先日、学生時代の友人が結婚するとのことでサプライズムービーの協力を仰ぐ連絡が届いた。


とても素敵な友人。
そんな友人の幸せな近状を知ることはとても喜ばしいことであり、私にとってその幸せな門出に少しながらも関われることは喜ばしいことである。


特別に、仲が良い友人であったか?と言われるとそこまででもないが友人に対して悪い印象を抱いたこともなく、良好な関係であったと私は思っている。

が、私も今年24歳となる。
月日の流れとはとても早いもので、ただただひたすらに目の前のことに取り組んでいたら…気付いたらもう24歳になる。といった感じでこの歳になる。


中学から今まで…とても沢山の出来事が起こり…それに堪えかねていっそ、人生の幕をこの手で閉じようかと考えたことは一度や二度ではなかった。



無意味に誰かを傷付けてやりたくもなったし
どうして自分はこんな人生しか歩めないのか…と思うことも多々ありながら、私は今日まで生きてきた。


喜ばしいこと、私も嬉しいこと。
…それは確かに本音。
だけど、そういう気持ちのほんの隙間に…
「自分は?」と思う感情も同時に芽生える。

きっと、大半の女子が通る複雑な年頃特有の感情なのだと思う。

周りの友人が結婚し、出産していく最中…自分は?結婚は?出産は?と、そう考える年頃に差し掛かって来たのだろう。と…


結婚や出産に幸せの全てが詰まっているか?と言えば「そうではない」が私の答え。
何故なら私は家庭が崩壊してゆく様をとても近い場所で見てきたから。

結婚すれば幸せか、子供がいれば幸せか…。
そうでもないものだ。

私が居なければ母は一人で身軽だっただろうし。
私が居なければ、もしかしたら家庭が崩壊することもなかったのかも知れない。

けれど…どこかで置き去りにされてゆくような、そんな寂しさというものは芽生える。


多分、これからずっと時間を掛けてこういう感情とも折り合いをつけてゆき、「おめでとう」という純粋な気持ちだけで友人を見送れる日が訪れるのだと思う。

生きてゆく限り、人はあらゆる感情との折り合いを自身でつけていかなければならない…と思うと少し面倒臭いような、そんな思いもあるけれど…こんな気持ち、誰にも言えることは出来ないので誰の目にも留まらないここで吐き出す。


このブログは私の日々の黒くて汚ない感情の掃き溜め。
こうして、吐き出した後はいつものようにニッコリ笑って「いつもの私」になって日常に戻るのだ。