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「夕陽色」―現代恋愛

『夕陽色』

ほのか(店員)
安芸(店長)





***

ほのか
「あ」

手の中にはブレスレット。
キラキラ光る、金色の粒と、オーロラに光る水晶がセンス良く並べられ、
大人になっても持っている女の子の夢みたいなものを集めたようなそれ。
それが、
金具の留め具が外れ、
ここで下手に手を動かせば最後、その夢の塊は手の平からさらさらと零れてしまいそうになっている。
じっとりと手の平に汗が出てくるような感じがして、早くブレスレットを汗から避難させなくてはと思うものの、動けばこの小さな粒一つ一つが手の平からどこかに逃げ出してしまうんじゃないかとも思えて身動きがとれない。

ほのか
「て、店長……」
安芸
「ん?って、おい……」

ふわ、と、手を包み込むようにされる。
大事なものを包み込むように私の手に添えられた大きな手。
突然の思いがけない感触に、
心臓が跳ねた。

ほのか
「わっ、あ、」
安芸
「ちょ、おい!」

心臓どころか体ごと跳ねていた私の動を押しとどめるように、手首ごとぎゅっと握られる。
よほど慌てていたのか、肩ごと後ろから抱きかかえられているかのような形になっていた。

ほのか
「す、すみません……」
安芸
「……はー、セーフ。何やってんの」
ほのか
「金具が取れそうになってるなと思って……」
安芸
「あー、うん、さっきのお客さんのね。うん」

私の手の平からブレスレットの芯になっているコードを抜き取ることもなくそっとつまみ、
カウンターにあるアクセサリー台に乗せる。
台の上でコードを抜き取ると、傍らのペン立てにある先の細いペンチを手に取り、あっと言う間に元の夢の塊の姿に戻してしまった。

ほのか
「……はー」
安芸
「何その顔」
ほのか
「いつ見ても器用だなぁと」
安芸
「普通でしょ」
ほのか
「普通かなぁ……こんなの作れちゃう人が」

カウンター周りに並べられた細かい細工の銀古美の腕時計や繊細な色遣いの天然石のブレスレット。
ディスプレイに使われている造花の花束も、木枠の扉に掛けられたアンティーク調の“OPEN”の木札も店長の手作りで、置き方ひとつ取っても何時間与えられても真似できそうになかった。

ほのか
(そんなことを言うと、君は不器用だから、って言うんだろうけど)

そういう問題ではないと思う。
店長は器用だし、何よりもセンスがある。

ほのか
(いっつもTシャツにジーパンって姿なのになぁ)

なのに何故か様になってしまうのはもう生まれながらにセンスと言う神に愛されてるんだとしか思えない。
棚に立てかけてあるほうきに手を伸ばす。

安芸
「あ、丁寧にね」
ほのか
「はい!隅までやっちゃいますね」
安芸
「いや、物壊さないでね」
ほのか
「……あの、今のやつは私が壊したわけじゃ」
安芸
「うん」
ほのか
(????)

うん、で黙られちゃ意図が読めないんですが。
表情を読み取ろうとしてじっと顔を見る。

安芸
「君、不器用だからって言ったら傷つくかなと思ってうまい言葉探してた」
ほのか
「いやいやいや!それ言っちゃってますって!それに、そのくらいじゃ傷つきませんよ〜」
安芸
「そっか。なら良かった」
ほのか
(うわぁ……)

ふわっと微笑むから、
それにつられて胸がきゅっと音を立てるみたいになる。
店に合うように選んできたのかと思うレトロな昔ながらのほうきをぎゅっと握ると、ほこりをかきだすべくせっせと板の目に沿わせて手を動かした。

ほのか
「そ、それにしてもさっきのお客さん、ちょっと待ってくれたらすぐにブレスレットの修理終わったのによっぽど急いでたんですね。あれもお子さんがひっぱっちゃったって言ってましたし――」

そこで、急に、近寄って来ていた男性の長い手が伸びてきて、手首が拾い上げられる。
指をわっかにした大きな手が手首を掴み、ぬくもりが伝わってくる間際の時間で離された。
急なことで思わず顔を上げると、店長は私の手から離れた自分の手の指でわっかをつくってそれを見ていた。

ほのか
「な、なんですか!?」
ほのか
(心臓に、悪いんですけど!!)

恥ずかしい気持ちで抗議するように言うけれど、店長は他に興味があることがあるように、顎に手をやって私の横――ちょうどほうきのあたりに視線をやっていた。

安芸
「ほうき、大きいなぁと思って」
ほのか
「え?ちょうどですよ??店長が使うには小さいかもしれませんけど」
安芸
「うん、腰痛めそうになる」
ほのか
「なんでこのサイズにしたんですか」
安芸
「なんとなく」
ほのか
「なんとなくって……」
ほのか
(もう、らしいなぁ)

どこまで考えてるんだろう。
お店をやってるくらいなんだからしっかりはしてるはずなのに、
どうも読めないのに、こののんびりした空気のせいか、
店に差し込む夕焼けの色が温かいせいなのか、
まあいいか、なんて思ってしまう。

いつものように急に制作意欲が湧いてしまったらしい店長は傍らのペンチを手に取りカウンターの向こうで手を動かし始める。
そのどこか楽しそうな様子に、どうしても胸が弾んでしまうのだった。


