『all you can eat!』
お風呂から上がって水を飲もうと訪れたキッチン。
扉を開けるとそこは、お菓子の焼ける甘い香いに満ちていた―――
「パパ、なに作ってるの? 凄くいい匂い。これって紅茶かな?」
私の問いかけに、オーブンの窓越しに中の様子を見ていたパパが振り返った。
「アールグレイ入りのパウンドケーキだよ。明日、自治会の集まりがあるから、そのお茶請けになればいいなと思ってね」
「へぇ〜。相変わらずマメだね」
パパの作るお菓子や料理はご近所でも評判が良い。
人当たりが良くて穏和な性格。職業は不安定な小説家だけれど、緻密に練り込まれたストーリーには定評があり老若男女問わずファンも多い。
都合のつけやすい自由業を活かして地域の活動にも積極的に参加する姿は、本人は気づいていないがご近所の奥様方の癒しになっている。
『娘のお婿さんになってくれないかしら〜』
『私があと10年、15年若かったらねぇ〜。旦那なんかポイッて捨てちゃうんだけどねぇ〜』
……などと話に花を咲かせては、最後には必ず、
『でも駄目よぉ。だってホラ、英ちゃんってば花白ちゃんを溺愛してるし、結婚したらウチの娘が毎日焼きもち妬いちゃうわぁ〜』
『ホントにそうよね〜。花白ちゃんが中学生の頃なんて「花白ちゃんの制服のスカート丈が短い気がするんですけど、僕が注意したらセクハラになりますか?」って真剣な顔で聞いてくるんだから笑っちゃうわ。あれ、夏に成長期で身長が伸びて冬服のスカート丈が短くなっただけなのよ。まぁ、ずっと一緒だと気づかないものだけど。義理とは言え娘にセクハラになりますかはないわよね〜。ならないわよって〜」
ーー―と、パパのド天然発言語録話で幕を閉じるのだった。
「そうかな? あぁ、そうだ花白ちゃん。そろそろ冷蔵庫で冷やしている芋ようかんが固まっている頃だろうから、ちょっと味見して貰えるかな?」
「わーい。芋ようかん大好き〜。と言うか、ようかんってお家で作れるもんなんだね、知らなかった。これも持って行く用なの?」
言われるまま冷蔵庫を開けると、中段目に黄金色のようかんが入ったホーローのタッパーが目に入った。食感に変化を持たせる為か、小さくサイコロ状に切った芋が所々に見える。
早速手に取ってみるとひんやりと冷たかった。ーーー食べ頃だ。
「意外と簡単なんだよ。お年を召してる方もいらっしゃるから和菓子もあった方がいいかなと思ってね。パウンドケーキも念の為にプレーンの方も用意してあるんだ。……あ、カロリーオフのおから入りのも作れば良かったかな」
「……パパってほんっとーにマメだよね」
―ーーさぁ、甘いあまいお茶会を始めましょう。
お菓子もちろん―――all you can eat!(食べ放題!)
*END*
パパはご近所のマダムに大人気。
一見、自宅が職場な小説家はコミュ力が低めなイメージ(偏見)ですが、パパは特殊環境なお家に生まれた為に幼い頃から自然に高いコミュ力を身につけて行ったのでした(*´∀`*)という設定です。
まぁ隠す程のお家ではないので言います、パパの実家は由緒正しい老舗旅館です。
長男で大学は経済学部でしたが文学部の友人に誘われるまま文学サークルに入り、試しに書いたミステリー小説を学祭で発行した同人誌に掲載。
それを偶然、まだペーペー編集者の綾瀬が友人と一緒に友人の母校である英の通う大学の学祭に訪れ、たまたま同人誌を購入して読み、翌、学祭2日目に販売している文学サークルに乗り込んで英を捕獲。手直しさせて賞に応募。見事大賞を取り小説家デビュー。
因みに実家は英の姉が継いでいます。