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おがふる(暗)

「男鹿辰巳が壊れたそうだぞ。」
悪魔達はいずれ壊れるだろうと思ってはいたが、存外早かった、とさして感慨もなくその報告を聞いた。当然の報いだと、自業自得だと誰ともなしに吐き捨てる。
古市は周りがあれを支え、男鹿辰巳という人格を保たせられると思っていた。古市だけが、自分が男鹿の元から離れても大丈夫だと、信じていた。

人間のままであったならここまで男鹿辰巳という人格が崩壊することも無かったかもしれない。なまじ悪魔が介入したが故に人間にも戻れず、悪魔にも成りきれない、なんとも中途半端な生物に成り果てた。人間として生きることを終えることが出来たならまだ救いもあっただろう。少なくとも地獄の日々を己で終わらせることが出来たのだから。
唸る様な鳴き声がする。人間界でいうなら狼の様な声。四肢は重い鎖に繋がれ、体中にうねる紋様が刻まれていた。
男鹿は古市の反逆後、急速に悪魔化が進み、それは体だけでなく男鹿辰巳という人格をも蝕んでいった。ヒルダは男鹿を切り捨てるつもりだった。人の心を亡くしていく男鹿は危険以外何者でもないからだ。けれどそれを止めたのは他でもないヒルダの主―――カイゼル・デ・エンペラーナ・ベルゼバブ4世その人だった。勿論、ヒルダは今の男鹿の危険性を十分に説いた。その頃にはもう止めようとする東邦神姫をはじめその舎弟や六騎聖などにもその拳を向けるようになっていたのでベル坊に手を挙げる日も遠くないだろう、と。何度となく進言してもベル坊は首を縦には振らなかった。故に男鹿はこのような姿になっても生きているのだった。
人でなくなったのならいっそ、と邦枝は考えないでもなかった。好いた男の命だ。生きて欲しいと願いはしたが、その願いと反する様に男鹿は日に日に人でなくなっていった。古市を失ってからというもの、最初こそ怒り、悲しみに暮れたものの徐々に荒み壊れていった。その崩壊を止めることの出来る唯一の人物はもういない。もう二度と、邦枝たちの前には姿を見せないだろう。男鹿の崩壊を止められず、かと言って終わらせることも出来ず、邦枝とヒルダは途方に暮れた。
男鹿にとって古市とは全ての基盤であった。基盤を失ってはいくらその上に堅牢な城を築こうとも砂の城の如く、簡単に崩れ落ちるのだ。悪魔達はそれを正しく理解していた。理解していたが故に腹立たしかった。解っていたはずだ、古市を失うということはそういうことなのだ、と。馬鹿なことをしたものだ。しかし嘲笑と軽蔑と同時に悪魔達は感謝したのも事実だ。労せずこの美しい人間を手に入れられたのだから。古市は良くも悪くも純粋であった。更に言うならば男鹿も、だ。ただ少し、男鹿には考えるちからが足りず、古市は冷静に物事を判断し過ぎた。

「男鹿が壊れたそうですね。」
何処からか耳にしたのだろう、団服を翻し軽やかに立つ。


―――早く早く堕ちてこい。
「もし本当にそうなったのなら…飼ってやっても、いいかな。」
―――俺のところまで。
古市は笑う。あの日、男鹿を絶望に叩き落とし、悪魔達を魅了したあの、微笑みで。
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