扉を開けて進んでいくと、格子で閉ざされた部屋があった。その奥から誰かがやって来る。
「はて、これはどうしたことか、おいしい餌が増えていますね」
「あんたがラゴウさん?随分と胸糞悪い趣味をお持ちじゃねえか」
「趣味?ああ、地下室のことですか?これは私のような高雅な者にしか理解できない楽しみなのですよ。評議会の小心な老人どもときたら、退屈な駆け引きばかりで、私を楽しませてくれませんからね」
その退屈を平民で紛らわすのは、私のような選ばれた人間の特権というものでしょう。
苛立ちで舌打ちしてしまった。聞きたくもない。不快で、聞く価値もない。エステルが信じられないと目を見張った。
ラゴウはリブガロを連れてくると言った。こんなものに、お前は捕まってしまったんだね。
「リブガロなら探しても無駄だぜ。オレらがやっちまったから」
先ほどまで愉快愉快と笑っていた男の表情が変わった。
「聞こえなかったか?オレらが倒したって言ったんだよ」
「なんということを……」
「飼ってるならわかるように鈴でもつけときゃよかったんだ」
「……まあいいでしょう。金さえ積めばすぐ手に入ります」
「お前……命をなんだと思ってるんだ」
「ラゴウ!それでもあなたは帝国に仕える人間ですか!」
エステルが声を荒げると、ここで初めて存在に気づいたように動揺した。ああ、腹が立つ。もういいか。
俺が武器を構えると、ユーリも同じく体勢を変える。蒼刃、と声が重なると、強い威力の2撃が格子を打ち砕いた。ラゴウが尻餅をつき、癇癪を起こしたように人を呼んだ。
「早いとこ用事済ませねえと敵がぞろぞろ出てくんぞ」
リタが術の発動モーションに入る。判断がとても早い。それをユーリが止めるのでリタが反抗する。
「……何よ、騎士団が踏み込むための有事ってやつが必要じゃないの?」
「まだ早い。まずは証拠の確認だ」
「天候を操る魔導器を探すんですね」
「じゃあ、急ごうか。さっさと叩き潰したい」
「怒ってんな。気持ちは分かるが、冷静になれよ」
ユーリに言われて、沸き上がる気持ちをもう一度抑え込みながら、再び屋敷内を探索した。
とある部屋に入ると誰かが吊るされていた。えっ何。思考が追いつかない。いい眺め、という単語が聞こえて更によく分からない。ちょっとこの趣味も理解できないですね!
「誰……」
「ユーリの知り合い」
「またあ?」
カロルのうろんげな視線を受けながら、ユーリはその女の子に声をかけた。
「そこでなにしてんだ?」
「見ての通り高みの見物なのじゃ」
「ふーん、俺は無罪てっきり捕まってるのかと思ったよ」
「あの……捕まってるんだと思うんですけど……」
「そんなことないぞ」
ないのか。あと急にジャックとか言ってるけど誰だ。
「オレはユーリだ。おまえ、名前は?」
「パティなのじゃ」
屋敷の前で会いましたね。そう話すと、思い出したように喜びだした。揺れると食い込まない?なかなかギシギシいってていたそうけど。それなに?布団?
「うちの手のぬくもりを忘れられなくて、追いかけてきたんじゃな」
「まあユーリそういうとこあるから」
「ねえよ!」
とりあえず下ろそう。紐を切り、結び目をほどく。カロルが何をしていたのか問いかけると宝を探していたという。宝?えっ金銭的なやつ?
あの人物的にがめてても不思議じゃないけど、とリタが言うが、こんな子どもが欲しがるようなものがあるとは思えない。
「パティは、何してる人?」
「冒険家なのじゃ」
「ともかく、女の子ひとりでこんなところウロウロするのは危ないです」
「そうだね。ボクたちと一緒に行こう」
誘うカロルに不満そうに何も見つけていないと首を振るパティ。わがまま言うんじゃありませんよ!
「人のこと言えた義理じゃねえが、おまえ、やってること冒険家ってあうより泥棒だぞ」
「冒険家というのは、常に探求心を持ち、未知に分け入る精神を持つもののことなのじゃ。だから、泥棒に見えても、これは泥棒ではないのじゃ」
超理論じゃない?見習おう。
そんなことを考えているとユーリに頭を叩かれた。やだなあ嘘ですよ、よくわかったな。まだ探すなら止めないけど、とユーリが呆れると、暫く沈黙が続いた。
「多分、このお屋敷にはもうお宝はないのじゃ」
「一緒にくるってさ」
寂しかったのか。やはり。
進むと傭兵らしき人がいっぱいいた。よくぞまあこんなところをひとりでウロウロしていたものだ。パティ曰く、それほどの危険を冒してでも手にいれたいものらしい。カロルが食いつくと、彼女はアイフリードの隠した宝と言った。誰!!
