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さよならの行方(斎→沖)

さよならの行方(斎→沖)

 

 

「今まで楽しかったよ。………さよなら、はじめくん」

 何も、言えなかった。
 俺に背を向け去っていく総司。振り返ることさえしないほどに、俺たちの心は離れてしまっていたのか。
 総司が残した最後の言葉に、いつもの『またね』はなかった。
 いったい、どこで違ってしまったのだろう。俺たちの関係は変わらず続いていくのだと、馬鹿みたいに信じてきた。
 なのに、気がつけば俺の隣に、あの頃の総司の笑顔はなかった。

 その視線の先にはいつもあの人がいたこと、分かっていなかった訳ではない。始めはただ、総司がそばにいてくれる……それだけで、よかったはずなのに。
 この胸の痛みはきっと、俺が欲を出してしまったことへの罰なのだろう。

……総司」

 言えずにずっと、後悔していた言葉がある。
 沈んでいく小さな夕日が、あの日の遠ざっていく背中に見えて……。俺は、堪らずそっと呟いた。

「あんたに出会えて……良かった」

 総司……あんたと過ごして、好きになって。今の俺がここにあるのは、きっとあんたのおかげだ。
 ……ずっと、これだけが言いたくて、総司のあの後ろ姿を俺はいつまでも追い続けてきた。
 けれど、総司と過ごした大切な日々を、薄っぺらな思い出などにしたくはなかったから。
 さよならは言わないと、あの頃からそう決めていた。

 

 

―――(完)―――

新連載・試読、感想ページ。

別れの日に(沖斎)

別れの日に(沖斎)

 

 

 ふと目を覚ますと、ぼんやりと昨日の記憶が蘇ってくる。
 俺の眠るベッドの横はまだ少しだけ温かくて、直前まで誰かがそこにいたということを俺に伝えてくる。
 ゆっくりと身体を起こしテーブルを見ると、手紙とも呼べない短い文字を綴った小さなメモが1枚、消しゴムを文鎮がわりに置かれていた。

『今までありがとう、はじめくん。大好きだったよ』

 その下にペンで塗りつぶされた『さようなら』の文字が、俺と総司の別れを深刻に告げる。あえて消された別れの言葉が、余計に俺を哀しくさせた。
 今さら愛の告白をするくらいなら、その腕を離さないで欲しかった。

 カーテンを開けると、俺の心情など知ったことかというように、日光が暗く湿気った部屋を明るく照らした。
 もう、出かける時刻だ。俺はいつも通り、朝食を済ませて靴を履く。

 駅までの5分間、たったそれだけの時間なのに、あいつのいない左隣がなんだか寂しくて、もうすぐ冬も終わりだというのに、何故だかすごく寒かった。

 どんなに辛い朝も、太陽は必ず昇る。

陽の光が眩しすぎて、俺は一粒の涙を溢した。

 

 
―――(完)―――

見えないところに(沖斎)

見えないところに(沖斎)

 

 

「ねぇ、はじめくん。ちょっと暑苦しいんだけど」

 目の前に立っている黒ずくめのその人を僕はじっと見つめて言った。

……総司、それは喧嘩を売っているのか?」
「そんなわけないじゃん。はじめくんと本気で勝負なんてしたら僕、殺されかねないし」

 肩をすくめて笑うと、はじめくんは僕を睨んでいた目を少し伏せた。

「では、なんだ」
「いやぁ……こんな夏みたいに暑いのに、はじめくんはどうしてそんな厚着してるのかなぁ、と思って」
「俺がどのような服を着ていようと、あんたには関係ないだろう」
「いやいや、見てるこっちが暑くなるんだけど。っていうかはじめくん、暑くないの?」

