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運命の出逢いと呼ぶには勿体ない1

君と出会ったのは18の時。
父に促され、嫌々受けた見合い話。
見合いの会場とされたとある建物の一室で、君は静かに俺を見据え言った。

「貧弱そうですね」

と。

「こら、アザレア! カイザイク様になんて失礼なことをっ!」

彼女の母親が作り笑顔で俺に謝罪する。
自分もそう思っていることを笑顔の裏に隠して。

「いえ、お気になさらず。よく言われることですから」

俺も作り笑顔で答える。
あぁ、気持ちが悪い。
早くこの場から立ち去りたい。

アザレアの家は没落貴族だった。
娘しか産まれず、家名を継ぐものがいなくなってしまった家。
当主も死に、その妻が当主としてやっているが、もともと金遣いが荒い人だったため、家は借金に塗れ、明日にでも全て無くすかもしれない状態だと聞く。
そのため娘達を裕福な家へと嫁がせ、その借金をどうにかしようという算段らしい。
そしてそのターゲットが俺の家となったわけで、こうして見合いをしているのだが……。

「もうご存知だとは存じますが、私は女性が不得手です。女性に触れることすらままならないほどです。
そんな私のもとに嫁いだとしても、アザレア様は幸せにはなれないと思います。
なので、この縁談はなかったことにしたほうが良いかと」

俺は淡々と告げる。
これでいつもなら縁談は終わるのだから。

「……それは噂などではなく、事実なのでございますか?」

「はい、事実です」

彼女の母親が確認してきたので、それを肯定する。

「私などには勿体無い程の美しい女性です。アザレア様はもっと幸せになれるような方とご縁を持たれたほうが良いかと」

俺は彼女をチラリと見る。
彼女は俺を真っ直ぐ見据えていた。
強い眼差しで。
俺はどきりとし、目を逸らす。
すると彼女は口を開いた。

「お母様。私、カイザイク様とお話したいです。二人きりで」

俺は自分の耳を疑った。
ただでさえ苦手なのに二人きりになるなど、ただ悲惨な結果になるだけじゃないか。
……けれどそれで破談となるなら、それはそれで良いのかもしれないが。

「ふ、二人きり? 私は構いませんがカイザイク様が了承しなければ……」

「わかりました。あまり長い時間は取れませんがよろしいですか?」

「えぇ、それで良いですわ」

彼女はふんわりと微笑んだ。

運命の出逢いと呼ぶには勿体ない2

「……」

「……」

彼女の母と俺の父が立ち去って数分。
彼女は口を開かない。
ただ俺を見つめるだけだった。

「あの、何かお話ししたいことがあったのではないのですか?」

沈黙に耐えかねて、俺は話しかける。

「いえ、別にありません」

「は?」

間の抜けた声が出た。

「尋ねたところで、貴方は今まで答えてきたような形式的な答えしか返さないでしょうし、質問などそんな貴方には意味を成しません」

「なら……何故二人にしたのですか?」

「それは……」

彼女は身を乗り出し、俺の手を掴み、目を見つめて言った。

「貴方に興味があるから、です」

手から悪寒がこみ上げる。
俺は咄嗟に彼女の手を振り払った。
呼吸が荒れる。

「振り払うほど苦手なのですね。苦手というよりは、恐怖に近いのかしら」

彼女は冷静に分析する。

「……それが素の貴方なのですね」

彼女は微笑んだ。

「っ……!」

俺は彼女の手を振り払った瞬間、部屋の壁まで下がって彼女から距離を取り、血の気の引いた青白い顔で、呼吸を乱しながら彼女を見ていた。

「ーーみっともないと笑って構いませんよ……突然のことに自分を繕うことさえ忘れてしまうような情けない男です……。
女性に触れるどころか、同じ空間にいることさえ私は怖いのですから……」

