ? まだ寝ぼけてんのか? だから、手前はこれからここで暮らすだろ? そのための約束事だよ。それと今のは許すけど、俺がいいって言うまでちゃんとご主人様って呼べよ」
駄目だ。シズちゃんの言っている言葉がまるで理解できない。
「い、一体どうしたの。どうしてそんな事言い出したんだ。しっかりしろよ、それとも本当に脳まで筋肉になっちゃったわけ?! おかしいよ! シズちゃんの言ってることがまるきり理解できな――」
衝撃。
わしづかみにされた頭を躊躇無く畳に打ち落としたと気付けたのは、猛烈な吐き気と痛みが現れてからだ。
「え、え――あ?」
「ご主人様、だろ? ほら、言ってみろ。ごーしゅーじーんー」
平坦に近い、きわめて素の声色のまま、俺は畳に押し付けられる。頭蓋骨が悲鳴を上げているのは錯覚じゃない。力がかかる右の頬と眼球が、つぶれてしまうんじゃないかと思うほどいたい。
「あ、あ、や、めて!」
かろうじて機能している左目にも、近すぎてぼやけた畳しか見えない。シズちゃんにとって俺の頭を握りつぶすことなんて簡単で、もはやプライドも後先も何も考えられない。
両手を畳について必死で状態を持ち上げようとするが、首が痛むだけだった。
「さーまーはー?」
「ご、ごひゅじん、さま、やめて! お願い!」
「あはは。ごひゅじんさま、だって。可愛いなぁ、お前」
ふざけた呼称にそれでも満足したのか、頭の圧迫からようやく開放された。
話された瞬間、反射的にベットに逃げるように上がり、精一杯隅によって身を縮める。
激しく動いたせいで、緩くとめられていた服もめちゃくちゃだ。むき出しの足は外気ですっかり冷たくて、ガタガタと震える身体をとめることができない。
「今の動き、猫みたいだったなぁ」
シズちゃんは、にこにこ笑うだけだ。
俺を見て青筋を浮かべていた表情が嘘のように、弟の幽くんによく似た柔らかい笑みを浮かべている。
いつもの瞳孔が開いた顔のほうがよほど安心するなんて、考えてもみなかった。
「臨也、「にゃー」は?」
そんな女性を魅了するような顔で、なんて事を言うんだ。
シズちゃんは――シズちゃんだといまだに信じられないこの男は、昨日までの態度が嘘のように、本気で。本気で俺を飼おうとしているんだ。
「なんで……きのう、昨日まで、殺し合いしてたじゃんかぁ……」
わけがわからない。これだからシズちゃんは嫌いだ。
いつもなら考えずとも言えたセリフが、喉で引っかかる。
震える声は見っとも無くて、震える身体がみっともなくて、人の……シズちゃんなんかの機嫌を損ねないように喋る自分が気持ち悪かった。
俺の信じていた大嫌いなシズちゃんは、どこへ行ってしまったのか。
「あれは手前の色んな顔が見たかったんだよ。ほら、ずっと追っかけてると顔真っ赤にしてバテるし。殴り続けたら、次に殴るときにビクッてするんだ。あれ、すげぇ興奮する」
今までわしづかみにしていた頭を撫で、頬をなぞり、首輪を伝う指に鳥肌が立つ。
シズちゃんの顔がまるでキスでも出来そうなほど近付いて、その日本人にしては茶色い目が視界いっぱいに映りこむ。
あれ?
シズちゃんの目、こんなに暗かったっけ?
