気がつけば眼前に扉があった。格子の嵌められた覗き窓から中を伺えば、暗い石牢には女と、その膝に頭を預けた男がいた。女は上腕の中ほどより先がなく、男は血塗れの顔にぽかりと穴が空いている。
『今日は右腕』
女が囁いた。
『今日は左目』
男は呟いた。
ぞっとしてその場を離れようとすると腕を掴まれた。格子窓からはいつの間にか近づいていた両腕のない女と両目の潰れた男とが顔を覗かせている。
『どうして逃げようとするの』
『どうしてあいつらに復讐しないの』
『どうして私達を見捨てるの』
『どうして忘れようとするの』
『どうして』
『どうして』
口々に責め立ててくる彼らに怯えるが、足が固まり動かない。呆然としていると男の腕がまっすぐに伸びてきた。首をじわじわと締められて呻き、もがく。意識はだんだんと遠のいていた。ここで死ぬのだろうかとの思いが頭の片隅に浮かぶ。
「ーーーーヘカーテ起きて」
ふいに体を揺さぶられて景色が変わった。見慣れた天井。そして心配そうな表情をした仲間が見下ろしてきた。
「……マリー」
「うなされてたよ。大丈夫?」
「…ええ…ありがとうございます」
支えられながら体を起こす。早鐘が止まらない。朧げに解けゆく夢の跡、最後に掛けられた言葉だけが鮮烈に耳に残っていた。
『ーーあなたは私なのに…!!』
怖気が立つ。
(…あれはあの時の私達なのか)
震えを止めたくてもヘカーテに己を抱き寄せる腕はない。マリーに撫でられ、彼女はただうずくまる事しかできなかった。