俺は頭を抱え、苦笑する。
そんな俺を見て、彼女は首を傾げた。

「なんで笑うのです?」

彼女は俺に歩み寄る。

「誰だって怖いものはあるものでしょう? 私だって怖いものはありますよ。
だからってそれを笑うのはおかしいじゃありませんか。
怖いものを克服しようとしない者に叱咤するならわかりますが、嘲笑は愚かな人がすることです」

俺の真正面に座り、彼女は微笑んだ。

「怖いなら私と克服しませんか? せめて苦手くらいまでにでも致しませんと、今後の貴方が大変な思いをするだけですもの」

他の者が向けるような嘲りも、憐れみも、期待外れという落胆の色さえも、彼女の瞳や微笑みからは見えなかった。

「……どうして、私に関わろうと、するんですか……こんな情けない姿を見ておきながら、何故……」

「母性本能じゃないですか? お写真を見た時に、幸薄そうな感じがビビビッと来たんですよね。
それに今の貴方の様子を見て、尚更構いたくなりました」

……意味がわからない。

「簡単に言うと、一目惚れってやつです、きっと。多分。おそらく。
だから私は貴方と関わりたいんですけれど、カイザイク様はどうでしょうか?」

「……全く褒められていないのに、どうですかって……」

溜息が出る。

「えっ、褒めてませんでした? 私。
えっとですね、守りたくなる感じとか、華奢な感じとか、自分に自信ない感じとか、すごく素敵です」

「だから褒めてないですよね、それ……」

「えぇっ! そうですかねぇ?」

こんなにズバズバと俺のコンプレックスを言う人なんて初めてだよ……。
しかもそれが良いだなんて……。

「変な人だ……」

つい笑ってしまう。

「あ……今の笑顔、すごく素敵です。厳しい顔をしているより、笑っているほうが、柔らかくて、優しくて、温かい」

彼女は幸せそうに笑った。
そりゃ誰だってしかめっ面よりは笑顔のほうがいいに決まっている。
それにきっと俺なんかの笑顔よりも……。

「ーー貴方のほうが温かくて優しくて、柔らかい……心地良い笑顔をしてますよ……?」

そう言うと、彼女の顔は一瞬にして赤くなり、ザザザッと後退る。

「っ……! カイザイク様、今の笑顔でのそのくっさい台詞は反則ですっ……! だから女性が嫌いって話が出ててもモテるんですね、天然タラシって訳ですかちくしょうっ……!」

「はぁ……? 何を言ってるんですか……?」

「いえっ! なんでもありませんわ! とりあえず! 私はこの縁談を破談にするつもりはございませんからっ!
母や家のためでなく、私の恋のためですからっ!」

それだけ言い放つと、彼女は部屋の外へと飛び出した。
静かになった部屋で俺はもともと座っていたところへと戻り、さっきのやりとりを思い出す。

嘘偽りのない瞳に、裏表のない言葉。
今まで会ったどの女性とも違う包みこむような微笑み。
触れらた時に感じた恐怖や悪寒は無くなり、代わりに彼女への関心が俺の中を占めていた。

彼女となら、なんて希望は持たないほうがいいのかもしれないけれど、惹かれている自分がいるのだからどうしようもない。

「アザレア……」

彼女の名前を呟いた時、彼女の笑顔が頭をよぎり、胸のあたりが熱くなった気がした。



▼運命の出逢いと呼ぶには勿体ない
≪彼女が添い遂げる運命の人となるのだろうか≫

悪戯っ子はここにいる


お兄ちゃんは出て行った。
私がまだ小さい時に、出て行った。


「おにいちゃん、どこいくの?」
「ベル」
「あそびにいくの?」

お兄ちゃんはドアの前で立ち止まり、ゆっくりと振り向いた。

「そうだよ。遊びに行くんだ」
「ベルもいく」
「ダメ」
「なんで?」
「ベルはまだ小さいからお留守番だよ」

お兄ちゃんはにっこりと微笑む。

「お兄ちゃんね、退屈なんだ。平和で変化のないこんな日常が」
「たいくつ?」
「つまらないんだよ。つまらないのはベルも嫌いだろ? 楽しいほうが好きだろ?」
「うん」

