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羞、執、醜6

「お待たせ、リディア」
パーティーが始まるとすぐに会場は騒がしくなった。話し声や人の動く音が混ざり合い、軽やかなワルツの音楽が微かにしか聴こえない。今日のパートナーであるレイブンクローの彼、アダム・キーンツルから黄金色のジュースを受け取り、笑顔を向ける。グラスを傾けると、中の液体が蝋燭の火を反射してまるで宝石のようだった。
「ありがとう。これ、綺麗な色ね。何ていう飲み物なの?」
「さ、さぁ…。でも今日のリディアのドレスに似合うかなって思って…」
「あら素敵。意外にロマンチストなんだ」
そう言ってグラスに口をつける。サラッとした炭酸が、弾けながら喉を通る。
結局、あれ以来メリエルとシリウスには会えていない。人が多いっていうのもあるし、会場内は薄暗く近くまで来ないと顔すら見えない。
なのに。
「…リディア、聞いてる?」
アダムに呼ばれ、私はハッと我に返る。
「あ…ご、ごめんごめん!えーっと何だっけ?」
なのに、なぜかアイツの姿だけはすぐに見つけることができた。
「もしかして、僕の話しつまらないかな?何だかよくボーッとしてるし…その…」
「ああ違うの、違うのよ。ほら、ずっと立ったままだから。何だか、ね」
我ながら下手な言い訳だなとは思うけど、まさか彼に本当の事を言えるはずもなく。
リーマス・ルーピンが視界に入ったから…なんて、言えると思う?
だけど、たまには気を使わず本音を言うことも必要なのかもしれない。嘘をつけばつくほど、現実は良くない方向に転がっていく。
私の返答を聞いて、アダムの顔が少し輝く。
「じ、じゃあダンスをしに行こうよ!」
「え?」
「僕と、踊ってくれませんか?」
私の反応が微妙だったからか、輝いていたアダムの顔が少し不安そうに歪む。私は馬鹿だけど、彼が私をクリスマスパーティーに誘ったことも、今こうやってダンスに誘っていることも、彼にとって凄く勇気のいることだってことぐらいはわかっているつもり。そんな相手の誘いを、断ることなんてできるだろうか。
「…もちろん。せっかくだもの、楽しみましょう!」
例え、ダンスホールにリーマスの姿を見つけていたとしても、私には断ることなんてできなかった。

私たちがダンスホールに着く頃には、軽やかなワルツはいつの間にかスローなテンポの音楽に変わっていた。私たちが輪の中に入っていっても、先にいた人たちは誰も気にしていないようだった。もちろん、リーマスとも視線は合わない。フリルがたっぷりついたドレスを着たヴィーヴィの腰に手を回して、クスクスと談笑しながら踊っている。胸に、チクリとした痛みが走った。あの笑顔は、前まで私のものだったのに…なんて未だ勘違いな思いが頭の中に埋まっていく。
「リディア」
アダムの手が腰に回る。私は周りに倣いアダムの肩に手を乗せて、彼の動きに合わせてステップを踏む。ワン、ツー、スリー。ワン、ツー、スリー。視界の端には同じようなステップを踏むリーマスが映った。私はリーマスを追い出すようにそっと目を閉じる。もう気にするのはやめにしよう。アダムに失礼だし、何よりも私自身が不憫でならない。何ヵ月も我慢した。
可哀想だなんて思うのは、もう真っ平だ。

どれくらいか踊って、私たちはダンスの輪から離れた。人混みから外れて薄暗い空間に出る。
「わ、涼しい!」
あれから何曲も踊ったせいか、少し汗ばんだ肌に夜風が凄く気持ちいい。
「僕、何か飲み物を取ってくるよ!リディアはそこで待ってて!」
アダムは興奮が冷めないのか、ワントーン高い声でそう言うと人混みの中に消えていった。
先程とは打って変わった、シン、とした空気が耳に痛い。この空気に早くなれようと、ゆっくりと呼吸を繰り返す。このまま吸って吐いてを繰り返したら、この空気の中に溶けてしまえないだろうか。そうしたら、アダムはびっくりするんだろうな。グラスを両手に持って、私が居ないことにパニックを起こして…。そんな場面を想像すると、思わずクスッと笑ってしまった。
「楽しそうだね」
だから突然上から降ってきた声に、身体が跳ねる。誰かが後ろにいただなんて、気づきもしなかった。バッと振り返り、口から心臓が飛び出すんじゃないかと思った。思わず口を押さえる。
「リーマス…」
「ちょっといいかな」
「え?…え?!ちょっと!」
リーマスは私の手を取ると、さっさとどこかに歩き出す。何で?どうして?ヴィーヴィは?アダムはどうすればいいの?疑問が心の中で渦巻いているのに、こうやって手を引かれていることがどこかで嬉しいと思ってしまう。
私は何も言わず、ただただリーマスの背中を見つめていた。

