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初恋の白マフラー(第四章)

初恋の白マフラー(第四章)

 

 

「はじめくんって結構薄情だよね」


 昼食中にむすりとした顔で突然何を言い出すかと思えば、総司は俺を咎めるようにして睨んできた。

……意味が分からないな」
「分からなくないでしょ! 最近はじめくん、暇さえあれば土方さん土方さんって僕のことほったらかしにしてるくせに」
「それは……
「はじめくんは結局、中学時代からの親友より憧れの先輩の方が大事なんだよね。土方さんに聞かれれば何でもはいはいって頷いて良い顔しちゃってさ」

 考えてみれば、実際高校にあがってからは土方さんと毎日会えるのが嬉しくて、昔のように総司と放課後や休日に遊ぶことも少なくなった。
 確かにいつも時間が空けば土方さんのもとへ行っていた気もする。

「別にそこまで一緒にいなくてもいいでしょ。ただの先輩と後輩なんだからさ」

 その言葉が、胸にグサリと刺さる。
 他人から見れば俺たちはただの先輩と後輩。
 親しい友人に隠し事をして、嘘をついて、俺は土方さんのそばにいる。ずっと目をそらしていた事実を突き付けられたような気がして、俺は総司の顔がまっすぐに見られなかった。

「つきあいが疎かになったのは確かに俺が悪い、それは謝る。だが、あんたにそこまで言われる謂れはない」
「何それ、そういう言い方はないんじゃないの。人がせっかく心配してあげてるのに」
「心配? いったい今の話のどこで俺の心配をしていた」

 俺が言うと、総司の顔から表情が消える。そして総司は深くため息をつくいて、手に持っていた箸をパチンと置いた。

「聞きたいの? 僕が何の心配をしているのか」

 冷たい空気。
 総司の翡翠色の瞳が、射抜くようにして俺を捕える。ゾクッと背筋が凍りついた。

……聞いても、少なくともはじめくんに得はないと思うよ」

 その美しい顔に作られた笑みには、まるで感情がなかった。

……なんだ、はっきり言え」

 怖いもの見たさとはよく言ったものだ。ここまでの忠告を受けておいてそれを聞きたいだとは、興味以外のなにものでもない。
 滲みでてくる汗が、俺の手のひらをぐっしょりと濡らした。

――やっぱり言わない」
「な……っ!」

 総司はにっこり笑うと、空になった弁当箱を手にとってカタンと席を立った。
 あわててそれを引きとめよう伸ばされた俺の手を掴んで、総司が小さく呟く。

「ただね、道端でいきなり襲ってくるような奴だけは、やめといた方がいいと思うよ」
………………ちょ、総司っ!?

 言葉の意味を追求する間もなく、総司はテーブルを離れて行ってしまう。

 偶然でも、聞き間違えでもないだろう。あの言い方、それにあの瞳。
 おそらく見られたのだ。
 昨日の帰り、土方さんと俺がしていたことを、総司に。


――総司は、俺と土方さんの関係に、気付いている……

 頭が混乱して、自分がどうしたらいいのかが分からない。
 校内に鳴り響く予鈴の音と共に次々にその場を去っていく人波の中で、俺に残されたものは焦りと戸惑いだけだった。

 

 

――― 第四章(完)―――

初恋の白マフラー(第三章)

初恋の白マフラー(第三章)

 

 

土方さんと並んで歩く、いつもの帰り道。ただ、今日の土方さんは黙ったままで、ひとことも話そうとはしなかった。

「あの、土方さん……?」

 もうすぐ家についてしまう。堪え切れなくなった俺は土方さんの様子を伺いながら、そっと名前を呼んだ。

……俺、何かしましたか……
…………

 不安になってそう聞くと、土方さんはピタリと足を止める。そして気まずそうな顔をして俺を見て、少しだけ目をそらした。

「お前……最近総司と仲良くしてるじゃねぇか。あいつもお前にいっつもくっついて回りやがって」
「それは、中学の頃からのことで……
「にしてもベタベタしすぎだろう」
「総司は昔からよく触ってくる癖があって……
「そういう話をしてるんじゃねぇよ!」

