※クーデターが起こる以前設定。
久しぶりの休日、私は街へ出ていた。きれてしまった消耗品を買い足したり、縁は無いけれど可愛い服を見たりしたかったから。
いつもなら姉も一緒だけれど、今日は約束があると言って出掛けてしまった。
ちょっと残念だったけど、たまには一人での買い物も良いかも、と思い直して私も街へ出た。
ウィンドウショッピングも満喫してお店を出て。ちょっと肌寒いくらいの風が気持ち良い、と思いながら兵舎に向かって歩いていた途中。
ぽつり。
「え…?」
頬に一粒、冷たいものを感じて空を見上げる。…雨だ。「うそ…!」しかも、雨足はどんどん強くなって…ついにはバケツをひっくり返したような雨になった。
「兵舎を出るときは晴れてたのに…!」
だから、傘なんて当然持ってなかった。仕方なくその場から一番近いお店の軒下に身を寄せた。
「はあ…」
雨を逃れて、安堵のため息がこぼれる。
でも、今日はなんだか…
「ついてないな」
突然声が、降ってきた。
低くは無いけれど落ち着いた、囁くような声。聞き覚えのある声。
顔を上げると、声の主と目があった。
金色の、綺麗な瞳。
「ガルカーサ、さま…!?」「ひどい雨だな。アイギナ…びしょ濡れではないか。お前も傘を持たずに来たのか?」
「え!?あ、はい、まさか降るなんて思わず…」
見ればガルカーサさまの髪や肩も私と同様に濡れている。
「そうだな、さっきまで晴れていたし…。それより、寒くないか?」
「大丈夫、…です」
ガルカーサさまに優しい言葉をかけられて、顔が熱くなる。けど、身体は冷えていたようで。
「無理をするな。肩が震えている」
そう言うと、ガルカーサさまは着ていた黒いコートを私にかけて下さった。
ふわりと良いにおいがして、それがガルカーサさまのものと気付いたら居ても立っても居られなくて。
「わ、私にかけたら、ガルカーサさまのコートが濡れてしまいます!」
声を裏返しながら、そう言った。
「気にしなくていい」
ふっ、と微笑んだガルカーサさまの手が、私に伸ばされ、濡れた髪をすいた。指の合間から、滴がこぼれる。
「乾かせばいいだけだ」
さて、どうしたものか…と呟くガルカーサさまの横で、私は心臓が壊れそうなほどどきどきしていた。好きな人に優しくされて、触れられて(髪だけど)、微笑まれて。どうしたものか、は私のセリフですガルカーサさま…!
「…?顔が赤いが…熱でもあるのか?」
「…!」
顔を覗き込まれて、綺麗な瞳があんまり近くて。
額に当てられた大きな手の温かさに、頭の芯がぼうっとする。
「アイギナ…、部屋を二つ取るから少し横になって休んだ方がいい」
「部屋を、二つ…?」
私は、その時になってようやく。自分が雨宿りしている軒先が、小さな宿屋のそれと気付いた。
宿屋で二つ、お部屋をとるということは、ガルカーサさまの分と、私の分…?!。
「だ、だめですガルカーサさま!お部屋までとって頂く訳には!…くしゅっ」
「…」
私のみっともないくしゃみに驚いたガルカーサさまの目が丸くなって、でもすぐに細められて。それを見た私は(笑われてしまった!)と恥ずかしさでいっぱいになった。
「可愛い、くしゃみだな」
「か、可愛くなんて!…くしっ……」
「はは…っ、中に、暖炉がある。そこで温まっていろ」
いいな、と言うとガルカーサさまは先に中へ入り、宿屋のひとと話し始めてしまった。
わ、私のばかどじ…!
私はガルカーサさまの好意に甘えて良いのか分からず、どうしようもなくなって、結局宿屋の中に入った。
(暖かい…)
ぱちぱちと暖炉の薪が燃えている。吸い寄せられるようにそちらに向かった。
暖炉で優しく燃える火は、ガルカーサさまの髪のようだな…なんて考えていたら、宿屋のひとの声が聞こえてきた。
「あいにく、いまは一部屋しか空いてないんだが…」
続く…?