「お待たせ、リディア」
パーティーが始まるとすぐに会場は騒がしくなった。話し声や人の動く音が混ざり合い、軽やかなワルツの音楽が微かにしか聴こえない。今日のパートナーであるレイブンクローの彼、アダム・キーンツルから黄金色のジュースを受け取り、笑顔を向ける。グラスを傾けると、中の液体が蝋燭の火を反射してまるで宝石のようだった。
「ありがとう。これ、綺麗な色ね。何ていう飲み物なの?」
「さ、さぁ…。でも今日のリディアのドレスに似合うかなって思って…」
「あら素敵。意外にロマンチストなんだ」
そう言ってグラスに口をつける。サラッとした炭酸が、弾けながら喉を通る。
結局、あれ以来メリエルとシリウスには会えていない。人が多いっていうのもあるし、会場内は薄暗く近くまで来ないと顔すら見えない。
なのに。
「…リディア、聞いてる?」
アダムに呼ばれ、私はハッと我に返る。
「あ…ご、ごめんごめん!えーっと何だっけ?」
なのに、なぜかアイツの姿だけはすぐに見つけることができた。
「もしかして、僕の話しつまらないかな?何だかよくボーッとしてるし…その…」
「ああ違うの、違うのよ。ほら、ずっと立ったままだから。何だか、ね」
我ながら下手な言い訳だなとは思うけど、まさか彼に本当の事を言えるはずもなく。
リーマス・ルーピンが視界に入ったから…なんて、言えると思う?
だけど、たまには気を使わず本音を言うことも必要なのかもしれない。嘘をつけばつくほど、現実は良くない方向に転がっていく。
私の返答を聞いて、アダムの顔が少し輝く。
「じ、じゃあダンスをしに行こうよ!」
「え?」
「僕と、踊ってくれませんか?」
私の反応が微妙だったからか、輝いていたアダムの顔が少し不安そうに歪む。私は馬鹿だけど、彼が私をクリスマスパーティーに誘ったことも、今こうやってダンスに誘っていることも、彼にとって凄く勇気のいることだってことぐらいはわかっているつもり。そんな相手の誘いを、断ることなんてできるだろうか。
「…もちろん。せっかくだもの、楽しみましょう!」
例え、ダンスホールにリーマスの姿を見つけていたとしても、私には断ることなんてできなかった。

私たちがダンスホールに着く頃には、軽やかなワルツはいつの間にかスローなテンポの音楽に変わっていた。私たちが輪の中に入っていっても、先にいた人たちは誰も気にしていないようだった。もちろん、リーマスとも視線は合わない。フリルがたっぷりついたドレスを着たヴィーヴィの腰に手を回して、クスクスと談笑しながら踊っている。胸に、チクリとした痛みが走った。あの笑顔は、前まで私のものだったのに…なんて未だ勘違いな思いが頭の中に埋まっていく。
「リディア」
アダムの手が腰に回る。私は周りに倣いアダムの肩に手を乗せて、彼の動きに合わせてステップを踏む。ワン、ツー、スリー。ワン、ツー、スリー。視界の端には同じようなステップを踏むリーマスが映った。私はリーマスを追い出すようにそっと目を閉じる。もう気にするのはやめにしよう。アダムに失礼だし、何よりも私自身が不憫でならない。何ヵ月も我慢した。
可哀想だなんて思うのは、もう真っ平だ。

どれくらいか踊って、私たちはダンスの輪から離れた。人混みから外れて薄暗い空間に出る。
「わ、涼しい!」
あれから何曲も踊ったせいか、少し汗ばんだ肌に夜風が凄く気持ちいい。
「僕、何か飲み物を取ってくるよ!リディアはそこで待ってて!」
アダムは興奮が冷めないのか、ワントーン高い声でそう言うと人混みの中に消えていった。
先程とは打って変わった、シン、とした空気が耳に痛い。この空気に早くなれようと、ゆっくりと呼吸を繰り返す。このまま吸って吐いてを繰り返したら、この空気の中に溶けてしまえないだろうか。そうしたら、アダムはびっくりするんだろうな。グラスを両手に持って、私が居ないことにパニックを起こして…。そんな場面を想像すると、思わずクスッと笑ってしまった。
「楽しそうだね」
だから突然上から降ってきた声に、身体が跳ねる。誰かが後ろにいただなんて、気づきもしなかった。バッと振り返り、口から心臓が飛び出すんじゃないかと思った。思わず口を押さえる。
「リーマス…」
「ちょっといいかな」
「え?…え?!ちょっと!」
リーマスは私の手を取ると、さっさとどこかに歩き出す。何で?どうして?ヴィーヴィは?アダムはどうすればいいの?疑問が心の中で渦巻いているのに、こうやって手を引かれていることがどこかで嬉しいと思ってしまう。
私は何も言わず、ただただリーマスの背中を見つめていた。