END

歓娯の夢/和風


がやがやと流れていく人々の声。

子供らのかけていく足元には薄く土埃が舞う。


加江が店の軒をくぐったところで馴染みのある声がした。


「お加江ちゃん、今日は今から店に出るのかい?」


振り向くと、満開の笑顔の青年がいた。

たくしあげた着物の袖から見える肌は女の自分が羨むような白さだ。


「ええ。シゲさんは?」


「次の公演に備えて腹ごしらえしてきたところだ!あ〜、もうちょっと休憩時間が長ければお加江ちゃんとこで食ったのになぁ〜」


大袈裟にしょんぼりする姿が微笑ましくて、

つい、ふふふ、と声が出てしまう。


「残念。シゲさんってば誰よりも美味しそうに平らげてくれるんだもの。またどうぞいらしてちょうだい」


頭の中でいなり寿司に大きな口で噛みついては幸せそうな顔をするシゲさんの顔が思い浮かぶ。

本当に幸せそうに食べてくれるのだ。

記憶の中の笑顔につられて頬が緩んでしまう。


「ほぁ〜……」


気の抜けた声が聞こえて意識を目の前に戻すと、

シゲさんが口が開いたままこっちを見ている。


「シゲさん、シゲさん。すごい顔になってますよ」


「へ?あ、ああ」


「シゲさんも想像してました?もしかして、食べたいな〜って」

「へ!!!?いや、まあ、うん!食べたいかっっちゃもちろんそりゃそうなんだけど」


明らかに挙動がおかしくなったシゲさんがこちらを見たり目をそらしたりする。


「いや、だから!」


シゲさんは大きく胸に息を吸い込みーー吐いた。


「食べたいくらいにかわいいと、思っているよ」


何故か良い声で、言った。


「ふふふ。さすが芸人さん、良い声ですねぇ。もちろんいつでも」


「!!」


「――お待ちしています。うちのかわいいかわいいいなり寿司が」


うちの店のいなり寿司は小ぶりで、その丸く可愛らしい見た目と甘さから女性や子供にも人気だ。

そんなに人気商品を気に入ってもらえて嬉しくないはずがない。

にこにこ、とシゲさんを見ると、

何故か思いっきり項垂れていた。


「シゲさん?」


「ううん?あー、いや〜。うん、お加江ちゃんはそういうところがいいんだったな!うん!そうでなくっちゃあお加江ちゃんじゃない!うん、うん、そうだ!!」


最後、声がひっくり返っていたような。


「お、っと……そろそろ行かねぇと」


「あ、引き留めてしまってごめんなさい」


「いや。ちょっとでも会えて良かったよ!お加江ちゃんの笑顔見るとやる気がみなぎるねぇ〜!」


「ふふふ。がんばってください!」


笑顔で送り出すと跳び跳ねるようにしてシゲさんは去っていく。

大きな劇場の向こう、柳の木の先の区画にシゲさんの仕事場がある。


「よくもまあ、よその縄張りにまで来られるもんだ」


凛とした声が降ってきて見上げると、そこにはどこかの細工師が仕上げたかのような美しい顔があった。

額の生え際まで作り物のように隙がない。

その人の登場とともに道にいた若い娘からにわかに悲鳴のような声が上がる。


「藍乃丞さん」

「ん。せっかく店のなかで待ってたのになかなか加江さんが入ってこないから見に来ちゃったよ」


藍乃丞さんは世の女性を魅了する優しげな瞳で話しかけてくると、すっと目を細めてシゲさんが向かった方向を見た。


「に、しても、加江さんは少々優しさが過ぎるな」

「え?」

「君も、ここでずっと暮らしてるならあっちの界隈のことは知ってるだろう?

ちゃんとした親なら我が子には関わってほしくないと思うところだ。

しかも加江さんは――」


藍乃丞さんが屈んで耳元に唇を寄せる。


「加江さんは、うちの贔屓茶屋の娘さんじゃないか」


「でも……」


「ああ、いいんだ。贔屓の茶屋はいくつもあるし加江さんのところのいなり寿司は誰にでも食べる権利があるべきだ。加江さんの分け隔てなさは美徳だ。間違いない」


泣きそうな顔になっていたのに気づいてか、藍乃丞さんは優しく優しく、諭すように言う。


「また異人の血の混じったごろつきと話してたみたいだけど……あちらもうちも、人様を非日常に連れ出す仕事をしている点では同じだ。けれど、こちらは上流社会の女性たちも夢中になる上質の芝居。あちらは……卑しい人間たちの鬱とした気分を晴らすためだけに存在する美意識を排除した穢らわしい掃き溜め――失礼。簡単に言うなら下劣な人間たちのたちの巣窟だ」


正直何を言っているのかがよく理解できない。

きれいな顔で、優しい声で言うものだから、美辞麗句であると勘違いしそうになる。


「藍乃丞さんはお優しいのに時々いじわるですね」


「いじわる?可愛らしいことをおっしゃるな」


きゅっと唇を噛み締めていると、藍乃丞さんは喋り続けていた口を一旦閉じた。そして、


「加江さんは、柳の向こうの通りには行ったことがあるのかな」


「通ったことはそりゃ……ありますけど」


あるにはある。生まれ育った場所なのだから当然だ。

ただ、あちらの界隈は数年前までは子供が寄り付くような場所ではなかった。

何か、不吉なものの跡地ということは聞いたことがある。それ以上は知らなくて良いと聞いていた。


「なるほど。あちらが賑わいだしたのもここ最近からです。じきに人の好奇心も離れるだろう」


「その言い方はちょっと」


「加江さんはまだまだ若い。自ずとわかってくると信じているよ。そのまま、ご両親に守られたお嬢さんでいてくれ。じゃあ」


そういうと藍乃丞さんはこの通りに中央の大きな劇場に向かっていく。

道行くご婦人方が小さく甲高い声を上げ、嬉しそうな顔で藍乃丞さんを眺める。

劇場前で掃除をしていた人は手を止め、藍乃丞さんに頭を垂れた。


「素敵……!お殿様のようねぇ」


手を取り合ってはしゃぐ若い女性の声に、

貫禄のある後ろ姿を見て納得するのだった。

 

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