2012-12-14 19:57
「なあ、俺とばっか帰ってて平気なわけ?」
学校帰りの道中。良樹の口から零れた突飛な言葉に、言うまでもなく疑問を抱いたが、反面共感を得て安心した自分が居た。俺も心のどこかで蟠りを抱えていたのかも知れない。
それでも口先では、何のことだと軽く笑って答えを濁した。上に述べたような心理の変化は実際にはごくごく微かなものであったから当然の反応だと思う。
良樹はいや、と呟いたきり首を傾げたり唸ったりしながら考え込み始めてしまった。
「直美のことか?」
「いや‥違う。俺ら、天神小に飛ばされる前から、こんなに毎日一緒に居たっけと思ってよ」
言い出した良樹自身ですら疑問の核心には至っていないようで、ああだこうだと散々悩んだ結果、結局俺の気のせいかも、と言ってへらりと笑った。
いつもの別れ道で良樹がまた明日と手を振る。それに笑顔で手を振り替えし、そこからはひとりで家路を辿った。
何も変わってなどいない。変わらない筈なのに。
良樹の言葉は俺の中でぐるぐる渦を巻いていつまでも離れない。ほんの、本当に少しだけだが、天神小を脱してからというものの常にぽっかりと心に穴があいた気がするのだ。無論思わぬ形でクラスメートを何人も亡くし、その上脱出したらしたで天神小に行った俺達しか彼らの存在を覚えていないという事実。ダメージを受けない筈はない。
全ての蟠りを断絶する為にはもう少し時間がかかるのだろう。勝手な理由をつけて自分を納得させる。不条理を飲むことはあの事件以来大分慣れてきた。
思考をやめて歩み始めるとふいに、行き交う人々に意識が移ろいだ。
刹那。その一秒は正しくスローモーションのようだった。
お兄ちゃん、と高い声が耳を掠め、微かな風と共に少女が傍を駆け抜けた。
瞬間、俺とその少女が寄り添って笑い合っている、懐かしいような、温かな情景が脳裏に浮かぶ。言いようのない感情が胸に込み上げ、気付いたら勢いよく少女を振り返っていた。
「ふぇ?」
俺の行動を尻目に認めたのか、少女は戸惑ったように立ち止まって俺を見つめた。
亜麻色の髪に桃色のヘアバンド。少女の着ている見知らぬセーラー服が何故だかいやに不釣り合いに思えた。
その目と視線を合わせると、言いようのない感情は更に肥大していく。ひとりでに俺の口が、ゆか、と呟いたが、そんな名前の女性は知らない筈なのに何故だか懐かしい。
無意識だったからかそれは吐息の如くごく細やかなものであったから、俺以外の人には聞こえていなかったようだ。それだけが幸いだ。何故なら、込み上げた言いようのない想いは少女の背後に兄らしき銀髪の男を認めた途端に温度を失い始めたのだ。男は俺を捉えるとふわりと微笑んだ気がした。
「由香、帰るぞ」
男の言葉で止まった時は一気に解凍された。由香と呼ばれた少女ははっと我に返り待って、と叫ぶと、俺に背を向け走り去っていく。
先ほど俺が無意識の内に呟いた女性の名と、男が呼んだ少女の名は一致していた。どうして俺は彼女の名を知っていたんだろう。考えてみても心当たりはない。
俺はその背を呼び止めることも出来ずに、ただ見送った。
二人の背が見えなくなる頃、ようやっと俺は歩き出した。
さっきの感情は一体何だったのだろう。何となく考えたが、その内忘れて、俺は再び良樹との会話を思い出していた。
真っ赤なアスファルトに、ひとりぼっちの影がどこまでも伸びていく。家に帰ったら課題片づけないとなぁ、と思いながら、一人で家路を辿った。
それ以来心の中に蟠りを感じることは、もう二度となかった。
刻命の微笑は確信犯ってことで