引っ越しで暫く離れていたが、ふとした切っ掛けで生まれ育った町へ帰ってきていた。
たった数年離れていただけだが古い下町といった町並みは開発工事が進み、子供の頃から慣れ親しんでいた面影はない。
とは云っても、大通りから脇道に入ってしまえば子供の頃に走り回った住宅街や、よく友達と集まっていた公園はそのまま残っていたが。




寒い日だった。

翌日に控えた友人達との旅行の準備をする為、帰路についた私は住宅街を歩いていた。
いつの間にか降った雪はシャーベット状に積もり、足元をジャリつかせており、空の白さも相まって寒々としている。

足元から視線を前にやると、少し離れた所を小学生の男の子が歩いていた。
そして、それを見つめる男…。
一言で云えば、気持ちの悪い男だった。
髪は斑のようになっており、痩せて頬の痩けた顔は目だけがギラギラと輝いている。

変質者か?
このままだと男の子ヤバいんじゃない?

そう思った私は足を速めた。
すると、今まで男の子を見つめていた男が此方に首をグルンと向けた。
その目は完全に見開かれていて、白目に僅かしか存在しない黒目がその異常さを際立たせていた。
その目と、目が合ってしまった。

男は無言で、でも目だけは相変わらずギラギラとさせて此方へ向かってくる。
その手には錆びているのか、赤茶けた包丁が握られており、それを此方へ投げてきた。

包丁は私の手の甲を傷付けると、ガランと音を立てて地面に落ちる。
ズキズキと痛む手に怯んでいると、男は私の横を通り過ぎていった。

一体、何だったんだ…。

取り敢えず、怪我も大した事は無さそうだし、男の子も逃げたのか居なくなっている。





次の日、そんな事があったんだと、同じタイミングで待ち合わせ場所に来た友人と話をしていた。
災難だったね、何事もなくて良かったねとその友人と喋っていると、他の友人達も集まってきた。
全員が集まったのを確認すると、駅に向かって歩き出す。
その刹那。甲高い悲鳴が耳をつんざいた。
一体、何が起きたのかと足を止め、悲鳴がした方を振り返ると昨日の男が包丁を振り回し、次々に通行人を襲いながら此方に走ってくる姿が見えた。
段々と此方との距離を詰める男の目は、確実に私を見ている。



逃げた。

驚きで固まってしまった友人の腕を掴み走り出すと、他の友人達もつられるように走り出した。

男の咆哮がすぐ側まで迫っている。
もうすぐ奴の息遣いも聞こえてくるだろう。

荷物を放り投げた。
私に引き摺られるような格好で走っている友人の腕を、グッと手前に引くと、せめて少しでも男から逃れられるように背中を押す。

そして、振り返った。





黒目の小さい、ギラギラとした双眸がすぐ目の前に迫っている。
そいつは此方に手を伸ばし口元を歪ませると、血染めの包丁を振り上げた。







夢の中での場面の切り替わりはテレビドラマのそれと同じだ。
突拍子もなく、突然切り替わる。
時々、場面が切り替わらずダラダラと続く事があるが、そうなると目覚めた際に今、自分が居るのは何処なのだろうと分からなくなる事がある。
夢と云うのは不思議なものだ。