暖かい手が私の頭の上に置かれた。

「いつかえってくるの?」
「いっぱい遊んだら。それまでいい子にしてるんだよ、ベル」
「わかったよ、いいこにしてる。おにいちゃんはやくかえってきてね」
「じゃあいってくるからね」

そう言って、お兄ちゃんは家を出て行った。
それからまだ、お兄ちゃんは帰ってきていない。

「どこにいるの、お兄ちゃん」

ベルはいつまで一人で待っていればいい?
まだ遊び足りないの?
ベルは退屈でもお兄ちゃんがいる毎日に戻りたいよ。

「ベルー? どこー?」

薺の声。
そういえば遊ぶ約束してたんだっけ。
楽しい毎日はベルも好き。
だけどお兄ちゃんがいない毎日はなんか淋しいよ。
いい子で待っていても帰ってこないなら、ベルは……。

「いたいた。何してるの? エミュ君向こうで待ってるよ」
「ゴメンなさい。エミュのところに行こうか!」
「また悪戯するの? もう止めようよ」
「嫌だ。悪戯は楽しいもん! 楽しくなくちゃ退屈じゃない!」
「全くもう……」

薺ゴメンね。
いい子にしててもお兄ちゃんは帰ってこないから。
ベルは悪い子でもいいの。
お兄ちゃんの言葉の意味わかるよ。
だからいい子で退屈な毎日より、悪い子で楽しい毎日をベルは選ぶの。
お兄ちゃんが帰ってきたら、悪戯は止めるから。
それまではベルの我が儘を聞いていてね。
お兄ちゃん、早く帰ってきてね……。





▼悪戯っ子はここにいる
≪楽しい毎日もお兄ちゃんがいればもっと楽しくなるのにな≫

恋々と募る恋情1


「鳳瑞」
「はい」
「お前は我が高潔なる一族の長となるのだから、相応の振る舞いを身につけるのだ」
「はい」
「我ら宗家の恥を晒すようなこと、名を汚すようなことはせぬよう」
「……はい」


**********


「鳳瑞様? どうなされました?」
「いや……」
「大事な会合の最中、何を考えておられたのか」
「なんでもないわ。話を続けなさい」

幼い頃から言われ続けた。
体面を常に気にせよ、と。
煩わしい。

「鳳瑞様が連れて来たあの子供……あれはあの一族の子では……?」
「鳳瑞様は一体何を考えておられるのか…」
「あの子供を召し抱えるつもりらしい」
「他の者達に知られたらなんと言われるか……」
「もし反逆でもされたら、鳳瑞様はどう責任をとるおつもりで…」

周りの大人達はいつも他の一族の目を気にしている。
それも当たり前か。
他の一族をも束ねる、それが我ら宗家の役目なのだから。
その家元が、敵対している一族の宗家の子供を召し抱えるというのだから、騒ぎ立てる問題にもなる。
それでもわらわは……。

「鳳瑞様の従者も粘りますな」
「いやはや、流石家元様の従者でいらっしゃる」

会合で恒例の手合わせの儀。
家元の従者は一番の手練れでなくてはならない。
それ故、一族が会する会合では必ず従者同士が手合わせをすることになっている。
しかし、それは平等ではなく、勝ち抜きの戦い。
宗家の従者は常に勝たなくてはならない。
そして、勝ち抜きであるが故に、常に戦い続けるのだ。