俺はこんな目をよく見ていた。
あらゆる事情で越えてはならない一線を越えた人間は、稀にこんな目をするようになる。
人はそれを、狂うというのかもしれない。
「それで臨也」
唇を割る指先。
苦い、煙草の味と匂いがしみこんだ狂気が、唇にゆっくりと爪を立てた。
「にゃー、は?」
守護キャラ
唯世×イクト
唯世高校生設定
昔は彼の膝の上によく乗せられていた。
最低限の肉しかついていないような、痩せた彼の太腿をなぞりながらふと思い出す。
「イクト兄さんはもう少し食べたほうがいいよ。だからこんなにガリガリで、小さいんだ」
「……言うようになったじゃないか、唯世。ちょっと俺より大きくなったからって」
「僕はまだ大きくなるよ。もう成長の止まった兄さんとは違って、ね」
からかうように言うと、本格的にへそを曲げられてしまった。
ふん、とそっぽを向く仕草がやけに似合っていて、やっぱりこの人は野良猫だなぁとつくづく思う。大人になってもどこか幼さを残すイクトの所作一つ一つに、あの頃と全く変わらずに魅了される。憎しみで覆われていた頃さえそうだったのだから、今はもう唯世を押さえつけるものなどどこにもなかった。
「でも本当に良かったの? ツアー中でしょ?」
「ん、大丈夫……歌唄にも会ったし、たまには息抜き」
ヴァイオリニストとしてまさに時代の寵児ともてはやされるイクトは、去年から多忙な生活を送っている。文字通り世界中を飛び回り、年中あらゆる国で演奏会のオファーが絶えないのだという。
その容姿から日本でも女性を中心としたファンが急増し、さらには人気絶頂の歌手アイドル歌唄と実の兄弟という事も、彼のファンの中では周知の事実となっている。
当然日本のあらゆるメディアからオファーが来るが、元々父親を捜すために旅立った彼がそんなものに出るわけもなく。
現在の日本公演のチケットも、オークションで恐ろしい値段がついているらしい。
「知ってる。この前歌唄姉さんのツアーにシークレットゲストで出てくれたって、ものすごい自慢メールが来たから」
今なお呆れるほどのブラザーコンプレックスであるもう一人の兄弟は、何かとイクトの存在をかけて張り合ってくる可愛らしい一面を持っている。
「唯世ももう高校生か……可愛げがなくなって、おにーたんは寂しいぞ」
昔は何かとちょっかいをかけて着ては、自分がそれに過剰反応していた。さすがに歳相応の落ち着きを持ち始めた唯世は、あの頃のイクトと同い年になって初めて彼がとても子供っぽい性格をしているのだと気付いた。
あの頃イクトはとても大人びていて、つかみどころが無くて、何度も自分が届かない場所にいる存在だと信じて疑わなかった。
けれど、実際自分が同じ年になってみて、彼はきっと唯世には想像もつかないような苦しみを一人で耐えて生きていたんだと思う。
あの頃は高校生などもう大人だと思っていた自分は、こんなに子供だ。
「ふふ、じゃあ甘えさせてよおにーたん」
二人でベットに腰掛けて戯れていたのを好都合に、がばりと抱きついて押し倒す。
最初はきょとんと目を瞬かせていたイクトも、すぐに胡乱気な表情になると、唯世の金の頭をごつんと叩いた。
「おにーたんはこんなえろい子知らないぞ」
「僕ももう高校生だよ?……そりゃあ、色々覚えるよ」
あの頃の純粋な気持ちは、もう帰ってこない。
知ってしまったのだ。人を好きになるということと、それに付随する人間の欲望とも言える激情を。
「……俺の、からかいがいがあってすぐに真っ赤になって可愛かった唯世はどこにいったんだ」
「……イクト兄さんは、昔の僕のほうが好きだった?」
唯世の言葉に、イクトは途端に困ったように眉をしかめる。我ながら卑怯な質問だと思ったが、イクトの言葉もあながち外れず、自分は「いい性格」になったらしい。
「怒るぞ、唯世」
「うん、ごめんなさい」
自分も同じようなものだけど、薄っぺらい胸板になつく。溜息を吐かれたが、やがて頭をなでてくれた。
初恋だった。
