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会長×数学教師

桜がそろそろ咲き始めるか、という、まだ少し寒い日。
凍えるように寒い体育館はヒーターでめちゃめちゃ暖められ、今年もたくさんの三年生たちが巣立っていく卒業式が行われている。
俺はといえば、職員用の席から式に参加しているわけだが、今年の卒業生は自分の担当する学年ではないため然程思い入れもなく、けれど、卒業式というものはすごい。三年前に比べて成長したなあとか、そんなに関わりなどなかったくせに何となく感動を覚えてしまう。
この程度の気持ちならいつもの卒業式と変わらない筈であった。それなのに。
今年の卒業式は俺にとって忘れられないものとなった。



俺は矢口亮。とある高校で数学教師をやっている。
生徒の間では「頭カタいオタク先生」と言われ、どちらかというと嫌われているらしい。無理もない。
頭カタい、というのは、俺は少しでも服装違反してる奴がいたらすぐ注意するし反抗されると怒鳴るからだ。
他の先生、特に女性の先生では注意したくても勇気が出なくて、なんて言う先生が多いから、やろうと思えば出来なくはない俺が頑張っているというだけの話だ。
オタクというのは単に俺の外見と数学に対する愛情のせいだ。
俺の外見は、身長低めだし、髪は洒落っ気もクソもないただの短髪だし、不細工だししかも眼鏡だし、自分で見てもいかにもオタクという感じだ。これに加えて数学の独自の公式を編み出し証明するのが趣味なのだが、編み出した公式を紙に書いて自分の机に貼りニヤニヤしていたところを生徒に見られた。
だが別に生徒の間での自分の立ち位置に不服はない。先生たるものそのくらいやって生徒の鏡にならんでどうするというのだ。

問題は別にある。もう31にもなって未だに恋人がいないのだ。
勿論何が悪いかなんて分かりきってる。チビだし不細工だし眼鏡だし数学オタクだし? 世の中探せば俺よりカッコいい男なんてごまんといる。そりゃあ俺になんか誰も見向きもしないですよね。
もう数学が恋人ってことでいいかな、と諦めかけてる自分がいるが、それでも自分より若い先生とかが結婚するのを見てると自然と焦った気分になる。
っていうか恋人は欲しいが自分を変える気はさらさらない。変にムリしてカッコつけるより、そのままの数学変態な俺を愛してほしいのだ。
…まあもう、今更そんなハードル高いのを見つけようったって、無理だと思うが。

そんなわけで、卒業式が終わる頃には俺の頭の中は再び数学のことでいっぱいになっていた。
三年生は卒業でいいなぁ。でも俺の学年は春休みに向けて課題出さないといけないな。どんな問題がいいかな…とか。
卒業生が退場していくのをぼーっと見つめながら、寒くて長い卒業式が終わった。
これから卒業生は最後のロングホームルームをするわけだ。懐かしい。俺も去年は三年生を持っていたから、あのロングホームルームの何とも言い難いきらきら輝いた感じはよく分かる。
まあ今年の俺は在校生の担任だから卒業式お疲れ様、気をつけて帰るようにと短いホームルームをしてお終いだ。

さっさとホームルームを終わらせて課題の添削するか、と考えながら職員室へ向かっていると、不意に矢口先生、と背後から声をかけられた。
「へ、…あ、三木?」
振り返ると、まず目に入ったのは胸についている卒業生用のブローチ。俺がチビだから必然的にこういうパターンが多くなってくる。ちくしょう。
卒業生は早く教室戻らないとダメだろ。そう思いながら顔を上げると、その顔は担当学年じゃない俺でもよく見知った、元生徒会長、三木颯太のものだった。俺は生徒総会とかでいつもこいつが壇上に上がるから知ってたけど、直接的な関わりはまったくない。一体何の用だ?
「三木、早く教室戻らないとホームルーム始まっちまうぞ」
俺がそう言うと、三木は、うん、わかってますけどと言って何やら尻ポケットをごそごそと漁り出した。
「ホームルームの後じゃ、いつ先生に会えるか分からないので。今のうちに渡しておきます」
渡されたのは白い無地の封筒。え、何これ手紙?
驚きつつ、ありがとうと言い受け取ると、では俺はこれで、と会釈した三木の顔が若干赤い気がした。なんだ?
ぱたぱたと小走りで行ってしまった三木の背を見送りながら、俺はぼうっとただ今し方受け取った手紙を握りしめていた。