「あ、アイフリード!?」
「アイフリードって、あの大海賊の?」
「えっ全然知らない」
「とりあえず知った顔して聞いとけ」
「了解」
その様子だとユーリも知らないな!一緒に聞こうじゃないか!知らないことは恥じゃないよ!ユーリが尋ねると、カロルがびっくりして力説した。海を荒らした大悪党。海賊だもんねえ。すごい人のようだ。
「アイフリード……海精の牙という名の海賊ギルドを率いた首領。移民船を襲い、数百人という民間人を殺害した海賊として騎士団に追われている。その消息は不明だが、既に死んでいるのではと言われている、です」
「ブラックホープ号事件って呼ばれてるんだけど、もうひどかったんだって」
「……ま、そういわれとるの」
パティは明らかに不機嫌そうに答えた。エステルが尋ねるが、なんでもない、と不満そうな声で返事をする。なんだなんだ、憧れてた人を悪く言われた、みたいな感じなのかな。
「あんた、そんなものを手にしてどうすんのよ」
「どうする?決まってるのじゃ。大海賊の宝を手にして、冒険家として名を上げるのじゃ」
「危ない目に遭ってもか?」
「それが、冒険家という生き方なのじゃ」
パティは真っ直ぐに皆を見つめて言った。ふむ。ここまで乗り込んできて、命をかけて探索しているのは事実。それを冒険というのかは別として、彼女は、命をかけてそれを探すことを自分で決めて、行動している。
ユーリはパティの考えを面白いと言った。ついでにパティに誘われた。
「性には合いそうだけど、遠慮しとくわ。そんなに暇じゃないんでな」
パティがユーリを冷たいと評した。でも素敵なのじゃ、と付け足した。よかったねユーリ、気に入られてるよ!リタ、あんまり疑わないでやって!素敵なんですよ!そういうことにしといて!
「もしかしてパティって……」
「ひとめぼれなのじゃ」
「やめといた方がいいと思うけど」
「まって俺フレンに伝えないと。詳しく」
「何でもいいけどさっさと行きましょ」
エステルはひとめぼれという言葉を噛み締めている。リタはさっさと次の部屋に行ってしまった。
廊下を過ぎて、その部屋に入ると、駆動音のような鈍い音が聞こえてきた。視界の範囲を越えるほどの大きさの魔導器は、息をするように何かの光を明滅させている。
「この魔導器が例のブツ?」
こら!カロル言い方!
リタが急に走り出して魔導器を弄り始めた。知らない単語を呟きながら、物凄い早さで操作盤を動かしている。
「ストリムにレイトス、ロクラーにフレック……複数の魔導器をつぎはぎにして組み合わせている……」
わなわなと声が震えている。ああ、これは怒りだ。憤りだ。あの時の魔導器に対する、彼女の思い。それと似ている。
「この術式なら大気に干渉して天候操れるけど……こんな無茶な使い方して……!エフミドの丘のといい、あたしよりも進んでるくせに、魔導器に愛情のカケラもない!」
「リタ……」
あのときも、そうだった。無機物でも、彼女は、こんなにも丁寧に愛している。
(嗚呼、貴女も、そうだったのでしょうか。以前の俺には、分からなかったことですが)
リタの方をじっと見ていると、急に肩に手を置かれてびっくりした。うおわあ、気づかなかった。
ユーリが訝しげに此方を見てくるので、苦笑して誤魔化す。些末なことだ。今は必要ないから。
「これで証拠は確認できましたね」
エステルがリタに声をかける。しかしリタはもう少しと渋った。
「あとでフレンにその魔導器まわしてもらえばいいだろ?さっさと有事を始めようぜ」
「何か壊してもいいものは……」
「よし。なんか知らんが、うちも手伝うのじゃ」
「お前は大人しくしてろって」
ユーリがパティを抑える。だよね!俺も大人しくしてようかな!嘘ごめん!