頼れる兄で、同時にとても綺麗な人だと、一目見た頃からずっと思っていた。
だからこそ、こうやって愛を持って触れ合うことを許されたのは、本当に奇跡だと思っている。
たとえ傍にいられなくても自分の幸せを、もう一人の家族の幸せを願っているイクトの美しい魂のあり方が、万人を魅了してやまないのだろう。
「イクト兄さん、もっと僕が大きくなったら、改めて告白させてね」
まだ、自分は幼い。
あの頃より大きくなったのは身体だけで、この美しい人を守るためにはまだまだ足りない。
「……早くしないと他人の家に行っちゃうぞ」
気まぐれでつれない猫のように、それでも赤くなった耳は隠せていない。
このどうしようもなく可愛い人を、今はただ抱きしめていたかった。
drrr
「ねぇ臨也。あの子、また来てるよ」
新羅に肩を叩かれ、覗き込んでいた携帯から視線を上げる。新羅の視線に誘導されて扉を見ると、少し明るく染めた髪をふんわりと巻いた女の子が、どこか暗い顔でこちらを見ていた。ばっちりと目が合った瞬間にうかがえたのは、喜びと歓喜と嫉妬。
見覚えの無い女生徒にはて、何をしたかと首をひねる。
「あの子もいい加減しつこいね。ばっさり振られたっていうのに……ああいうタイプは自分を悲劇のヒロインだと思って酔ってるのかなぁ」
「……あぁ!」
新羅の言葉に、今まで霞がかったように困惑していた脳が覚醒する。スルスルと簡単な問題を解いていくように記憶の引き出しを検索し、二週間前に俺に告白してきた子の顔とそっくりなことを思い出した。
「ああって……もしかしてまた忘れてたのかい?」
「だって覚えておく意味がないじゃないか」
新羅の呆れた声に、心外だ、と色を含ませてこたえる。
かわらずにこちらを見続ける女子は鬱陶しいが、それでも何もしてこないならばわざわざ自分から声をかけるほどのことでもない。多感な時期だ、すぐに興味は移り変わるだろう。
「本当に君の思考回路……脳の処理運動は大変興味深いね。人間の脳が忘れるように出来ているとはいえ、故意に情報を消去出来るほど人は使いこなせていないはずだけれど」
「俺は人より一パーセントだけ脳を有効に使えるのさ」
適当に答えておいて、けれども新羅とのこの問答も数度目になる。
小学校の途中ぐらいから、俺は要らない情報を消去できることに気がついた。それこそパソコンのように、ゴミ箱の中に移動させるだけで忘れることが出来る。ゴモ箱を覗けば幾分かは修正可能であるが、基本的に思い出すことは稀だ。
かといって嫌なことや辛いことを消去することは無い。それらは確実に俺を、次のステージに引き上げてくれる貴重な経験だ。
だから俺にとって、この能力とも言えない特技は、あまり意味がない。
おそらく今後関わらない、関わる気も無い人間の存在を忘れ去る程度しか、全くもって使えない特技だ。
やけに図体のでかい(身長的な意味であって、横幅はあまり変わらない、と思う)金髪のヤンキー? に連れられて、俺は高級マンションに足を踏み入れた。
中には白衣を纏った男と、身軽な服装をした男。俺はやっと顔見知りと出会えた喜びにぱっと彼に擦り寄る。
「ドタチン! 久しぶり!」
ソファに腰掛けていたドタチンに飛び掛るように抱きつく。高校時代から同じ事を繰り返したせいか、ドタチンは慌てることなくしっかりと抱きとめてくれた。
俺とは違って力仕事をしている、がっしりとした身体は常に温かい。かといってボディビルダーのように暑苦しいほどムキムキなわけじゃなくて。
ドタチンの冷たさと、お人よしさが俺は好き。
俺を心配せずとも見ていてくれる、そんな卑怯なところが大好き。
「臨也、池袋に来るのは久しぶりじゃないか?」
「まぁねー。ちょっとお得意さんの仕事で缶詰だったから。ところでさ」
ぐりん、と首を回して俺を連れてきた金髪を見る。家主に説得され、まさに向かいのソファに座ろうとしていた。
「この人たち、だれ?」
俺の視界で動く金髪と白衣。二人は凍りついたように不気味に動きを止めた。
「臨也……?」
