*+始まりの導き+*
庭に、桜が咲いていた。
「……狂い咲き」
少女はポツリと呟き、布団から這い出た。
しかし、冬の寒さは、体の弱い少女にとっては毒でしかない。青白い肌をした少女は少しだけ咳き込む。
でも、少女は布団に戻ろうとはせず。ただ、縁側から見える満開の桜を見つめた。
「あ…」
少女が桜に見入っていると、不意に、廊下の先から声が聴こえる。
振り向けば、遊びに来た少女の友人達がそこに佇んでいた。
「何してんのー?悠」
「二人とも…」
悠と呼ばれた少女は、二人の友人に手招きして、桜を指差す。
「うおー…見事に満開だね」
「ね、不思議でしょ?一夜明けたらこんな綺麗に咲いてたの」
友人、里砂は悠の横に座り、一緒に桜を見つめた。
「うん…でもアンタ、起きてて大丈夫なの?熱あるんでしょ?」
「え?あぁ、大丈夫だって!別にそんな高くないし…いつもの事だしね」
しかし、もう一人の友人の沙織は、眉間にシワを寄せて悠に訊ねる。悠は笑顔で答えた。
と言っても、やはり部屋着一枚じゃ肌寒いのか。小さく咳き込む。
「ほれ見ろ。病人は大人しくしときな」
「沙織、私、布団の中から出られない生活…まぁ、いわゆる寝たきり?になるのは老人になってからって決めてるから。今後の人生設計にそう組み込まれちゃってるんだよね」
「バカかお前」
沙織は、容赦無しに悠の後ろに立ち、悠の頭を叩いた。
「ちょ、数少ない貴重な脳細胞死ぬ!」
「うるさい黙れ。アンタの脳細胞なんて熱に犯されてとっくにねーよ」
「おっと!?」
「さおりーん、ゆうっち病人」
しかし、叩かれた本人は笑顔だった。病人だと言うのに、こうして普通に接してくれるのが嬉しいのだ。
「とにかく、早く部屋入ろ。最近ハマったっていう漫画見せてくれるんでしょ?」
「あ、うん。そうだね。今行く」
そう言われて、悠は立ち上がる。
隣に居た里砂も、同じく桜から目を離し、立ち上がろうとした。
―――だが、その瞬間。里砂は前方から、人の気配を感じた。
「久し振りだな。姫達よ」
「え……?」
桜の前で、声が聞こえてきた。
知らない声に驚き、三人は視線を前に向ける。
するとそこには……、
「随分見ないうちにガキ臭くなったなぁ。色気は母ちゃんの腹ン中に忘れてきちまったか?」
変態が居た。
「……オイ、誰だ露出狂の知り合い作ったヤツ」
「
いや、露出狂違うから」
突然、三人の目の前に現れた女は、里砂の言葉を否定する。
しかし、胸やスリットが入ったシースルーの服を着て、変態と間違われない方がおかしい。というか、もはや服と呼ぶのも疑わしいものである。
まぁ、そんな感じで現れた露出狂さん。となると、この女は一体何者なのだろうか。
「あのー…貴女なんでここに……」
居るんですか。そう里砂が訊ねようとした時だ。
「……さま…だ…」
「「え?」」
悠がポツリと呟く。あまりにも小さい声だったので二人がハモって聞き返すと、悠はワナワナと肩を震わせ、大声で叫んだ。
「
自愛と淫猥の象徴の観世音菩薩様だ!!!」
「「はぁ!?」」
再び二人がハモった。
「嘘でしょマジで!?マジであの菩薩様!?うわぁぁ私ってば夢でも見てるのか!!」
「ちょ、悠さーん?」
「ヤバいどうしよ!あぁそうだ写メらないと!!だけど夢だし残らないかな!?いや、でも私の心には残る!永久保存!!っ…あああヤバい…テ、テンション上がりすぎて発作が……っ!!」
「落ち着けこのバカ!」
発作で上手く息が出来ず、ヒーヒーになる悠を、沙織が慌てて介抱する。
二人は急いで悠に薬を飲ませ、落ち着かせた。
「ふぅ…危ない危ない。あやうく死にかけたわ」
「あんまり興奮すんな!疲れる!」
「アハハ、ごめんごめん;」
悠は二人に苦笑いを浮かべながら謝る。決して笑えるようなことではないのだが。そんな、悠の能天気さに呆れていると、ふと、目の前の女が声をかけてくる。
「オーイ、お前ら俺様の事を忘れてないか?」
「あ。」
「す、すいません…お騒がせして…で、貴女は?」
「ソイツが紹介した通りだ。まぁ語弊はあるがな。俺様は慈悲と慈愛の神、観世音菩薩だ」