ホームルームを終わらせた後、三年生の廊下がまだ賑やかなのを見て、今年も長くなりそうだなあと苦笑しながら、職員室へ戻った。
職員室にいる先生方は基本的には三年の担当じゃない先生方ばかりだったが、それでもどこか幸福そうだ。
俺の席の隣の若い女性の先生がまだ戻ってきていないのを確認し、自分の席について手紙を取り出した。
とりあえず、他の先生方にばれないようにこっそりと封を開ける。中を開けて見ると、やはり手紙だった。それも何枚にも綴られている。全然関わりない教師相手に、こんなに長々と書けるもんなのか?
驚きと少しの期待で、俺は手紙を読み始めた。
「矢口先生へ。
もしかしたら貴方は俺の存在なんて知らないかも知れませんね。
でも俺は矢口先生のことずっと見ていました。
いつも先生の周りには生徒が集まってますよね。先生はそれだけカリスマ性のある方なんだろうと思いながら見ていました。
俺も将来教師を目指していますので、先生のような教師になりたいと思っています…」
ここまではよかった。俺の周りに生徒が群れるのは決して俺目的ではなく数学を教えてほしいからだと思うんだが、まあここまでは嬉しかったんだ。
問題はその後だ。なんかだんだん三木が荒ぶってきているのが読んでて分かった。
だって、生徒に囲まれてる俺を見ると嫉妬で狂いそうだとか、果ては、お、おれでオナニーしてる、とか…。
読んでて手紙をつかむ手がだんだん震えてきてしまった。

なんだこれイタズラ? でも渡してきたのはあの真面目そうな生徒会長。でも内容が内容だし、俺男だし…。
どうすりゃいいんだ!と頭を抱えそうになった時、背後で「矢口せーんせ」と呑気そうな声が聞こえてきた。
「うわっ馬鹿見んなよ!」
「見てないですよー。え、何、生徒に告られたんですか?」
声をかけてきたのは後輩の数学教師、田村先生だった。アホっぽい性格してるが、大学はとんでもないところ出てるし、数学オタクの俺より数学できたりする。そういえばこの人、この間まで何年か前の卒業生と付き合ってたっけな。普通に女の子だったけど。
興味深そうに見せて見せてー、と密着してくる田村先生から何とか手紙を死守し、告白とかじゃないよ、と否定したが、語尾が若干弱弱しくなってしまった。俺嘘つくのヘタ。
最早田村先生にはバレバレのようで、ずっとニヤニヤしてるからもう何でもいいや、と思い、実は、と切り出して今し方頭を抱えそうになっていたわけを相談してみた。周りの先生たちに話の内容を気づかれないようにこっそりと。田村先生はなんだかんだ言って先生の中で一番仲いいし、頼り甲斐あるからな。
「へー、先生男子生徒に告られちゃったんですか。やるぅー」
「やるぅー、じゃねえよ。内容が際どくて真面目に受け止めていいのか悩んでるんだよ」
もう一度「いつも先生のこと考えてオナ…(以下略)」の部分を読み返し、俺はため息をついた。気持ちいいですとか、知らんがな。
「でもその子、誰だか知らないですけど、ずっと矢口先生のこと想い続けてて、好きすぎてどうしようもなくなっちゃって、って感じしますよね。だってイタズラでそんな長文の手紙わざわざ書きます?」
「知らねえよ。俺は基本、高校生っていうのは信用してないから」
「まあそれは正しい判断だとは思いますけど、どうせこの子もう卒業でしょ? イタズラを真剣に受け止めて馬鹿にされても別に関係なくないですか?」
それは確かに。冷静に考えてみても、イタズラだとしてもちゃんと対応してあげた方が印象がいい気がする。あっち側が至って真剣だったのに、どうせイタズラだろ、とか言う方が一生恨まれる気がするな。
「でもその場合、どうやって対応したらいいんだろ…」
「決まってるじゃないですか! 手紙で告白されたんだから、こっちも手紙で返事するんです!」
「えぇーまじで?」
俺字ヘタだからイヤだな。
田村先生は、自分の素直な気持ちを書けば良いんですよ、変にかっこつけたりしたらダメですよとか言いながらどこかに消えていった。
相談に乗ってくれてありがとう田村先生。俺人生でかっこつけたことなんか一度もないから多分大丈夫だわ。