「よくぞここまで育てあげたものですな、鳳瑞様」

隣にいる男が嫌味をこめて鶺帝を褒める。

「ですがそろそろ疲れが見えるようで」
「だいぶ相手の攻撃を受けるようになりましたな」
「従者交代を考える時が来たのかもしれませんぞ」
「……」

早く鶺帝を従者から下ろしたいのだな。
幾年経てども、老人達の考えは変わらぬものよ。
だがどんなに侮辱されようとも、わらわの想いは変わらぬ。

「鶺帝は負けはせぬ」
「鳳瑞様、なんと……」
「鶺帝は負けぬと言ったのだ。誰がどんな手を使おうとも」
「……絶大な信頼を寄せていらっしゃるようで」

男は怪訝な表情を隠しながら、慎重に選んだ言葉を発する。
本当はすぐにでもわらわに罵声を浴びせたいのであろうな。
……わかりやすい。

恋々と募る恋情2

周りの輩が騒ぎ出した。
わらわが意識を鶺帝に戻すと、鶺帝がだいぶ押されている。
しかし、もう少しというところで鶺帝が持ち直し、相手から一本を取る。
全く、あやつは何をしているのか。

「簡単には一本取らせてくれないようですな」
「当たり前だ」

最後の一戦。
これも鶺帝がギリギリのところで勝利を収めた。

「まだ鶺帝はわらわの従者でいるようだ。残念だったな、翁よ」

わらわは微笑み、隣の男は唇を固く結んだ。
一族の落胆が満ちる中、会合は終わり、牛者で屋敷への帰路につく。
わらわの隣には鶺帝が座り、心地好い揺れが眠気を誘う。

「鶺帝」
「はい」
「あの手合わせはなんだ?」

わらわは鶺帝のほうを向いた。
鶺帝はいつもと変わらぬ冷静な表情のまま。

「何故手を抜いていた? お主ならもっと簡単にあしらえた相手ばかりであろう? わらわの従者を辞める気であったのか?」

鶺帝の服の袖をめくり、幾つも出来た痣を見る。
全く……痛々しい。

「わらわの意思なくして離れることは許さぬと何度言えば……」
「負ける気も辞める気もありません」

鶺帝は静かに唇を開く。

「この命尽きるまで、私は鳳瑞様をお守りし、鳳瑞様に尽くします」
「では何故手を抜いた」
「自分を追い込み、精神を鍛えようと思いまして。私はまだまだ未熟ですから。それに鳳瑞様、相手の方も簡単にあしらえるほど弱くはございません」

全く、こやつは謙遜しおって。
今ではわらわよりも強くなっているというのに……生真面目な奴よ。
あんな手合わせに出た従者共なぞ、わらわは一撃で倒せるだろう。
なのに鶺帝は……。

「次は手を抜くな。闘いをする上での礼儀だ。力を尽くすということはな」
「畏まりました、鳳瑞様」

鶺帝は深く頭を下げる。
こんな関係はいつまで続くのか。
わらわが家元である限り、鶺帝とは……。
鶺帝は鶺帝で常に一族の目を気にし、その体面を気にし、自分の存在を卑下しなければならない。
そんな状況にしたのはわらわ自身。
あの時、助けなければ良かったのかと、何度考えたことか。

「鶺帝」
「はい」
「わらわは疲れた。わらわは寝る。だからずっとそのままの姿勢でいるのだ」
「畏まりました」

鶺帝の肩に頭を乗せ、もたれ掛かる。
鶺帝は言われた通りに、じっと、静かにしている。
牛車の揺れに合わせて、鶺帝の銀髪も揺れる。
だが、鶺帝がいることがわらわの恥になろうと、宗家の恥になろうと、わらわは知ったことではない。
わらわはあの日、鶺帝に惚れてしまったのだから……。
種族の違い故、永久の契りは交わせなくても、名を奪ってまで、せめて鶺帝を側に置きたかった。
いつか反逆されようとも、わらわは鶺帝にならば……。
いや、こんな事は考えないにつきる。
今この時だけでも、鶺帝が側にいるという少しの幸せをわらわは感じていたいのだ……。





▽恋々と募る恋情
≪わらわの我儘を許しておくれ。恋なぞこれっきりで構わないから≫
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