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無題

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風花

よくここを見つけたものだと思う。
生い茂る青い草原と色とりどりの花々を風が揺らし、また彼と自らの髪をたなびかせる。
決して離れてはいない距離なのに霞んで消え入りそうな先方の微笑は一言、吐息のごとく言葉を紡ぎ、ぐらとこの胸に傾いた。刹那、足元の花が風に乗せて花弁を散らす。まだ初夏だというのに。

世間から悪だなんだと謗られ蔑まれてきた彼の誇りを、最後に壊したのは僕だった。
世間の常識が必ずしも正しい真実だと思い込み、何の疑いもなかった。
圧倒的に勝敗の差をつけ、嘲笑する僕を見上げる彼が言うに―――それならそれでよい、と。あなたに破壊されるのなら、或いは。
片膝をつかされ、見下されてもなお優美な微笑を残す薄い輪郭。
ふざけるなと思った。この薄弱すぎる信念が悪の正体かと。逆上し肩を震わせた僕に、彼は言う。―――あなたはきっと強くなる。
あの時のことはよく覚えていない。
ただ怒りに任せて彼の積み上げてきたものを木っ端微塵に破壊した。仲間を散り散りにし、もう二度と浮かれた思想を抱かぬようにと彼らが平生夢を見ていた場所を奪った。

達成感でいっぱいだった。僕こそ正義を貫く人間だと思った。
その自惚れと過信がこの目を曇らせ、鈍らせていたのだと言い訳をつければ簡単な話だが、そんなことではこの言いようのない思いは収まらない。

かつての彼が僕に好きだと告げた日(同時に彼が突き崩された日でもある)、僕はまだ幼すぎた。今でも未熟だというのに、今ではそれが自分でわかるけれど、当時はそれすらもわからないほどに幼かった。

今思えば、悪など必ずしも確固たる定義が存在するわけではなく個々の良心に基づくものである。といっても近代は政府だとかお偉方が提唱する善もどきが人々の心に定着し、大衆化しつつあり、それこそが僕たちの目を曇らせる偽物の光であり、敵視するべき悪というものなのだ。結果、僕も大衆に飲まれ本当の光を見失っていたわけだ。

許してほしいとは言わない。
ただこの胸に任せられたあえかな表情に今一度問いたい。
僕は今でも強くなることを望めるだろうかと。
返る声はない、もう言葉など必要ない。
あの日できなかった、否しなかった、任せられた肢体を抱きしめ、目を閉じる。
あなたの瞳が眩しい。空っぽな光に冒されたこの世界で、それに飲まれなかった穢れない瞳。

正義とか悪とか、どうだっていい。
僕は正義でなければ、この人も悪なんかではない。

どんな定義にも囚われないこの想いが、触れ合う肌から伝わればいい。
好きだ。好きだった。何よりも。

あなたの穢れない手で、泥塗れの僕は救われるだろうか。
あなたの羽を、奪った僕が。

今、あなたを抱き締める資格はあったのだろうか。



2011.09.25

無題

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無題

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