仕事が終わり、家に着いたのは10時過ぎ。今日はできることは学校で済ませてきたかは大丈夫だ。三木の手紙を鞄から取り出す。
卒業生はもう学校には来ないが、あと一度だけ学校に来てくれるチャンスがある。離任式だ。だが在校生は出席必須だが卒業生は任意になっている。
それが終わってしまえばもう卒業生は本当に卒業だ。考えてみれば、何もなければその程度で終わる関係なのに馬鹿にされるかも…とか思った俺の方が馬鹿だった。
三木の手紙を読み返しながら、俺も手紙に文字を綴っていく。読み返すだけで顔が赤くなる。これもう、セクハラの域だろう。そう思いながらペンを進める。こんなに真面目に手紙書くのなんて初めてかも知れない。
結局その手紙を書き上げるのに一晩中かかった。それでも三木の半分にも満たなかったから、俺の不器用さもあるんだろうが、こいつはどれだけ手紙書くのに時間を費やしたんだろうなとちょっと申し訳なくなった。


離任式当日。
俺は離任は免れたが、三木んところの担任は異動になってしまった。
あの先生ともう一緒に仕事できなくなるのは寂しいが、それ以上に俺は、これなら三木来るかも! と内心ガッツポーズをしてしまった。先生ごめんなさい。
卒業式が終わってからの約二週間は本当に地獄だった。いつもは数学のことしか頭にないのに、何故かその代わりに頭の中にいつも三木がいるんだ。
俺はずっと手紙を受け取る時の三木の態度を妄想してた。笑って喜ぶ。泣く。驚く。馬鹿にする…はもう、考えない方向でって決めたのに、どうしても頭の中をちらついてしまう。
まあ、そんなわけで田村先生には恋ですね、と冷やかされてしまった。俺、やっぱり授業中でもふわふわしてるって。どうすんだよ生徒になめられたりしたら。全部あの三木のせいだ。
そういう感じで二週間過ごしてきたもんだから実際今日三木に会うとなるとめちゃめちゃ緊張する。
大丈夫だ俺、相手は生徒だ、俺より10個以上も歳下なんだぞ。
離任式開始の時間となり、残留組の俺は生徒に並べだの静かにしろだの色々騒いでたから、生徒にまた矢口先生吼えてるよ、と言われてしまった。その生徒は離任式の資料を丸めて殴っといた。
とりあえず在校生を綺麗に並ばせ、ほっと一息つく。ふいに一番後ろの卒業生が固まっているところに目をやると、いきなり三木を見つけてしまった。他の奴らはパーマかけたり髪染めたり好き勝手やってんのに、三木は卒業する前と何にも変わらない。近くの男子と談笑していた三木が、ふいに俺の方をちらりと見た。どきっとしてつい慌てて目をそらしてしまった。何やってんだ自分。俺は乙女か!
おかげで離任式はまた三木のことでいっぱいだった。しかも今回は、後ろに本人がいるのだから落ち着かない。
元々離任式なんてそんなに長くは設定されてなくて、離任の先生方が涙ぐみながらお別れの挨拶をして、それで終わりだ。
三木のことをずっと考えてた俺にとってはまさにあっという間の時間だった。退場していく離任の先生方を、三木はずっと見つめていた。そうか、お前の担任異動だもんな。もしかしたら、クラスで担任に何かサプライズでもするのかも知れない。となったら、俺が邪魔する時間なんてないんじゃねえ? 俺は少し悲しくなった。せっかく長い時間かけて返事書いたのに、あの時間が無駄になってしまう。