沙織が訊ねると、女は自信満々で答えた。
それを聞いて、沙織は一度だけ目を細めた後、こう告げる。
「いやぁ、これはウチにも語弊ありましたね…………アイタタタな露出狂さん」
「だから違う!」
再び女―――観世音菩薩様は否定する。だが沙織は聞く耳持たずだ。
「里砂ー、悠布団に寝かせたらちょっと警察呼んできなさい」
「おいさー」
しまいには警察を呼ぼうとしている。そんな二人を止めたのは、意外(否、そんな意外じゃないか)にも、布団に押し込まれそうになった悠だった。
「ま、待って待って二人とも!」
「何?」
「あの人、ホントに神様だから。警察はちょっとマズイと思う…」
「はぁ?悠…お前さ、熱だしすぎてマジで脳細胞死んだ?あれのドコが神様だって言えるのさ。」
呆れた顔で沙織は自称菩薩様を見る。やはりどっからどう見ても露出狂にしか見えない。
しかし、悠は力説した。
「ホントにホントなんだって!あ、ほら、私が見せるって言ってた漫画があるでしょ?それに出てくる菩薩様ソックリなんだよあの人!」
そう言って、悠は早足で部屋に入り、本棚から一冊の漫画を持ってくる。
タイトルは【最遊記】。表紙には四人の男が写っていた。
「この金髪美人が三蔵。で、こっちのちっちゃい茶髪君が悟空。んで、ここにいるカッコいい赤髪が悟浄でモノクルした優しそうな人が八戒なの!」
「西遊記の不良版って言ったところ…?」
「そんな感じ。それでね?表紙を開いた最初に、あの菩薩様が出てくるんだよ」
悠がページを開く。すると確かに、今、目の前に佇んでいる露出狂の女にソックリだった。というか、同一人物だった。
「どう?どう?私のテンションが上がった理由分かってくれた?」
「………」
つまり、漫画に出てくるキャラクターが、自分達に話し掛けていると。
「……これなんて夢小説?」
「里砂…今リアルタイム」
呟く里砂に、悠は静かに突っ込んだ。
暫くして、混乱した頭を若干ながら落ち着かせた三人は、揃って退屈そうにしている菩薩様を見た。
「話しはまとまったか?」
「……まぁ、大体。でも、なんで漫画のキャラクターがここに居るんですか?まさかのコスプレイヤーってオチとか?」
「バァーカ。俺様は正真正銘本物の観世音菩薩だよ。まぁ、信用できないのも無理ないけどな」
「……」
「まぁ良いさ。それだけ疑い深けりゃ、"向こう"に行ってもそう簡単にはくたばらないだろう」
「向、こう……?」
言ってる意味が分からなくて、里砂は首をかしげる。菩薩様はそれを見てニヤリと笑った。
「あのな、どうして俺様がお前等の前に現れたか分かるか?」
「いや…つか、分からないから何べんも聞いてるんでしょ」
「ハハッ、それもそうか………ならば教えてやろう。
何故俺様が現れたのか。それは、今からお前等を、在るべき場所へ戻す為だ」
三人は目を見開いた。
「在るべき、場所…?」
「ちょ、ちょっと待ってよ…それじゃつまり、ここはウチらの在るべき場所じゃないってこと?」
「あぁ、そうだ。まぁ詳しいことは時期に話すが、今は時間がない。さすがに俺様でも、違う次元に長時間長居する事は出来ないんだよ。だから、簡潔に話す」
菩薩様は人差し指を上に立てる。
――ドサッ!
すると、いつの間にか三人の後ろにはそれぞれのリュックサックやカバンがあった。
「――――姫達の望んだ時は来た。今こそ再び、彼等と共に動き出す時だ」
「え―――?」
パリィィィンッ!!
次の瞬間。何処かで何かが割れるような音が聞こえたかと思えば、三人に強烈な眠気が襲ってきた。
「な…なに……こ…れ…」
「わか……な……」
「…く………そ……」
三人はそれに耐えることができず、そして、みんな同時に意識を失っていった。
姫とは何なのか。自分達が何者なのか。何一つ、分からないまま―――――。
(目を開けると異世界でした)
(ここ…何処よ!?)(さぁ……?)(あ、あの方々は……!!)
END
†††††††††††††
前に載せたかもしれない昔書いた最遊記夢小説をちょっと手直しして晒してみる。
続く、かも。
END