 自分の服の襟もとをぱたぱたしながら聞くと、はじめくんは暑くはない、と言って視線をそらした。

「あのね、僕だって別にはじめくんが何着てようと別にいいんだけど、せめてこっちが暑く感じないように首のそれくらい取ってもらえないかな?」

 彼の首に巻かれたそれをスッと指差す。するとはじめくんは、その布をきゅっと掴み、僕から一歩下がった。

……嫌だ」
「どうして? はじめくんだって、肌身離さず持っていたいほどその布が好きなわけじゃないんでしょ?」

 僕がずいっと前に出てはじめくんの顔をのぞきこむと、はじめくんが少しうろたえるようにしてまた後ろに下がる。そして数秒の沈黙のあとに、予想外の答え。

……いや、好きだ。だから絶対に外さない」

おかしい。はじめくんがおかしくなった。やっぱりこの暑さで頭でもやられたんじゃないのか。

――――――はじめくん。ごめん、やっぱりそれ取ろう。今すぐ!」
「は? そ、総司……っ、やめろ!」

 僕が力づくでそれを外しにかかると、はじめくんが必死に抵抗してくる。どうしてそんなに嫌がるのかは分からなかったけど、仕方なく、僕は実力行使にでた。

……ふぅん、そっかぁ……はじめくんは、恋人である僕より、そんな白い布の方が好きなんだね?」
「っ、何を…!」
「そっかそっか、はじめくんにとって僕は、布以下かぁ……僕ってたいして、好かれてなかったんだね。じゃあ、もう別れよっか?」
「ち………っ!」

 はじめくんが動揺して、力を緩めたその一瞬。僕は無理やりその首から白い布を奪い取った。

…………あ」

 そして、その布が巻いてあった綺麗な首筋にあるものを見て、僕ははじめくんの不可解な行動の意味を理解した。

……っ、早く返せっ!」

 僕の手から布を奪い返して、はじめくんは真っ赤になりながら慌ててそれを首に巻いた。その隠されたきれいな首筋に咲くのは、昨日の晩、僕が散らしたいくつもの花弁。彼が必死になって隠そうとしたのは、それだったのか。

 …………いや、それとも―――…

「あはは、ごめんねはじめくん。そこに跡つけてたの、すっかり忘れてたよ」

……まったくだな。見えてしまうところに、こんな……隊士にばれたら、どうするつもりだ」

 僕を睨むはじめくんは、少し頬が赤らんでいて、怒った顔もすねているようにしか見えなかった。
 ―――可愛い……はじめくん。
 だけど今、僕はちゃんと笑えているのだろうか。

『隊士にばれたら困る』

 はじめくんがそう思っている事なんて、ずっと前からわかっていたはずなのに

……ごめんね。次からは気をつけるよ」
「ああ」

 はじめくんはチラリと僕を見ると、少しだけ微笑んだ。そんな彼に笑みを作り返して、僕はゆっくりと歩き出す。

「あーあ、別に僕は、そのまま見られて皆にばれちゃっても良かったんだけどなぁ」

 はじめくんに聞こえるようにわざと大きな声でそう言った。今、彼はどんな顔をしているのだろう。
 僕はいつもみたいに振り返らない。

からかってるんじゃ、ないんだよ


ねぇ、はじめくん……

僕の気持ち、ちゃんと気付いて。

 

 

―――(完)―――

残暑見舞い(沖斎)

残暑見舞い(沖斎)

 

 

「あれっ……はじめくん、僕にも残暑お見舞いくれたんだ」

 隣ではがきの整理をしていた総司が、一枚のそれを手に取り可笑しそうに笑った。

「別になんだかんだでこうして毎日会ってるんだから、わざわざ送ってくれなくても良かったのに」
「一応、あんたには世話になっているからな。こういうのはきちんとしておくべきだろう」
「ふふっ、真面目だなぁ、はじめくんは。でも僕、めんどくさいからお返事は返さないよ」

 そう言ってだらんとテーブルに腕をなげ出す総司に、俺は少し呆れて笑った。
 するとムッとした総司が俺の服の襟元を掴み、グイッと自らの方へ引き寄せる。

……っ!」
「これが残暑お見舞いの代わりってことで……ね?」

 俺はニヤリとこちらを見てくる総司から顔を反らし、目の前の暑中見舞いと残暑見舞いの山へと向き直った。
 総司に見つめられた顔がカァ、と火照る。

 触れられた熱がまだ引いてくれそうもない唇から、俺はゴクゴクと麦茶を流し込んだ。

 

 

   ―――(完)―――

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