壁でも壊すか?と壁際で叩いてみる。固そうだけど、できなくはないな。魔術でも放つか。あまり発動は好ましくないけど。
そう思っているとリタがファイヤーボールをあちこちに放った。壁の破片が此方に向かって落ちてくる。えっこわ!確かにこのくらいしないと騎士団も来にくいけど、やるなら先に言ってほしいな!
「あっぶね」
「大丈夫です……?リタ、これはちょっと……」
「なに、悪人にお灸を据えるにはちょうどいいくらいなのじゃ」
「屋敷ごと壊しそうな勢いだけど」
「人の屋敷でなんたる暴挙です!」
ラゴウが大慌てで走ってきた。いやそりゃ、ねえ。むしろ君の屋敷だからやってるよね。自宅ならやらないよね。傭兵に指示を出して俺たちを捕まえるつもりのようだ。お、壁よりこっちの相手の方が楽でいいね。
「くれぐれも、あの女を殺してはなりません」
エステルを見ながらラゴウが言う。やはりエステルについては注意してるか。カロルが紅の絆傭兵団というギルドの名前を出した。
それに答えず、相手は此方に武器を構えて突進してくる。ひとりはユーリに凪ぎ払われ、ひとりはエステルに弾かれる。カロル先生のとこのは俺がやろうか。慌てたカロルの前に立って降り下ろされる武器を弾く。ぽいっとカロルに武器を投げると、相手の腕を掴み、体勢を直そうとする相手の動きに合わせて足を払いそのままぶん投げた。エステルの弾いた男に投げつける形になり、蛙を潰したような声が聞こえた。いえーいストライク。
「十分だ、退くぞ!」
まだやり足りなそうなリタにユーリが指示する。リタは最早屋敷を破壊する勢いで術を発動しようとしていた。
「早く逃げねぇとフレンとご対面だ。そういう間抜けは勘弁だぜ」
「まさか、こんなに早く来れるわけ……」
「執政官、何事かは存じませんが、事態の対処に協力致します」
んん?おや。これはまずい流れかな。リタの放ったファイヤーボールの方向を眺めていたら、扉が開きお馴染みの顔を見つけた。ユーリがほらみろ、と嫌そうな顔をする。俺も乾いた笑いしか出てこなかった。仕事ができるねえ、さすがフレン。
あまりに気まずすぎて上を見れなかったが、突然ガラスが割れる音がして全員がそちらを向いた。何かが空から屋敷内に入り込んだ。カロルが竜使い、と声をあげる。
フレンたちが防衛に当たるが、その隙間を猛然と飛び回りながら、竜に乗る誰かは魔導器の操作盤の辺りを武器で切り裂いた。どうやら大変なダメージだったらしい。魔導器はショートしたようにバリバリと悲鳴を上げている。
「ちょっと!!何してくれてんのよ!魔導器を壊すなんて!」
「本当に、人が魔物に乗ってる……」
リタの追撃すらも避けて、今度は竜が魔導器周辺に火を吐いた。操作盤に繋がる通路が激しく燃え上がり、騎士団も近寄れなくなっている。
「船の用意を!」
「ラゴウが逃げるよユーリ!」
「ちっ、逃がすか!」
とにかくこの場を離れよう。俺たちは屋敷の外に出た。
「ったくなんなのよ!」
「あれが竜使いだよ」
「前になんか、結界魔導器云々の時の話に出てきた?」
「たぶん……」
「竜使いなんて勿体ないわ。バカドラで十分よ!あたしの魔導器を壊して!」
リタのじゃないし、と言ったカロルはリタのひとにらみで黙りこんだ。エステルが何故魔導器を壊したりするんでしょう、と疑問を口にする。確かにそうだ。ユーリも話ができる相手なら一度聞いてみたいけどな、と腕を組んだ。リタは完全に話が通じない相手と見ているらしい。
「お前らとはここでお別れだ」
助けた子どもは、素直に頷いた。ひとりで帰れるよ、とユーリに答える少年は、こんなことがあったのに本当にすごい。パティにも一応注意をするが、立ち去る前の反応からして空返事だと思う。
エステルが深刻な顔をして俯いているのに気がついて、カロルが声をかける。
「わたし、まだ信じられないです。執政官があんなひどいことをしていたなんて……」
「よくあることだよ」
