ハイランド皇国の皇都、ルルノイエ。
その王城で、結婚の儀が行われていた。
陽の光が差し込む紋章のレリーフの上に立ち、新郎と新婦は静かに司祭の祈祷に耳を傾けている。
厳かな雰囲気。
相次ぐ皇王の死…都市同盟との戦い。今、ハイランドを取り巻く状況はあまり良いものではない。
そんな状況なためか、皇女の結婚としてはとてもささやかなものになった。
「統べる者たる『円の紋章』と守護者たる『獣の紋章』の名において、ブライト王家に新たな輝きのあらんことを」
幼い頃、あれほど憧れたウェディングドレス。
こうして今、純白の美しいドレスを身に纏いながら、ジルの心は想像していたように浮き立つことはなかった。
静かに運ばれてくる結婚誓約書に、ジルは視線を向けた。
あの誓約書にサインをすれば、正式に結婚の誓いが交わされる。
「ジョウイ・ブライト、ジル・ブライト。
そなたたちの誓いをここに」
白い羽のついたペンに、上質な用紙。
新郎であるジョウイが躊躇することなく進み出たことに、ジルは安堵していた。
「我が身と我が心を持って、ここに守護者として、騎士として、臣民として、ジル・ブライトに仕えることを誓います」
戦う者としては繊細すぎるような手が誓いを記していく。
ジョウイの手に、ためらいはない。
それは当然と言えば当然なのだ。
今回の結婚はジルから申し出たものではなく、ジョウイが望んだものなのだから。
望まれて嫁ぐ―
それが言葉通りだったら、どれほど幸せなことだろう。
この結婚は、望まれたとはいっても政略結婚には変わりはないのだ。
「……………………」
「いかがなされました?」
少し長すぎるくらいの沈黙を訝しむ司祭の声で、ジルは我に返った。
「……………」
意を決し、結婚誓約書にサインをするために一歩踏み出す。
父と兄の死に、夫となるジョウイが関わっていたことにジルは気づいていた。
この結婚も、その一環であるということも。
けれど―
気づいてしまったのだ。ジョウイの本当の望みに。 彼は…誰よりも、何よりも平和を望んでいる人。
だからこそ彼の望みも、心も、全てを受け入れる。
それが、この国の皇女としてこの国のためにできることだと思ったから。
そして…皇女としてではなく、ただのジルとしてもジョウイを選んだことに、後悔はない。
全てを承知した上で、ジョウイを愛したのだから。
白いたおやかな手でペンをもち、誓いを記す。
「我が身と我が心を持って、ここに王家の血統として、ジョウイ・ブライトを……我が夫とし、彼の者に皇王の座を授け、ジョウイ・ブライトに仕えることを誓います」
述べたのは誓いと覚悟。
これは、幸せになるための結婚ではないのは承知の上。
それでも、少しでもいい…幸福な日々を送ることが叶うように、祈らずにはいられなかった。
終