自分のことを人見知りのコミュ障と自認してるんだけど。

最近仕事上で知り合った人の誰に話しても
「サイカさん人見知りとか嘘だから」
「サイカさんコミュ障じゃないから」
「どっちかといえば明るくて社交的では?」
と言われる。

考えてみればそうなんだよな。
いま自分で一人で仕事してて、
コミュニケーションで困ったことはない。

顧客も取引先も普通に獲得できるし、
見知らぬコミュニティにガンガン入っていって
仲良くなって仕事をもらったりする。

じゃあなんで自分をコミュ障だと思ってるのか。


いやというか、
仕事外では普通にコミュ障だと思う。

全く仕事無関係の人間と
何話していいかわかんないし、
古い友人とも何話せばいいかわかんない。

互いに子供ができたから
子供の話ばかりしてしまう。

たぶん
仕事と子供のこと以外
何話せばいいかわかんないんだよな。


そんなことを最近色々と思ってて
さっき気づいたんだけど。

コミュ障を自認している根幹として
他人に興味がないって前の記事で書いたけど。

他人を信用していない
という方が正しい気がする。

基本的に誰も信用してないんだと思う。

だから
仕事も、子育ても、パートナーシップも
常に一人で完結できるように考えてる。

信頼し合うパートナーを見つけ
結婚するという物語を近くで見ることが
年齢的に増えてきたわけだけど。

信頼できるパートナーを見つけて
他人に支えてもらうことを
羨ましく思う気持ちはある。

でも支えてもらうためには
支えないといけないわけで、
自分とは違う個体の他人を支えるというのが
いまいちイメージができない。

あとやはり日本の婚姻制度は
家父長制の権化で女にとっては身売りでしかない
と思っているので、

周囲の女性が結婚するたびに
どうしたら他人に自分を身売りできるのかと
恐ろしく感じる気持ちもある。

私は自分が世帯主じゃないことさえ怖い。
紙一枚だろうと
自分が自分の主人じゃないことが怖い。


今のパートナーも信頼してないわけじゃないけど
子の父親として外せない部分だけ信頼しているだけで
全面的に信頼できるわけではないし。

人間不信が治らない限り
自分をコミュ障と自認し続けることになりそう。