 いきなりの大声にビクリと肩を震わせ固まっていると、ハッとしたように土方さんがこちらを向き、静かに息をついた。

……すまない、お前に怒ったわけじゃねぇんだ……

 土方さんが、そっと髪を撫でる。
まるで怯える子犬でもあやすかのように優しく俺に触れた。
 だけど未だにさっきの驚きが絶えない俺に、土方さんは困ったように笑う。

「ただ、な……あんまり他の男と仲良くされるとな……

 言いかけて、やめた。
 ガシガシと頭を掻くと、またふいっと後ろを向いてしまう土方さん。さっきの表情もまるでなかったように、ちょっと不機嫌そうな顔をして。

「いや、やっぱり何でもねぇ。忘れてくれ」

 スタスタと歩きだしてしまう土方さんを、俺は慌てて追いかけた。

「な、何ですかっ? ちゃんと言ってくれないと……
「だから何でもねぇって! お前もしつこいな!」
「しつこくても構いません! ちゃんと教えてくだ――……」

 思わず服を掴むと、その手をグイッと引き寄せられ、そのあと唇にあたたかい感触。
 土方さんにキスされのだと気付くまでには数秒の時間がかかった。

……っ、ん…………

ゆっくりと土方さんの顔が離れていく。
寂しいような、名残惜しいような気もしたが、今にも破裂しそうな心臓音にそれも一瞬で掻き消された。

――、してんだよ……
「え……?」
「嫉妬してんだよ! それくらい分かりやがれ!」

 その台詞に、俺の顔が熱を持ち、みるみるうちに赤くなる。
 そんな俺に土方さんはもう一度深くキスをすると、耳元で愛の言葉を囁いた。

 茜色に染まる空の下で、土方さんの隣をふたたび歩く。伸びた影の先で静かに繋がれた手のひらから、愛しい熱が伝わってくる。

 ふたりだけの秘密が誰にも気付かれぬようにと、俺はそっと目を閉じた。

 

 

――― 第三章(完)―――

初恋の白マフラー(第二章)

初恋の白マフラー(第二章)


「もう帰れそうか、斎藤」
「土方さん……! すぐに片付けます!」

 部活が終わったあと一年総出で道場の掃除をしていると、制服に着替え終わった土方さんが入口から顔を出した。

「はぁ、また土方さんですか。いい加減、僕のはじめくんから手を引いてくれませんか?」
「何言ってんだ、斎藤はてめぇのもんじゃねぇだろ」
「はじめくんは僕のものですよ、中学の時からずっと……ね?」

 モップを手にしたまま大袈裟に俺の肩を抱いてみせる総司に、そばで掃除していた部活仲間が声をたてて笑う。
 そんな中、土方さんだけが眉を寄せているのを見て、俺は慌ててその手を解いた。

「すまない、今日はもう上がってもいいか」
「ああ、いいんじゃね? 俺らもそろそろ終わりにしよーぜ」
「だなっ、先輩にしごかれてめちゃくちゃ疲れたし?」
「おいおい、土方先輩の前でそれ言うなよ」
 冗談を言いながらじゃれ合っている仲間に交ざって用具をしまい、俺は土方さんの元へと急ぐ。

「お待たせしました、今から着替えてきます」
「別にそこまで急がなくても、ゆっくりでいいんだぞ」
「そういうわけにはいきません。一分で終わらせます」

 言い切る俺を見て、土方さんがふっと目を細める。
 いつものように頭をぽんぽんを撫でてくれる土方さんの手がすごくあたたかくて、俺も嬉しくなって一緒に笑った。
 こうやって土方さんのそばにいられるのは本当に幸せで、このまま時間が止まってしまえばいいと思った。


