スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

はい、二度と会いたくありません

drrr
Q様リクエスト
記憶喪失臨也設定
ちょっぴり性的な単語が出てきます。ご注意下さい





絶体絶命だ。俺の貞操が。
どうやら取引相手は、俺に恨みを抱いていたらしい。
利用した人間や取引相手のリストには目を通しているとはいえ、以前の俺は火種をかき混ぜ、燃え上がらせるのが生きがいの変態だった。予期せぬ場所で被害を被っている人間はいるだろう。
そうして不覚にも路地裏から拉致され、池袋内に無数に存在する空物件に放り込まれたわけだ。そこまではいい。いや、よくないけど。
一定の時間俺が連絡しなければ危険を知らせる仕組みがあるし、今日は、なんだかとっても心配性になった波江さんや紀田君と買い物に行く予定をいれていた。連絡に出られないと分かれば、こういう事態を予測してくれるだろう。
とはいえ、問題はある。そこで冒頭に帰る。
絶体絶命だ。俺の貞操が。(二回目)
なんだか目の前でウキウキと撮影準備を進めている男の後姿は、復讐に燃えるというより性的興奮に燃え上がっている。むしろ萌えあがっている。
俺に復讐するために俺のことを嗅ぎ回り、周囲を洗っているうちに「惚れた」らしい。どういうことなの。もう一度言おう、どういうことなの。
彼の脳内は、惚れた→両想い→性交の一直線フルコースらしい。
まず両想いになっていないのだけど、そこはやっぱりスルーされた。どころか「恥ずかしがっちゃって」と微笑まれた。吐き気がした。
しかし告白後の初夜(絶望)一発目からハメ撮りなんて、大概マニアックなんだけど。普通に女の子とかも嫌がると思うんだけど。
「お待たせ」
待ってねぇよ。口にガムテープ貼られてなかったら言ってたのに。
ソワソワと両手を揉みながら近寄ってきた男を、素直に気持ち悪いと思った。
こんな人間でも、かつての俺は愛したんだろうか。……あれ、そういえば俺ってそっち方面どうなの?
女性経験はあるのか、男性経験はあるのか。
絶賛記憶喪失中の自分に分かるわけもないんだけれど、日頃の生活を見るにそこまでヤリチンってわけでもなかった。むしろそういう女の影はさっぱりなかった。……え、童貞? マ、マッサカー……。二十も半ばですよ。普通は経験してるんじゃないの。しておいてくれよ!
「やっぱり写真なんかとは違うなぁ……男なのにすっごく綺麗な肌だね」
突然カットソーの襟から入ってきた指が、鎖骨辺りを撫でる。あまり肉付きが良いとは言えないので、浮き出た骨をなぞるように行き来する指の感触がありありと分かった。うめき声が聞こえないのか、「あ、敏感なんだね」と囁かれる。お前の指には鳥肌が感じられないのか。
「お前は俺に償う必要があるんだから、これは無理矢理じゃないよね」
口にガムテープを貼った合意和姦なんてそうそうないと思うが、そんな事を思っている場合ではなくなった。カットソーを脱がす手つきは、豊かな胸などない断崖絶壁を見ても興奮するばかりだ。ちょっと我に返ってくれないかと願ったが、届かなかったらしい。
「好きだよ」
俺は好きじゃない。
お前なんて好きじゃない。人間なんて好きじゃない。
こんな気持ち悪い生き物、大嫌いだ。
温い舌が喉を這う。微細に震える舌が伝える興奮。そして湧き上がる吐き気。
ちょっと待て。口が封じられているのに戻したりしたら、呼吸できなくなる!
死ぬ! 嘔吐物が喉に詰まって窒息死なんて残念すぎる! 新聞にどんな感じで死因がかかれるのかも気になるけど! 見れないね、残念!
「い、臨也……」
ガムテープ越しに口付けられる。唇の上を舌が何往復もし、溢れた唾液が頬を伝い落ちる。
気持ち悪く、最悪だ。
横隔膜が痙攣し、視界は滲む。呼吸が徐々に浅くなり、脳に必要な酸素が周らなくなる。過呼吸、に、なる。
落ち着かせたくても、落ち着ける要因は一つもない。性欲に支配された男はオレの体調なんて気にかける余裕は無いらしく、ぬめった舌を往復させ、荒い花息をぶつけてくるばかりだ。
あ、死ぬ。
そう、何の覚悟も無く思い至った。