「帝国がってんなら、この旅の間にも何度か見てきたろ?」
エステルは辛そうに何度か瞬きする。俺がエステルの傍によって名前を呼ぶと、エステルは少しだけ顔を上げたけれど、また俯いてしまった。
エステルの見ていた世界はきっと、こんか世界ではなかったんだ。当たり前がこんなに違うと、きっと戸惑ってしまうから。
「ほら、のんびりしてるとラゴウが船で逃げちゃうよ!」
カロルの一声に、俺たちは急いで船着き場に走った。
屋敷の裏側には、ラゴウ専用なのだろう、小さな船着き場があった。そこにあった船は既に動き出しており、追いつけるかどうか微妙なところだった。
ユーリが何か言って、カロルが悲鳴を上げた。飛び乗るつもりらしい。ユーリと視線を合わせて、船に飛び乗る。なんとか全員が乗れたようで一安心かと思いきや、リタが早々に何かを見つけた。
「これ、魔導器の魔核じゃない!」
「あれ、魔核って珍しいんじゃないっけ」
「そうだよ。なんでこんなにたくさん魔核だけ……」
「知らないわよ!研究所にだって、こんなに数揃わないってのに!」
「まさかこれって、魔核ドロボウと関係が?」
かもな、と頷くユーリの表情は厳しい。カロルは黒幕は隻眼の大男では、と首を傾げる。そういえばそうだ、ということは、黒幕は他にもいるのか。もっと大きな話なのかもしれない。
「ここに下町の魔核混ざってねえか
?」
「残念だけど、それほど大型の魔核はないわ」
やはり町を支えるともなると、規格も大きなものになるらしい。ここには混じっていなかった。ということはやはり、別のところに持っていかれている。俺たちの追っている方とは、ラゴウは一致しないのか。
ラピードさんが姿勢を低くして唸った。船のあちこちから武装した男たちが歩いてくる。
「こいつら、やっぱり5大ギルドのひとつ紅の絆傭兵団だ」
カロルの声を皮切りに、相手が襲いかかってきた。場所が狭いが障害物も多い。相手も手慣れているようだが、俺もユーリも特に問題視していない。ラピードさんが撹乱した相手をユーリが切り伏せる。俺が体勢を崩した相手にリタが魔術をぶつける。エステルがなんとか凌いだ一撃の隙にカロルが大きな一撃を叩き込む。とんとん、とバックで戻りながらユーリと背中を合わせる。近くに気配はない。気になるのはすぐそこの大きな扉だ。
カロルが躊躇なく鍵を開けようとする。しかし、突然出てきた大柄な男に遮られ、カロルが弾き飛ばされてしまった。
「大丈夫かな、カロル先生」
「いたたた、なんとか……」
「はんっ、ラゴウの腰抜けはこんなガキから逃げてんのか」
その男の姿は、隻眼だった。ユーリが背後に立ち男に武器を向ける。お前か。下町の皆に迷惑をかけたのは。ユーリが確認すると、男はにやりと笑ってそうかもしれねえなあ、と挑発混じりに言った。
男はその体躯に見合った大きな武器を振り回した。風を切る音がする。ユーリはそれをうまくかわして此方に戻ってきた。
「いい動きだ。その肝っ玉もいい。ワシの腕も疼くねえ……うちのギルドにも欲しいところだ」
ギルドに随分と縁があるねユーリ。いつぞやのお姉さんのときもそうだったけど。それにしても、と相手を睨む。ギルド。ギルドって言ったか。
「だが、野心の強い目はいけねえ。ギルドの調和を崩しやがる。惜しいな……」
ユーリ野心家なの。へえー。
俺が見当違いなことを考えていると、男の後ろからラゴウの声が聞こえた。やはりお前もいたか。
「バルボス、さっさとこいつらを始末しなさい!」
「金の分は働いた。それに、すぐ騎士が来る。追いつかれては面倒だ」
バルボスと呼ばれた男は此方を睨み付けると、次に会えば容赦はせん、と叫び、後方に走っていった。
「ザギ……!後は任せますよ!」
ラゴウがどこかに向かって言い残しながら、バルボスとともに小舟で逃げていった。
え、待って。今なんて言いました?ザギ?ちょっと聞き覚えがあるような気がするし聞きたくなかった気もするし、薄々察していた気もしますね!