「ドタチンの友達? それとも仕事相手? ねぇねぇ」
「臨也、僕達を忘れたの?」
白衣の男がぽろりと言葉を落とす。
その言葉に、俺は久しぶりに頭の中のゴミ箱を覗き見た。
ごちゃごちゃとした記憶がビデオテープのように灯っては消え、擬似的な走馬灯を見ている気分にさえなる。
「あ、居た」
思わず口に出た言葉に、金髪だけが眉をしかめた。
ドタチンには俺の特技の事は言ってあるし、おそらく白衣の同級生も知っているのだろう。いくつかの話しかけられている映像は掘り出せたが、声や名称はすでに跡形も無く消し去ってしまったらしい。
「高校の――あれ? 中学の同級生、かな?」
「……そうだね」
少しだけ悲しそうな顔をされても、もう忘れてしまった人間の事はどうだっていい。何故忘れたのかさえ、俺にももう思い出せないのだし。
「じゃあ、そっちの彼も?」
黙ったままこちらを見続ける眼孔の鋭さには辟易してしまう。サングラスをかけているというのに、どうしてこうも威圧的になれるのだろう。
「静雄の事、忘れたのか?」
ドタチンがどこか寂しそうな声で聞いてきた。
ドタチンは優しくて顔が広いから、現在でも親交があるのだろう。
そしてここまで過剰反応されたという事は、互いの間に何か大きな出来事でもあったに違いない。
それでも俺の中ではどうでもいいことだった。それだけの話だろう?
俺は故意で記憶を消したんだ。
誰かに命じられたわけでも強制されたわけでもなく、自分の判断で彼らが不要だと認識した。
こんな仕事をしていると、不要な情報はさっさと処分してしまうのに限る。
だから。
「ねぇ、どうして俺は泣いてるの?」
俺の頬を不器用に拭う男など、たいしたことはないはずだ。
新羅、は嫌がらせのように甘ったるいコーヒーを置いて、ドタチンは頭を乱雑にかき混ぜて、それぞれ出て行ってしまった。「後はお前達の問題だから」といわんばかりの態度だ。
「俺が記憶を消すのは、いらないものだけだよ。君は要らないから消したんだ」
「そうかよ」
「なんで君、そんなに悲しそうなの。なんでドタチンもあんな顔したの。なんで俺は泣いてるの」
無くした記憶を取り戻せば分かるだろうか。
ゴミ箱を覗いても覗いても、この男の面影などどこにもない。完膚なきまでに消しつくされた周到さに、些細な違和感を感じた。
俺は忘れようとしたのではなく、忘れたかった?
考えることを拒絶するほど、脳の片隅にさえこの男の情報を残しておきたくなかったのだろうか。
涙は滂沱と流れているわけではなく、ポロポロとこぼれるだけだ。それなのに強く頬をこすられるせいで皮が引っ張られ、正直痛い。やり慣れていないのか不器用なのか、なんというか彼女とかいなさそうだ。
「……か、った」
「え?」
「悪かった……お前の事、無視して」
言葉に目を瞬かせる。
記憶に無い(当然だが)事件を謝られても、どうも思わないし、思えない。
「本当はお前、ちょくちょく池袋に来てたのは知ってる……知ってたんだ。ただ、その時は回りにトムさんとか、ヴァローナとか茜とか……誰かが居て、お前の事探そうと思わなかった」
贖罪なんて鬱陶しい。そんなたわごと、自分が楽になりたいだけだ。
同情なんてしない。そんな事を言われた程度で彼の事を愛さないし、恋愛ストーリーのように愛の力(笑)とやらで記憶を取り戻したりもしない。
「だって、お前がいるのは当たり前で……消えるなんて、思わなくて」
そんなの言い訳にならない。なるはずがない子供みたいな論理で、大の男が何男に縋っているの。
みっとない、みっともないよ、君。
「みっともないのに、なんで、俺も泣いて……?」
よく見れば、俺を不器用に抱きしめている男も薄っすらと目尻が潤んでいた。不思議で、指で拭ってやると、余計に眉を寄せて俺をかき抱いた。
「痛いよ……」
「悪かった、だから、忘れないでくれ……」
懇願されて、心からお願いされて。
俺は初めて自分を詰った。
ねぇ、どうして俺はこの人の事を忘れようとしたの。