月の冴えわたる、静かな夜だった。
「…まさか、オーティスが酒に弱かったとはな」
黒髪の男性…ロシェルは、すぐ隣で眠っている青年…オーティスを見て半ば呆れたように、そしてどこか楽しげに呟いた。
眠っているオーティスの表情はとても安らかだ。
「…弱いというか、すぐ眠ってしまうの」
同じように眠っているオーティスを見つめている女性…シルスティアは少しだけ苦笑しながら、けれど本当に優しい瞳でオーティスを見つめている。
オーティスが飲めないというわけではないのだ。
ただそれが、ロシェルの思っていたほど飲めなかった。
というだけで。
反面、意外だったのはシルスティアの方だ。
オーティスと対照的に、シルスティアは頬がうっすらと薄紅色に染まっているだけで、後は何も変わりがない。
「シィティは、それなりに飲めたのだな」
「ええ。
たしなむ程度には…ね」
本当に、いつもたしなむ程度にしか飲まないので、シルスティア自身は自分がどのくらい飲めるのか解らないのだが。
そんなシルスティアの意外な一面を知り驚いたものの、ロシェルは嫌だと感じはしなかった。
「…ロシェル?どうかしたの?」
ぼんやりとオーティスを見たままだったロシェルは、シルスティアの声ではっと我に返った。
カラン…と、グラスの中の氷が溶けて音を奏でる。
そんなささやかな音が響いてしまうくらい、室内は静かだ。
オーティスとシルスティアと3人だけの、静かな空間…
それなのに、どことなく、寂しい。
「…いや。何でもない。
少し…考え事をしていただけだ」
「そう…?」
不思議そうに首を傾げているシルスティアに、ロシェルは本当に何でもないと言うように、少しだけ笑みを見せた。
ほっとしたように、シルスティアも微笑んでくれて。
…本当はシルスティアのことを考えていたなんて、言えるはずがなかった。
初めのきっかけは、一目惚れだった。
シルスティアを見染めて、一目で好きになって。
彼女の美しさは外見だけではない。
内面も優しく綺麗なシルスティアに、ますます惹かれていったけれど。
シルスティアのことを知れば知るほど、彼女は自分のものにはなり得ないということを思い知らされるのだ。
他の誰も、オーティスには敵わない。
こうして3人でいても、優しいシルスティアはロシェルを気遣ってくれるけれど。
本当は、誰よりもオーティスのことだけを見つめている。
それが少しだけ、悔しい。
けれど、シルスティアの心を自分の方に向けようと思う気持ちはとうに無くなっていた。
これでオーティスが好きになれない人物だったら違ったのかもしれない。
しかし、ロシェルにとってオーティスも大切な友人なのだ。
もしかすると、オーティスを一途に愛し続けているシルスティアが好きなのかも知れない。
あの2人の絆の強さには、他の誰も立ち入る隙などないのだから。
視線をオーティスから手の内にあるグラスに移したロシェルは、残っていた中身を口にした。
甘いはずのそれは、ほんの少しだけ、苦かった。
終