司会の先生が式終了の礼をさせて、生徒たちはばらばらと解散しだした。
卒業生、は、解散することなく何やら話し合っている。やっぱりなんか計画してんのかな。
その様子を見て若干諦めつつ俺もロングホームルームをするべく体育館を後にしようとすると、いきなり手首を掴まれた。三木だった。あれ、お前今そこで卒業生と話し合いしてなかったか? 瞬間移動かお前。なんて、実際思う余裕もなく、三木を目前にして俺の心臓はばっくんばっくんいってた。いやだってこいつ顔綺麗だし。
どうしようどうしようと慌てふためいていると、三木の顔がだんだん近づいてきて、耳元で低い声で返事は? って聞かれた。その声に腰が砕けそうになったのは絶対にうそだ。
「へ、返事…書いてきたけど、こんなとこじゃ渡せな、」
じゃあホームルーム終わったら社会科教室に来て、ってまた同じ声で囁かれた。
三木はすぐに卒業生の輪の中に戻っていったが、俺は歩き出すのもやっとな感じだった。どうして告白された側がこんなに緊張しなきゃならないんだよ。第一俺、歳上だし。
ホームルームは適当に済ませた。春休みハメを外しすぎないようにと釘をさし、生徒に嫌な顔をされつつ終わった。何故か内心急いでいる自分がいた。

社会科教室。場所は分かるが、少子化で生徒数が激減してから全く使ったことのない教室だ。俺は少子化のあとにこの学校に赴任したため、入ったことも使ったこともない。
そこに着くと、鍵はもう開いていたが中にはまだ三木はいなかった。
少し急ぎすぎたか。なんか一生懸命になっていた自分が恥ずかしい。
暫く三木が来るのを待ってみるか、と思い、俺は社会科教室のドアを閉めた。ここは二階だ。窓の向こうの景色をみてみると、案外綺麗な景色が広がっていた。帰っていく在校生、卒業生。本館から少し離れたここからはパノラマのように見えて、飽きない。
三木が来るまでの間、俺は外の景色をずっとみつめていた。

唐突に思いついたラブコメ

もしかしたら連載するかも




薄暗い洋間。白いソファの上。愛する彼の膝の上で私は横たわっている。
彼の服の裾を引くと、彼は微笑んで私の頬を撫でてくれる。
幸せな時間。ずっとこうしていられたら…。
「おい」
彼の声がする。でも私に膝枕をしてくれている彼とは、声が聞こえる位置も声色も違う。一体誰?
「お、い、って言ってんだろ聞こえねえのか」
慌てて顔を上げる。
ソファの傍らに、仏頂面をしたもう一人の彼が立っていた。ああ、こんな顔をしていたのなら、先ほどの声色でも違和感はない。
「おい、お前、呪われてるぞ」
「…え?」
仏頂面の彼が言う。膝枕をしてくれている彼は、余裕の微笑でアイツは偽物だよと私の頬を撫でる。
そう。あんな怖い顔した彼なんて、偽物よね。納得して彼の太腿に顔を埋める。
すると、傍らにいる方から何やら呪文のような声が聞こえて来た。途端に、頭上の彼が苦しげな声を発した。
間も無くソファが、というよりは足場が崩れていくような感じがした。夢が崩れてしまう。ああ、待って。…夢?



