現代的な路地のその裏に入り、古風というには寂れきった建物に入ると、何者かがまるで我が家のように寛いでいるのが見えた。
一応この土地の持ち主である私の耳に入ってきた噂は本当だった。注意をせねばと歩み寄ると、相手は一切動じることなく、いやむしろ私がお客といった風に席をすすめられてしまった。何を言う前に紅茶を出され、抵抗もできずにすとんと腰をおろした私に、一番驚いているのは私自身だった。相手は小さく微笑んで、とりとめのない話をしている。何を言っているかは分かるのにどういう声をしているかはわからない。それにふと気づいて相手を見つめかえすと、今度はどういう表情をしているかは分かるのに相手の顔がよくわからないということに気がついた。
どういう話をしていたのだったか、相手に私は本当によく分からないことを尋ねた。君は神はいると思うか。それに対して返ってきた言葉は実に単純だったけれど、それについてきた補足は私の口から更に疑問を呼び出した。
「君は自分を神だと言いながら、神を否定するのか」
それに対して相手はまた底抜けに明るく、無邪気といった様子で笑って頷いた。
「私は神だけれど、君の言うところの神ではない。つまりは、君達の言う神などいないと言うことさ」
相手は私の額を指差して、私が抱いている神様のイメージを淡々と述べる。そして世間の神話やら起源やら、そのイメージを面白おかしく語ると、くるくると動かしていた指先をピタリと自分を指すようにして止め、にんまりと笑って見せた。
「さて、では逆に聞こうか。私は君達の都合に合った、言うところの神様に見えるのかい」
私は首を傾げて、じわじわと表情に渋みを混ぜながら答えた。いいや、と。
それに相手は肩を竦めて、また背凭れにだらりと背を預けると、ほらね、とだけ言って目を閉じた。
「やっぱり神様なんていないのさ」
その言葉はまるで今起きましたとでも言ったかのような、自由で、当たり前で、ちょっと無粋な言葉だった。