きらきらひかるは新しい朝




こんな感情のまま私は時間だけを無駄に貪っては、別れの時の寂しさを稼いでいる。誤魔化しているの間違いかしら。とととととと、歩くたびに足枷が食い込む。それに気付かないふりをして今日もまた、遠くへ遠くへと思考を飛ばすのです。





思い浮かべるはあの人の顔。私はこんなにもサイコパスでしたっけ。となりの寝息より向こうの咽び。こんなぱっくり割れてしまった良心に、塩も胡椒も、最早沁みることはないほどに麻痺なさっている。





会いたくなるのは距離があるから?離れたくなるのは近過ぎるから?天邪鬼な我儘の裏を読んでは思考の限界が来るまで虐め倒すのです。この体は誰の何のために何をしているのだろう、こんなところで。




くだらない日常に、やる気もなにも起きはしない。涙さえも流れないこのカラッカラの心はいったいどこに置いておけば元に戻る?いやはや、はなからどこにもなかったのかもしれないけれど。




今日ばかりは今日ばかりはと無駄に時間を流しては、いらぬ意地と恥を引きずって今日もなにも出来ないままに終わっていく。飼い殺されてるのは誰?





絵を描きます。文字を打ちます。盤を奏でます。その3つ、やりたいことはたくさん?冗談はおやめなすって。シンプルに潔く、やるべきこともこの3つです。



ドラムスティックの必要性。
それを作るのは私次第です。がんばれ、ニッポン。




今日から私は




なんともいつもと変わらない朝を迎えてどれくらい経つのだろうか。最早時間の感覚がなくなってしまっているのに、体だけはどうも従順で。心だけそこに置き去りにして夜は更けていきます。




今日でまた一区切り。私は充分に自由に生きた。これ以上を彼と共に背負ってこれから生きて行かねばならないという現実だけが今残っているのだけれど。私は未だに決断出来ずにここで右往左往しているのです。



こどもかおとなか。心ばかりが背伸びして、我儘を正論に変えて説得という名の天邪鬼を振りかざす。考えがまとまらないのは、私自身、何が最善かの判断力が今振り切れてしまっているからだろうな。環境は著しく変わっていく。今日がまた、明日になり始めている気配。




たくさんの人の顔を見ました。笑いました。泣いている人もいて、少しの寂しさを感じてしまったのです。どうして?私はここにいるのにもう、二度と会えないと惜別のように。



手を握ることで分かることなど体温ぐらいで。彼は自分を、私をどう思っているかがまったく読めない。全くとは語弊。私の気持ちでした見えていない盲目のまま前に進もうとするから道が逸れる。言いたいことを言った後で、また甘い空気は口を運ぶのです。




どうか傷付かないように。私が、そしてあの人が。丸く収まる方法をぐるぐると考えては、思考を放棄してしまう。いっときの感情か、長年の情か。考えても拉致があかない。この際だからいっそ思いの丈をねじ込んで殺してくれてもいい。




どうやら限界と崩壊はわたしの思い出を蝕みつつあるのだろうか。





こんなんあきませんよ、困難。



こんなんほんとあきません、あかんです。
注意ではなく警告。警報レベルですよ。あきませんじゃないですか。
今まで断固として守ってきた私の貞操が今ここにきてこんなにも簡単に崩壊してしまうとは。なんたる失態?




これを失態と呼ぶにはあまりに都合が良く、あまりにも罪の意識が軽すぎる。アーバンギャルドな朝方の太陽には痛いほど叱られては、軽々しくそれを貶してみせるんでしょうねモーニングセットを頬張りながら。



飲み込んだコーヒーの苦さとは別に、若さがもつ恐ろしさというのも胃の中であまりにも重くずり落ちる。気づいたらここにいました?そんなご冗談。昨日の夜から私はきっと上の空で心の準備をしていたんでしょうね、誰様の何様のとんだあからさまだ。



期間限定だからなのか、こんなにも罪悪感と危機感を持たない不貞行為をいとも簡単にこの口は吐き出してくれる。こんなことになるのなら、いっそ誰も幸せになってくれるな。地獄の底へはご一緒いたしません。




わがままは誰譲り、どこでこんなにもたくさん手に入れたのか?それはさておき問題はこれからの身の振り方。





ほんとうにもうだれか私を殺してくれないか。




最後のモラトリアム



私の頭の中には3人住んでいる。昔から、というか性格を拗らしたあたりから現れた。1人は男勝り、というかほとんど男みたいな人。もうひとりは大変な内気で、でもそこには大半を占める母性を持った器用な人。もうひとりは紛れもなく拗らした本人。どれも欠けることのない私だった。
必要に応じて入れ替わり立ち替わり、四肢を動かすのは私本人なのだけれど、脳内の主が切り替わる度に今は誰、待機は2人、とうまい具合に遣り繰りしている。
最近は誰彼も主張が激しく、身体も口も一つでは足りないぐらい。気がつけばだれかが喋りだれかが動いて、脳内では常に言い争う始末。
きっとこのままでは支配欲に負けて誰かに本心を奪われてしまうんじゃないかと恐れている毎日だ。



コミュニケーションを怠けた私の言い分。



こうやって毎日誰かのふりをして生きているつもりになって、責任転移を正当化しているだけですが。



たった今の現状は、現実から逃げて自由を武器にやりたい放題。半年のモラトリアム。半年後、どうなっていようがまるで関係のない生活を送っている。



タバコの煙が目にしみる。夜勤明けの寝惚け眼でバスに揺られてまたひとつ夢を見る。最近は脳内が忙しく、排出する暇も気力もなくただ乱雑に事を積み重ねて両手を挙げてもう降参。




一体私は何処に向かっているのだろうか。自分さえ知らないのだから、きっとだれも知らないのだろうな。




物語が繋がっていきます。最後の砦。私にできることは白紙に黒をつけることのみ。憂鬱を書き殴れば多少はこの杞憂とも言えるニヒルな日常が晴れるだろうか。




またまた拗らせております、いってきます今日も。




明けました新年です



あけました年は2018。数ヶ月の時を経て、昨日またひとつ世界が変わってしまったようです。さてはて、憂鬱と。



いつまでも、が本当にいつまでも続いたことはない。それなのに私はなにを急いでいるのか。焦らされるのはあまり好きじゃない、待たされるのはもっと。



やっと、という気持ちを飲み込みすぎて喉の奥が腫れてしまっていて、そんなことはどうでもよくて、急激に進み始めている今に、何も出来ない、やらない自分に焦りを感じているのかな。だとしたら本当にそれはとばっちり。




恩は置いておけよ、そこまでの関係。
複雑が複雑を呼ぶ。






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