瞬間、男が視界から消えた。

圧し掛かられていた体温と重さも同時に消え、何度目かの男の唾液が頬を滑る。
代わりに視界に入ったのは、スーツに包まれたすらっと長い足。
「匂いを辿ってきてみれば……なんだぁ、こりゃぁ?」
低い、でもどこか甘い声。
美声だ。それほど声が低くない俺からすれば、憧れてしまう男らしい声。
視線を辿っていけば、片足のままふらつくこともなくたっている男。
ポケットに右手を突っ込み、左手にはコンビニの袋が下げられている。いつ見ても同じバーテン服に、サングラスをかけた顔。金髪。
久しぶりに見た、シズちゃん。
薄暗い室内でも分かるくらい、相変わらずイケメンである。
これでもう少し大人しくなれば、彼女もセフレも作りまくれるだろうに、もったいない。……彼も童貞だったりして? ま、まっさかー。
「なにしてんだよ、手前。あんなのいつもなら追い払ってるだろーが」
あんな手合いを日常茶飯事に相手にしなきゃいけないかつての俺、可哀相すぎる。
とりあえず拘束をといて欲しくて、じっと彼を見上げてみた。舌打ちされた。酷すぎる。
「うっぜーな。手前、喋ればうぜぇし、なんで喋らなくてもうぜぇんだよ」
溜息をつきながらしゃがんだシズちゃんは、べりっと思い切りガムテープを剥がした。痛い、もっと優しくしろよ。
「うぇ、気持ち悪い……」
「なんかこれベタベタしてるんだけどよぉ……」
ついでに腕の拘束も解いてもらって、ようやく身体が自由になった。
が、自由になったら欲は次々と出てくるもので。
「し、シズちゃん」
「あ?」
「あの、出来ればそのミネラルウォーター譲ってくれない? 後でお金返すから」
怒られて殺されたくは無いので、なるべく下手にお願いしてみる。ナイフは潜ませているけど、それが彼に効かないことは既に把握済みだ。
「なんで」
「あの、顔とか洗い、たいです」
「顔?」
要領を得ないらしくシズちゃんは眉を寄せる。俺もそうだけど、シズちゃんも髪の毛が伸びたのか、頭の中心が少し茶色くなっている。地毛、黒じゃないんだ。だから金髪もそんなに浮いていないのかな。
なんだか苦学生みたいで可愛い。
「あのね、今の男に、な、舐められて……気持ち悪いから」
「なめ――っ!」
驚きと慣れない性行動に真っ赤になるから、これは確かにかつての俺がからかいたくなるのも分かるかも。男前なのに初心っていうギャップ萌なのかな。
「ちっ」
舌打ちと、あからさまな視線ずらし。乱暴に渡されたペットボトルをありがたく頂戴して、頭から被った。カットソーが濡れて気持ち悪い。帰ったら、捨てよう。
コート着とけば冷えないだろうし、今は一刻も早くこの気持ち悪さから解放されたい。
「ふぅ」
本当ならシャワーを浴びたいところだが、さすがにそれは帰るまで我慢だ。あと、服は全部捨ててしまおう。厄払いじゃないけれど、もう二度と着たくない。
相手の唾液が皮膚から落ちただけ、マシとしよう。
ワックスもとれちゃったし。髪の毛ペタンコになってやだなぁ。前髪伸びて邪魔。なんかもう色々駄目になっている。
放り投げられていたコートを拾って腕を通す。頭が濡れてみっともないのでフードもしっかり被った。
寒くなってきたので、クローゼットに何着も並んだコートを着てきたけど、正解だった。シンプルなデザインだけど、軽いし温かい。
「それじゃあ、シズちゃん。今日はありがとー」
なんか固まって赤くなったり青くなったり血管浮かべたりしているシズちゃんを見ながらも、ひらひらと手を振って退散。
しかし匂いを辿ってきたってもう人間業じゃないよね。こういうところを不気味がるならまだしも、気に食わないと突っかかっていたらしいかつての自分が本当に理解できない。変人だ、変人。
すれ違う女の人が何人かチラチラと俺を見てくすくす笑っているのは濡れていることにバレたか。
土地柄若い子が多く、男を観察する手合いが多いので、俺は普段から視線を集めてしまう。かつての俺ならともかく、俺は名前も知らない不特定多数の人間に好意を寄せられても嬉しいとは思わない。
恵まれているのはありがたいけど、情報集めに奔走するには少々目立つ顔である。我ながら。
写真で見た妹も可愛い顔をしていた。というか、かなり似ていてちょっとショックだった。
女顔、というわけでもないけど、シズちゃんのように男らしいフェイスラインではないのは確かだ。ちょっと悔しい。
「そういえばシズちゃん。なんでさっき固まってたんだろう」
初心すぎるだろ。
――なんて暢気に思えたのは、帰宅するまでだった。


家に帰ってから気付いた。
このコート、犬耳がついてやがる……だと?

prev next