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自分が死ぬ夢を見た。
夢の中で俺は既に肉体を失っていた。魂だけの存在で、未だ現世から天国へ上ることが出来ずに ただ俺の存在の抜けた、皆の生活をぼんやりと眺めていた。
みんな、みんな俺のために暫時は墓の上で哀悼をしてくれて、けれどすぐにそんな悲しみは風化していって、いつもと何ら変わりない皆が、変わらない日常を送っていた。―――俺の弟も、決してそれの例外ではなかった。





ふいに目が覚め、ベッドに膝を立てる形で状態を起こした俺は、ひどく穏やかな気分だった。



「なぁヴェストー、お前はよ、もし、もしもだぞ、」

俺が死んだらどうする―――

朝の眩しい日差しが窓から入りこむ、平和で美しい朝。
若干寝坊で登場した俺は、キッチンにて朝食を作っている弟に、そんな突拍子もない声をかけた。

鍋に火をつっかけて―――おおかたヴルストでも作っていたのだろう―――併行作業で卵を割ろうとしていたらしい弟は、眉間にしわをよせて振り返った。
当然の反応だ。 というより、普段から弟はしかめ面だから見慣れたといっちゃ見慣れた表情だ。
幼い頃は笑顔の方が多かったのに―――一体いつから、お前はそんなに大人になったんだよ。


「縁起でもないことを言わないでくれ」

どうしたんだ、と付け加えるあたりが弟らしい。
俺が育ててきた弟に、今度は俺が世話を焼かれているのだから不思議なものだ。

なにをしつけたわけでもねえのにこんなにしっかり育ちやがって―――


「お前はもう、一人でも生きていけるよな、俺がいなくて寂しくても、お前はぜってえ生きていけんだよ」


笑いながらそんなようなことを言った。うまく笑えていただろうか。

今しがた発した言葉はたぶん、将来の本当のこと。
やがて俺は衰えて肉体を失って、弟を残してこの世を去る。
だからといって弟が悲しみに暮れて生きることを放棄する、なんてことは有り得ない。
仲間に支えられながら、お前は今以上に立派な大国になっていくんだろう。




兄ちゃんは、少しだけ寂しいぜ。


兄さん、となにか言いかけた弟は、二、三秒押し黙ったのちに再び向き直って朝食の支度に取りかかりだした。

なあ、何を言おうとした。何がお前を引き止めた。
今じゃ複雑になっちまったお前の思考回路は、俺にはもう理解できねえよ。




どんどん自立して離れていく弟に、いつまでも依存しているのは、俺のほう。
それでもいつまでも尊敬されるような兄でありたいと思う。だから俺は、



「つーか飯はまだかよ、腹減ったんだぜ!」


死ぬまでこの想いを隠し通すぜ。次の瞬間はまたお前に笑っていてほしいから。



こんな、こんな弱腰で情けねえ俺は、もう二度と弟の前で見せたりしたくない。
俺らしくもねえだろう?すべてはきっとこの静かすぎる朝のせいなんだ。




2009.**.**

トラウマ8059

※嘔吐します。

学校帰り、白い吐息をはきながら歩く俺、たちに長い影が連なる。俺がみんなに隠れながらため息をつくと一人だけ吐き出す白の体積がでかくて、やべえやばれたかと思いきや隣の仲間たちはなにやら楽しげに話し込んでいてこちらに目もくれていなかった。
ほう、と再びため息をつく。今度のは、安堵のため息だ。

誰も俺を見なくていい見て欲しくない、10代目にすらも背を向けていて欲しい。貴方の背は俺に任せて、貴方はもっと大事なことだけ見つめていればいい。
この願いはあながちただの願いでもなくて、10代目は俺の心中を察していらっしゃるのかなかなか深く付け入ろうとはしてこない。

それが俺にとって最大の幸福であった、のだけど。


「おい獄寺ー、んな愛想のねえ面してどうした? 考え事か?」

こいつだけはいつも違う。
10代目の少しあとをついていく俺に、10代目と並んで歩いているこいつは毎度必ずといっていいほど俺を振り返っては笑顔で話しかけてくる。

ああうぜえ。話しかけてくんな、きもいきもい、まじきもちわりい。

こいつはあの人と違って何も考えちゃいねえ。他人の心中なんざ、こいつに察せるわけがねえ。
ぎろりと睨みつけてやった俺の表情の移ろいをどうとったのか、こいつは歯を見せて笑いながら俺の肩にポンと触れた。

「そんな怖えー顔ばっかしてんなよ。みんなで楽しい話でもしようぜ?」

「っ、な、にが、」

焦りすぎて言葉すらうまく発音することができない。
気安く触んな、てめえが触ったところからどんどん汚くなって、体が汚染されて
あああもうくそきもちわりいきもちわりいぎぼぢわりい。
だんだん胃の中がぐるぐる渦巻いてきて、逆流してくる体液に思わず俺は口を覆った。

少し先を歩く彼がこちらに気づいていないのを確認し、俺はそのまま大通りから路地裏へ入った。
急さずとも、溢れ出す嫌悪感、が、

「うっうおえ゙っ、」

ばしゃばしゃと胃液が口から溢れ出す。嘔吐している時の体はぎゅっと圧迫されてるような苦しみで、自然と涙が溢れてくる。
しばらくして嘔吐が終わった後に、口元を伝う胃液とともに目からも涙が溢れた。

「あー‥くそっ」

涙と胃液を服の裾で拭った。あたりは体液の匂いがキツい。
全然気持ち悪さが拭えない俺は、それでもこんなところにいつまでもいられないと大通りの明るさを目指して歩いた。

彼らはもう、とっくに帰宅しているといいのだけど。

二、三分は潜っていたから既に大通りにはいないはずだ。
いける、大丈夫。そもそもまだ彼らがいたとしても俺のこと気にかけるを余地など、あるはずがない。

安心しきって大通りに出た刹那。10mほど遠くにいたあいつと、がっちり目があって、その瞬間にまた嫌悪感が、

「獄寺! いきなりいなくなるからビビったぜ。何してたんだ? 顔色わりいけど大丈夫かよ?」

ああもうくそ何でいるんだよ。
悪態をつこうとすれば、先に行動を起こされて俺は何も言えなくなってしまった。
こいつの手が帰ろうと俺の腕をひく。たまらずに俺はそれを振りほどく。
触るんじゃねえよマジで、マジで勘弁してくれ。

お前が触れたところから、何かが、何かが殖え広まって、俺が俺じゃなくなってく。
これ以上はごめんだ。お前の好きなように俺の中に手を突っ込まれて、これ以上俺を知られるのが怖い怖くてたまらない。

先ほどのでもう胃は空っぽになってしまったようで、嘔吐感はあるのに口からは何も出てこない。溢れるのは涙だけ、で。



「‥おい獄寺、どーしたんだよ? なんか辛いことでもあったか?」

上からそんな声が聞こえて、余計に涙がとまらなくなる。


もうこれ以上お前色に染めるのはよしてくれ、俺が俺でなくなる、その前に。
山本が俺の背中をさする。怖くて、踏み込まれるのが怖すぎて、俺は嗚咽混じりに泣いた。


2009.**.**
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