広間から聞こえてくる声に、思わずマリカは立ち止まった。
聞こえてくる複数の声…冥夜の剣士団のクロデキルト、ジャナム魔導帝国・魔導兵団将官のアスアド、それにフューリロアの長のダイアルフ、参謀のリウ。
そして…幼なじみの声。
本当は、その幼なじみを探していたのだが、どうしても入りにくて。

幼なじみだけ…もしくは、同じシトロ村の自警団だったリウだけなら、そんなことにはなかっただろう。
いつも一緒にいた彼らに対して、遠慮などする必要などないのだから。

だけど、今はー

動くことなく、扉一枚を隔てたその場にマリカはそのまま立ち尽くしていた。

困ったように…そしてどこか寂しげに扉の前に佇むマリカの姿に、後ろからやって来たもう一人の幼なじみ、ジェイルは彼女の隣で立ち止まった。

「…どうした、マリカ?」
「ジェイル…。ちょっと、ね」
本当は、大したことではないのかも知れない。
けれどマリカにとっては、重要なことで―

「何だか…シグが遠くなっちゃった気がして…」
少し前までは、毎日一緒だったのに。

毎日一緒に村の見回りをして、時々現れるモンスターを退治して。
…一緒に、ディルクに鍛練を見てもらって。

そんな毎日が、ずっとずっと続くと思っていたのに。
ここにあるのは扉一枚なのに、シグとの距離は…こんなにも遠い―。

「…まさかあいつが団長になるなんて、な」
ジェイルも複雑な心境なのだろう。広間の中から聴こえてくる声に、苦笑している。
「ね?信じられないわよ」
「そうだな…」
少し前までは考えられないような現実。

覆しようのない現実にマリカがため息をついた時、ふと中から自分の名前を言っているのが聞こえてきた。


「…では、今回の遠征に、マリカ殿とジェイル殿の同行はないと?」
「…ああ」

…マリカも自分で分かっている。
仲間が増えてきた今、自分たちが遠く及ばないくらい強い人が、たくさんいると―

しかし、次に聞こえてきたのは意外な言葉だった。
「あいつらがいるから、俺は安心して行けるんだ。
たとえ俺がいなくても…マリカやジェイルがしっかりここを守ってくれているからな」

それは、掛け値なしの信頼の言葉。

…実際は、遠く離れてなんて、なかったのだ。
シグは今でも、自分たちのことをこんなにも信じてくれている。
幼なじみとして…仲間として、これほど嬉しいことが他にあるだろうか。

「…そこまで言われては、ここを死守しないとならないな」
「そうね。私達も頑張らなくちゃ!」

遠征に同行しなくても、一緒に戦うことは出来るのだ。

マリカとジェイルは頷き合うと、晴れやかな表情でその場を後にした。

歩きながら、新たに決意を固める。
自分たちに出来ることを精一杯しよう、と。

シグが心置きなく戦えるように。
そして…
彼が、帰ってくる場所を守るために。