「そう、夢。呪われた夢だ」
雑誌のようなものでスパンっと後頭部を引っ叩かれ、私は目を覚ました。
先ほどの夢のようなソファの上じゃない。上体を起こし辺りを見渡しながら頭の中を整理する。さっきのは、夢。こっちが現実。ここは、現実の私の部屋だ。
待て。だとしたらどうしてここに彼が…。
「ほんっとに呪われるのが大好きだなテメエは!」
「いった! 楠本せんぱあーい」
再び雑誌で頭を叩かれ、私は泣き声で彼の名を呼んだ。
そう、彼というのは楠本響佐先輩。私が所属するオカルト部の部長だ。学校で一番の美男子、成績も上々。その類稀なるステータスのせいか近寄ろうとする女子はあまりいない。それを良いことに私は遠慮なく彼を追い回しているのだ。
楠本先輩は私を呆れたような目で私を見下し、大きく溜息をついた。
「あれはナイトメアだ。ヘタしたら俺もお前も取り込まれて死ぬとこだったぞ」
「ま、まじですかぁ…」
「まあ、天晴れな夢だったな。俺の膝枕なんて」
「ふへ。ナイトメアという名の予知夢かも知れませんねえ」
今度は拳で殴られた。
「一生実現しねえから安心しとけ」
何でですかぁ、とベッドから勢いよく降り楠本先輩に抱きつこうとしたら綺麗にかわされてしまった。いつものことだから私も特には気にしない。