俺の喉の奥からヴァッ、と謎の声が出る。ゆらりと出てきた独創的な髪色の男は、誰を殺らせてくれるんだ、と首をかくりと曲げながら此方を睨み付けた。
会ったことあります。ええ。会ったことありますよ。
俺はユーリの方を見る。ユーリもマジかよ、と悪態をついた。懐かしすぎない再会に涙が出そうだね。いや出ないけどね。
エステルが驚いた声を上げる。
「あなたはお城で!!」
「どうも縁があるみたいだな」
「この広い世界で随分と稀有な縁に恵まれちゃったね」
「笑えねえけどな」
「まったくだよ」
「刃が疼くぅ……殺らせろ……殺らせろぉっ!」
「うぉっと……お手柔らかに頼むぜ」
突進するザギをすれ違うようにしてかわすユーリ。
リタがファイヤーボールを放つもザギはそれを真っぷたつにした。避けるのではなく。それを斬った。
「意味わかんねぇな……!」
ユーリに向かっていきそうなところを今度は俺が前に出る。おめでとう、ユーリのみに対象を絞っている訳ではないようで、簡単に俺に注意が向いた。斬撃を息つく間もなく繰り出すザギに、此方もいなすようにしてそれをやり過ごす。刃に注意していたところに蹴りが入ったが俺はそれを足場にするようにして上空に飛び上がる。空中は逃げ場がないが、追撃のためにスペースを開けるなら十分だ。
視線を上に向けたザギにユーリが斬りかかる。恐ろしい早さで反応するザギの足元から、魔力で構築された鋭い岩が襲いかかった。一撃だけザギに当たったようだが、それにも反応したザギは空中に飛び上がった。カロルがロックブレイクの残骸に槌を大きく振りかぶる。マジかよ破片は飛び上がりザギの視界を奪った。
エステルがユーリにシャープネスをかける。近くにあった樽を足場に、ユーリも飛び上がってザギを大きく切り裂いた。
「が、あっ」
「もう2度と出てくんなよ」
ザギが床に落ちた。膝をついたザギが痛ぇと唸っている。
「勝負あったな」
「……オ、オレが退いた……ふ、ふふふ、アハハハハッ!」
ザギは立ち上がり、切られた腕を押さえながら、狂気の笑みを浮かべてユーリの名前を呼んだ。お前前もそんなことを言ってなかったか。
「おまえを殺すぞユーリ!!切り刻んでやる、幾重にも!!動くな、じっとしてろよ……!」
狂気と狂喜にまみれた笑い声を空を目掛けて叫んでいるザギ。さすがに俺も引く。
船は戦闘中にも攻撃にあっていた。燃え上がる船はじわじわと船体を傾かせ、ゆっくりと海に向かって沈んでいく。
「海へ逃げろ!」
ユーリが叫ぶと、あの大きな扉の奥から人の声が聞こえた。えっそこに人がいるのか。そちらに走っていくユーリをエステルが追おうとする。リタがエステルを止めるが、エステルは諦めきれないようだった。
俺はふたりの横を抜けてユーリのところに向かう。リタの声が聞こえたが、さすがに俺が止まるわけには行かなかった。ごめんね、これは俺の勝手な事情だからさ。
後ろで海に落ちる音がした。皆は逃げたらしい。
鍵を開けきれなかった扉はユーリの侵入を阻んでいた。四苦八苦するユーリを退かして、俺は気合いと共に扉の鍵を破壊した。ユーリがすげ、と一瞬呆然としているのが見える。すげ、じゃないんだよ早くしてくれ!
体が軋む。ああもう、本当にがらくたレベルだ。この程度で。
火の手が回るのが早い。巻かれないギリギリのところでそこにいた人物を助け出すと、俺たちは海に飛び込んだ。どぼん、と深く沈む体。ふたり分の重さで俺より沈むユーリたちの方に泳ぎながら、水中でユーリと視線を合わせる。大丈夫。
水面に浮かぶと皆の姿があった。よかった、無事だった。
「その子、いったい誰なの?」
「ヨーデル……!」
「えっ、エステル知り合い?」
エステルが俺の問いに答える前に、船を見つけたカロルが大声で船を呼んだ。
「どうやら、平気みたいだな」
ほっとする声がした。いや安心していいかどうかはわからないけど。
船からこちらを覗くのはフレンだった。ユーリの連れた人間を見て、フレンも驚いたように名前を呼ぶ。えっ、偉い人?貴人?
なんとか引き上げられて、俺たちはようやっと本当に一息ついた。怒濤のトラブルが一旦終わってくれた。そう思いながら、俺は目一杯息を吸って、体の緊張を解くようにゆっくりと全て吐き出した。