 しかし、そんな俺たちを冷たい視線で見おくる友人がいたことになど、俺は気付きもしなかった。

 

 

――― 第二章(完)―――

初恋の白マフラー(第一章)

初恋の白マフラー(第一章)

 

季節も夏へと移り変わり、新しい生活にも少しずつ慣れてきた。上履きに書かれた『斎藤一』という名前も、擦れて読みづらくなりつつある。

「はじめくんっ!」

 授業で使った教科書を片付けていると、後ろからガバッと抱きつかれる。ちらりと目を向けると、栗色の柔らかな髪が揺れていた。

………総司、重いぞ」
「いいでしょ別に。これもトレーニングの一環だよ」

 くすくすと楽しそうに総司が笑う。
俺と沖田総司は中学でも同じクラスで、剣道部でも行動を共にしていた。今も俺の数少ない友人であり続けてくれる。

「あっ、はじめくん、そろそろご飯食べに行かないと、学食の席が埋まっちゃうよ」

 総司は俺の腕を掴むと、走って教室を駆ける。しかし廊下に出ようとしたところで誰かにぶつかり、こちらによろけてきた。

「す、すみませ……
 頭を押さえて痛がる総司の代わりに謝ろうと俺が顔をあげると、そこに立っていたのは学年が違うはずの土方さんだった。
 その顔を見て、総司がつまらなさそうな表情をする。

「ちぇっ。なーんだ、土方さんだったんですか」
「なんだとはなんだ、総司」

 総司の反応を見て、土方さんも少し呆れて溜息をつく。

「あの、土方さん……

 俺が近づくと土方さんは、ふっと微笑んで頭をなでてくれる。

「お前は大丈夫だったか?」
「だ、大丈夫です……それよりどうして……

 二年生の土方さんがここに、と聞こうとすると、土方さんがグイッと俺の身体を引き寄せた。
 そして総司をちらりと見ると、勝ち誇ったように笑う。

「総司、斎藤をちょっと借りてくぞ」
「借りてくって……はじめくんは僕とお昼を食べるんですよ!」
「てめぇはいつも一緒にいるんだからいいだろうが。……行くぞ、斎藤」
 そう言うと土方さんは、俺を連れて教室をあとにした。
 だけど、そんな俺たちの間には身体半分くらいの微妙な距離。身近な友人にも俺たちが付き合っているということは言っていないから、外であまり土方さんに近づくことはできない。
 あくまで先輩と後輩でなければいけないから、俺たちはいつも少し離れて歩く。


 だけど俺には、それくらいの方が心地よかった。

 

近すぎず遠すぎずの場所でなら、周りの目も気にせず俺はいつでも土方さんのそばにいられる。つでもすぐ隣で、大好きな土方さんを見ていられる。
 

だからこれでいいのだと……

 

これがこの恋のためなのだと、俺はこの時、本気でそう思っていた―。

 

 

―――第一章(完)―――

初恋の白マフラー(序章)

初恋の白マフラー(序章)


『俺と付き合ってくれねぇか』


 そう言って真剣な目で見つめてくるのは、俺がずっと憧れ続けてきた人。入学した頃からよく気にかけてくれて、そばにいるとすごく安心して。
 大好きだった土方さんが今、目の前に立ち、俺を好きだと言ってくれる。
 こんなに嬉しいことはないと思った。


 中2の冬のおわり、土方さんの卒業の日に、俺たちは恋人の約束を交わした。

 生まれて初めてのキスは、わたがしのような柔らかな雪に優しく包まれていた。

 

 

 

 



 ――そして、あれから1年。

 高校生となった俺は、ふたたび土方さんとの学校生活をはじめる。

 受験のとき緊張していた俺に土方さんがくれた白いマフラー。それは春になった今でも、毎日大切に、離さず身に着けている。

 視界を満たすほどの桜吹雪の中、俺はずっと求めてきたその人の元へと歩きだした


 

   ――― 序章(完)―――
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