羞、執、醜5

一言言わせていただきますけどね。クリスマスなんて、家族と肉食ってぶどうジュース飲んでケーキを食べりゃあ良いのよ。何がパーティーよ。何がダンスよ。おめかしして着飾って浮かれちゃってさ。…何よ、わかってるわよ。それでもワクワクしちゃうわよ。だって私だってちゃっかりドレスアップしたんだもの。
可愛いって、思ってもらいたいじゃない。
…は?誰に、って…。

…イエス・キリストってことにしといて。


クリスマスパーティー当日。
「…我ながら悪くないじゃない」
鏡に映る自分の姿に軽く頷いてやる。ドレスは新調したゴールドの膝丈カクテルドレス。いつもの黒のマーメイドだって悪くなかったけど、たまにはドレスも変えなきゃね…なんてメリエルと話が盛り上がってしまい、つい買ってしまった。私もメリエルも、このクリスマスを相当楽しみにしているらしい。
鏡を覗き込みながらグロスを丁寧に塗り直す。
「よし」
鏡から離れて、今一度自分の装いを確認する。大丈夫、いつもよりはイイ感じ。なんて考えて、ふと我にかえった。
一体、私は何のためにこんなに準備をしているのだろうか。

「メリエル!」
談話室に下りると、そわそわした様子のメリエルを見つけた。駆け寄って後ろから肩を叩くと、メリエルはビックリした様子で振り返る。
「きゃっ!」
「わっ!」
「なんだー、リディアか!ビックリさせないでよー!」
大きな目を真ん丸にして、メリエルが胸の辺りを抑える。大袈裟なやつめ。どうせシリウスを待つことで頭の中がいっぱいいっぱいだったのだろう。
「メリークリスマス、メリエル」
「メリークリスマス!リディア」
「可愛いじゃん、緑も」
私がそう言うと、メリエルは少しはにかんだ後、得意気に裾を翻す。シックな深緑色のベルベットのドレスは、刺繍がたっぷり施されていてメリエルに良く似合っていた。少し古くさい型ではあるが、アンティークな雰囲気がまたメリエルらしい。
「ふふっ、ありがとうリディア!リディアもそのドレスにして良かったね!」
「まぁね、気に入ってる」
「だって似合ってるもん。……あ」
視線を逸らしたメリエルの顔が、急に華やいだ。なんて分かりやすい友人だろう。
「シリウス、こっちこっち!」
メリエルが手を振ってシリウスを呼ぶ。いつものドレスを身に纏ったシリウスが、雑な歩き方でこちらまで歩いてくる。それでもどこか気品があるように見えるのは、育ちのせいなのか彼の人徳なのか。
シリウスは片手を上げてやって来ると、さっそくメリエルをからかいはじめた。
「よぉ。…お、ようやくピンクは卒業か?」
「ちょっとー!他に言うことあるでしょー?!」
メリエルの反論に、シリウスは可笑しそうに肩を揺らした後、ふっと優しい顔をする。
「可愛いよ」
思わず私までドキッとしてしまう。でた、色男!たったの一言なのにあんな顔で言うもんだから、キャーキャー騒ぐ女の子が絶えないのだろう。
傍目で聞いてても恥ずかしいのに、言われた本人はもっと照れているのではなかろうか。そう思ってメリエルを見てみると、案の定、顔を目一杯火照らせていた。
「あ、あ、あ、ありがとう…」
「なんだよ、照れてんの?」
何だか甘いムードですこと。私はチラリと時計で時間を確認した後、空気も読まず2人の間に割って入ってやった。別に悪いとか思ってやらない。私を忘れるあんた達が悪いのだ。
「あー…の、こほん。…お話の途中悪いけど、私そろそろ行くわ」
メリエルとシリウスの視線が、一気に私に向けられる。
そこでようやく私の存在に気付いたかのように、シリウスは私をジロジロ見た後にふーんと呟いた。
「悪くねぇじゃん」
おっ、珍しい。私は別にシリウス信者ではないけれど、シリウスに褒められて悪い気はしなかった。思わず表情が緩んでしまう。ま、顔が赤くなりまではしないけどね。
「でしょ?今日はいつもよりマシなの」
「上等さ。…あーあ、あいつ惜しいことしたなぁ」
「誰よ」
「リーマス・ルーピン」


「は?」


その名前が出た途端、私の身体にピリッと電気が走った。リーマス、ですって…?ニヤニヤ笑うシリウスを、メリエルが一発叩いていつもの笑顔を私に向けて言う。
「何でもないの!それよりリディア、待ち合わせがあるでしょう?早く行かなきゃ!」
行かなきゃってか、さっさと行けとばかりの勢い。どういうことか問い詰めたいけど、どうもできる雰囲気ではない。
「う、うん…じゃあ行くわ。また後でね、メリエル、シリウス」
ヒラヒラと手を振るメリエルとシリウスに追い出されるかのように、私は寮から出ていった。
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