「正しい選択が、どこかにあると思った」
そう言った自分が水面に映る。あの日から随分と経ってしまった。今の自分の表情は、泣きそうな弱くみっともないそれだ。悔しい、と歯噛みしたいのに、事態はそう思うことすら許してくれない。今歩みを止めれば世界はずっと先に走っていってしまうだろう。
息が、続かないと思った。
だからだろう、こんな安易な罠にかかってしまったのは。忠告も聞かず、正しさなどという何処かで賛同が得られればという後ろめたさの隠れ蓑を、自覚していながらこうして探し求めてしまったのだ。
結局、間違いだった。
いいや、間違いにしてしまった。
「正しいことは息苦しいな」
酷く馴れ馴れしい態度で、水面の人物が声をかけてきた。それは自分自身でありながら、過ぎ去った誰かでもある。少なくとも「今の自分」ではないことは確かだ。
「言い訳は必要?何でも用意できるよ」
不思議なことに、水面の自分に声を奪われたかのように何も話せない。返せない自分を嘲笑うかのように、それは憐れみの言葉を向けてくる。
自分自身なのだから、自分を納得させるなんて訳ないだろう。いくらでも用意してあげる。それの名前は自分で決めなよ。選択肢はあげられるけど、それの名前を此方では決められないからね。
お前が自分と同じだと言うならば、きっと自身の正解の形も合っているだろうに。けれど既に自分は自覚している。それは自分自身ではない。だから答えは出せない。結局のところ、それを選べるのは今の自分でしかないのだ。そんなことわかっている。
「そんなことわかっている。けれど教えてほしい。本当は知りたい。正しい道よりも、間違っていない道を」
でもそれは。
「でもそれは、自分が一番許せない」
忌々しくて顔を歪める。水面の自分はほら、と言いたげに両手を此方に伸ばしている。
「正しいことなら何処かに責任を分けられたのにね。でも大事なことはそうできない。さあ、諦めよう」
そこで初めて、水面の自分は今の自分と同じ顔をした。
「ここから先のお前の【正しい】は、死にたくなるほどに孤独だよ」
嗚呼、と呼吸を思い出す。今の自分ではない。もっと前から気づいていた。もっと前から目を背けていた。それが今自分に牙を剥いているだけのこと。
わかっている。だからその手は取らない。
そう決断した自分を見つめるそれの表情は、水面が波打って見えなくなった。もう誰の声も聞こえない。酷く不安で、ようやっと自分が此処にいると、感じられた気がした。