オカルト部の部員は楠本先輩と私の二人だけである。楠本先輩が部長。私が副部長。楠本先輩のような真面目な方が、それも学校のアイドル的男子がこのようなマニアックな部活に所属しているのはそれなりの訳がある。
楠本先輩は天使なのだ。私というフィルターを通すと些か如何わしい響きに聞こえてしまうかも知れないが。こう言うと多少はましだろう、彼は天界の使いなのだ。
どういうことかと言うと、高校生に扮して天界と現世を繋ぐ架け橋の役目をしている。具体的に言うと、一般で言う霊媒師のようなものだ。とは言っても彼は仕事でやっているわけではないし、お金はとらない分本当に困っている人しか助けない。
そんな彼が何故私の側にいるのかと聞かれたら、その本当に困っている人というのが、正に私であるらしく。
私自身天使ではないから詳しいことは分からないのだが、どうやら私には呪いを惹きつける力があるらしい。放っておくと色んな呪いに取り憑かれ、最悪死んでしまうのだそうだ。私は楠本先輩を好きである以前にオカルトマニアでもあるので大変喜んだ。まあ、楠本先輩には笑い事ではないと叱咤されたが。
そんな理由から私はオカルト部に所属することになったのだ。活動内容は元々趣味だった都市伝説や七不思議を追いかけ回すだけ。私がいつ呪われるか分からないから、結局楠本先輩もついてくる。時々検証の結果をレポートに纏めて部活動の活動実績として生徒会に提出したりもするが、基本的にはかなりユルイ部活だ。学校全体としても幽霊部員ならぬ幽霊部活として見られているようだ。
ところで、そんな幽霊部活であるオカルト部を学校側がさっさと廃部にしてしまわないのは楠本先輩が何らかの力を使っているんじゃないかと私は考えている。私のこともあるだろうが、その方が楠本先輩が動きやすいから。でもそんなことは絶対に表に出さない楠本先輩。まじクール。まじかっこいい。
‥こほん。話は変わって、私のことになる。
とある日の放課後、私と楠本先輩はオカルト部の部室である研修室にいた。普段ならば取材やら、新しいネタ探しやらで動き回っているが、この日は私がどうしても楠本先輩に話したいことがあった。
「先輩、猿夢ってご存知ですか」
楠本先輩は如何にもそんなもの知らんと言いたげな、怪訝そうな顔をした。
「猿夢ぇ?」
まあまあ、予想通りの反応だ。楠本先輩は霊感は素晴らしいが都市伝説とかオカルトが好きなわけではないから。
私はそうです、と頷いてから、楠本先輩が分かりやすいようにゆっくり、区切り区切りで説明を始めた。
「夢の中の話、なんですけどね。夢の中で電車に乗ってるんです。本物よりは、遊園地とかにある玩具の電車みたいなのなんですけど。そこで色んな人が一列に並んでて、先頭に車掌さんが立ってるんです。それで、到着駅のアナウンスみたいに、次は活け造り、活け造りです。って言うの。すると、列の先頭に並んでた人が車掌さんに活け造りにされちゃうんです」
「ほーう」
「自分は怖くなって逃げ出したりしちゃうんですけど、逃げてもムダですよ、ってアナウンスがかかるんです。車掌さんに殺されてしまったら、夢が覚めるんですよ。でこの殺される夢を二回見てしまったら心臓麻痺で現実でも死んでしまうんですって! ‥という、都市伝説です」
「なんだか嘘くさいな」
「いえ聞いてください! 私見ちゃったんです! この間! その猿夢を!」
「‥へえ?」
あの記憶を思い出すと今でも身の毛がよだつ。背筋が寒くなり、私は両腕で自分自身の身体を抱いた。
「次は挽肉、挽肉です。ってアナウンスがかかって、私の前に並んでる人はもういないんです。私の順番が来たんですよ! 私、怖くて、逃げたいのに、身体が動かなくて‥それで、挽肉にされちゃったんです」
「んなもん夢だろ、飽くまで夢」
先輩は飄々と言う。そんなところもかっこいい。が、あの悍ましい記憶を思い出すとそんなことを言ってる余裕はない。
「絶対私、近い内しんじゃいますってー! あれは本当の本当に心臓麻痺もんの恐ろしさでしたよ!」
どんなに私が身振り手振りを使ってその恐怖を訴えても、楠本先輩は気のせいだと言って取り合ってくれなかった。都市伝説というのは必ずしも霊が関わるわけではない。その大半がデマだ。それを楠本先輩はよく分かってるし、その上自分は天使のくせに現実主義者だからこんな態度を取るのだ。というか、私のオカルト話にはいつもこんな感じの対応だ。
「うー。じゃあいいですよう。猿夢を見たって言ってる子がこの学校にいて、話を聞くためにアポ取ってあるんです。活動実績のレポートにも使えるし、私いって来ますね」
既に筆記用具など必要なものは準備してあったので、わたしはそのまま楠本先輩をおいて研修室を出た。たった二人しかいない部員なのに別行動をとることは、オカルト部ではよくあることだ。私はいつでも楠本先輩にくっついていたいが、楠本先輩はツンデレだから。
私はアポを取った子が待つという教室へ鼻唄混じりに走った。後手に乱暴に閉めた研修室のドアの奥で楠本先輩が眉を顰めたこと、私の背後に黒い影が付き纏っていることは、露知らずに。

