「知ってる?エイプリルフールに付いた嘘って、一年間叶わないんだって」

「え....叶わない?」

「そう」


彼女のベッドでまどろんでいたので、一瞬反応が遅れてしまった。

しかし特に気にした様子も無いのでこちらも気にしない。いつものことだし。


難しいよね。

何だか難しい顔をしながらクッションに座りテーブルに頬杖を付いて、彼女はそう前置きした。


「365日の中で唯一、本当の気持ちを形にしても許される日なのに。
形にしてしまったら、確かに存在するものが一年間無かったことになっちゃうの。
無かったことにしなきゃいけないの」


うーん。


「それは、何だか切ないなあ」

「そう思う?」

「そりゃあね」


いたちごっこみたいな話で、少しややこしいけれど。


「その一年間の可能性を捨ててまでも伝えたいなんて、よっぽど相手に伝えられない事情がある訳でしょ?
でも、伝えたら次にまた愛を語れるのは一年後、と」

「そういうこと」

「うわ堂々巡りじゃん」


たかがジンクスではあるけれど。

一年に一度しか許されないなんて、どこの織姫と彦星だって話だ。


「あなたなら、どっちがいい?
大好きな人に堂々と嘘の想いを伝えて、また一年間耐え続けるのと。
一年に一度の権利を諦める代わりに、誰かに奪われる不安と闘いながらわずかな期待に一生すがり続けるのと」

「ええ、なにその究極の二択。というかよりによって私に聞くの?」

「だって聞きたいんだもん。あなた位しか聞けないわよこんなの」


さて困った。

何の自慢にもならないが、生まれてこの方告白だのお付き合いだの一度もしたことがない。

興味が無い訳ではないのだが、周りで惚れた張ったと色気付く友達を見ていても、いまいちその輪に入れないのだ。

こんな無頓着な私を好いてくれる男の子も居たには居たが、やはり自分がそれを求めているとは思えなくて、どれもお断りしてしまった。


こいつめ、幼馴染みならよく知っておるだろうに何故わざわざ私に聞くのか。

....ん?というか。


「ちょっと気になったんだけどさ」

「ん?」

「そこまでしないと伝えられないって、どんなのっぴきならない事情なわけ?
ヒントちょうだいヒント」

「....そんなの色々あるよ」

「例えば?」

「え?」

「せめて例があれば考えやすいから、多分」

「....例えば」

「うん」

「....例えば、同性を好きになっちゃったー、とか?例えば」

「ほーなるほど」


同性。これはまた難しい領域が出てきたもんだ。

確かに具体例は貰えたが、うーん。


「....私なら」

「っ、うん」

「私なら、あごめんやっぱり選べない」

「はあ!?」


いやいや、だってさ。


「一年に一度、唯一本当の気持ちを言っても冗談で済まされるんでしょ?
でもさ、それって凄い悲しいよ」

「悲しい?」

「うん、悲しい。
口にする前から、最初からその気持ちを全否定しちゃってるみたいで、さ」

「あ....」


こうして考えてみても、やっぱり難しくてよく分からないけど。

「私なら、どんな事情があっても、自分の想いをまず認めてあげる。
だって、自分でも認めていないものを好きな人に伝えるって、いくらエイプリルフールとはいえ失礼な気がしない?
なんか、最初から逃げ道用意してるみたいでさ」

「....うん」

「ん。だから本気で好きになって、本気で伝えたいって思った時に、本物のまま相手に伝える....かなあ。
どんな事情があっても、その人を想える気持ちって凄いものだと思うし」

「例え同性が相手でも?」

「おうとも」


それにね、と続ける。


「エイプリルフールって、確か午前中に嘘を付いて、午後になったらそれを訂正しないと嘘が本当になっちゃうんだってよ?」

「え、そ、そうなの?」

「そうらしいよー。色々なジンクスがあるんですなあ」


もはや大前提の二択をガン無視で悪いけど。


「まあ、相手の事情とかまで考えちゃったら余計ややこしくなりそうだけど。伝えるのはタダだしさ。
それに、たとえ玉砕しても私の胸で泣かせてやるって。だから堂々といってみたら?」

「....やっぱりバレた?」

「バレないとでも思ってたんかい」


わずかな沈黙の後、堪えきれず二人でげらげら笑い合う。

ああ、よかった。正解だったみたいだ。


ひとしきり笑い合い、うっすらと溜めた雫を指で拭って、ありがとう、と晴れやかな顔で彼女は言った。


「それじゃ、ちょっと頑張ってみるよ」

「おう、健闘を祈る。それじゃそろそろ家帰るわー」

「ん、ありがとう。気をつけてね」

「家隣だってのにこの距離で何を気をつければいいんだ」

「あはは、また明日」

「また明日ー」


彼女の家の玄関をパタンと閉めて、すっかり暗くなった空を見上げた。

つと、隣に建つ我が家を無言で見据え、両家の丁度真ん中まで歩いて立ち止まる。


はあ、と溜め続けていた息が溢れた。


「....今年は、嘘なんて付くつもりなかったんだけどなあ」


両手を上着のポケットに突っ込み、口の中で小さく、好きだよ、と呟いてみる。


近すぎて、気付くのが遅くなってしまった。

気付いてからも、どう踏み出せばいいのか分からなかった。

この心地よい、長年続けてきた関係を崩す勇気は、私には。


私は、どうやら後者だったみたいだ。

おかしくて眼が霞む。よかった、彼女に見られなくて。


「....さて、帰りますか」



嘘の中に本当を混ぜて。

本当のことが嘘に変わって。


何のために、誰のために嘘を付くのだろう。

大切なものを守るために紡いだ偽物は、代わりに別の何かを苦しめて。

本物だった筈の自分の思いを、融かしていく、融けていく。


だけど、たった一つ形を変えられないもの。


「....ま、君がしあわせならそれでいいや」


私が貴女に与えられる精一杯の嘘と本当。

どうか、どうか、しあわせであれ。




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