アイフォン乗り換え記念

「あっちの世界に行くって本当かい?」
彼は心底驚いていた。彼女は嬉しそうな、けれども寂しそうな顔でこくんと頷く。
「家族がね、あっちに行ってしまうの。だから私も一緒に行かなくちゃならない」
「どうして? だって僕との契約だってまだ終わってないのに」
彼女はただ首を振るばかり。
何で、どうして? 彼は狼狽える。 君が新しいパートナーとして僕を選んでから、まだ少ししか経ってない。パートナーを変えるというなら、まだ話は分かる。だけど突然この世界から出て行くだなんて、あんまりじゃないか。
「僕、君に何かしたかい?」
彼女は黙って再び首を振った。
「まあ、ここのところあなたの体調が良くなかったっていうのもあるんだけど」
彼女が言うと、心当たりでもあったのだろう、彼は即座にごめんと謝罪した。
「だんだん君といることに慣れてしまって、少し怠けてしまった部分があることは認めるよ。次から気を付けるから」
「いいの。あなたがいくら頑張ってくれたって、もう私にどうこう出来ることじゃないのよ。」
そんな悲しい言葉、聞きたくなかった。
彼は、彼女のことをもう二年近く側で見守ってきた。健康な時も、悩める時も一番近くにいた。
彼がパートナーとなる前、随分幼い頃から彼女はここにいた。彼よりも前にパートナーを担当していた者たちも、現役時代ほど側にいてやることは叶わないが、それでも彼女のことを見守ってくれている。彼もいつかはそうなるつもりだった。いつかというのは、あと少しでパートナーの契約は切れてしまうが、それでも彼女はまだ彼を離すつもりはないと言ってくれていたからである。
そのはずが何と、離さないどころか契約が切れる前に契約を解除すると言い出したのだから驚くのも無理はない。
彼は何度も考え直すよう訴えたが、彼女の気持ちは変わらないようだ。彼は愕然として黙り込んだ。暫時、二人の間には沈黙が流れた。
すると、不意に彼女は微笑みながら、懐かしむような声色で話し始めた。
「私がまだ幼い時ね、お母さんから初めてパートナーをつけてもらったの。それまではずっとお母さんに仕えていた人だった。あなたは技術をたくさん磨いてとてもよく動けるパートナーだけど、当時はみんなのんびり屋さんで、気分屋なところもあってね。それでも私は生まれて初めてパートナーが出来たことが嬉しかった。あの時から私はずっと、この世界で暮らしているんだわ」
彼が初めて彼女に出会った時、彼女はあなたで四人目だと言っていたのを思い出す。二人目、三人目はまだ彼女の側で彼女を見守っているが、一人目は既に別の家庭に引き取られているらしく、彼は会ったことがなかった。
のんびり屋さんだったと言いながらも、初めてパートナーと過ごす時間はとても楽しいものだったのだろう。彼女の顔は幸せそうだ。
二人目のパートナーから聞いたところ、彼女は十代前半はなかなか凄まじい毎日を送っていたようだ。規則を破ってパートナーと引き剥がされたこともあるらしい。それでも彼女は、パートナーに色々なものを買い与え着飾らせてくれたのだそうだ。
この世界からいなくなってしまっては、そんな昔話に花を咲かせることすら出来なくなる。彼の後を継ぐ後輩は別の世界にいるのだから。
「…君は、あっちの世界に行ってしまうんだね」
彼女はゆっくりと頷いた。あっちの世界のこと、噂に聞かないでもない。何でもどの人材よりも遥かに多様な仕事ができるという白と黒の双子が、今トレンドなのだとか。トレンドといえば、彼だって二年ほど前はよくテレビにも出たし、ネットでも話題になっていたのだが、今じゃ誰も見向きもしない。
「あんな性悪そうなヤツ、やめなよ。ものすごい高飛車だって聞くし、地図すらも渡してくれないって言うよ。スマートさばかり気にしていてとても不親切だってさ。」
「あの人をパートナーに選ぶかは、まだ分からないけど…」
彼女は困ったように言う。言葉を濁されたが、あちらの世界に行く利点など一つしか考えられない。けれど、彼は彼女の顔色を伺ってその場は抑えることにした。


彼の必死の抵抗も虚しく、やはり彼女は双子の白の方を選んだ。
この世界の終わりまでついて行って、彼女が選んだ白いのにパートナーの契約書を引き継いだ。白いのはにこりともせず彼から契約書を受け取ると彼女の肩を抱き、彼には分からない別の世界を歩き出しやがて見えなくなった。
(…ほら、やっぱり地図も渡さない)
未知の世界に足を踏み入れて彼女がどれだけ怯えているのか、僕なら分かるのに。イライラした気持ちを足元の小石にぶつけ、彼は一人元来た道を辿った。



擬人化でした。
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