話題:創作小説
忘れ物を取りに戻った放課後の教室は、窓から差し込む西日のほかには誰もいなかった。
夕焼けのオレンジと机や椅子の薄黒い影。人気の消えた六年二組は、まるで小さな世紀末のようだった。そんな教室で僕は一本のチョークを盗んだ。黒板の下に先生が置き忘れた青色の真新しいチョークだ。
最初は盗むつもりなど全くなかった。しかし、ぽつんと置かれた真新しい青色のチョークを目にした瞬間、或る一つの素敵な計画が頭の中に浮かび、気づいた時には僕はもう、青いチョークを上着のポケットにそっと忍ばせ、逃げるように黄昏の校舎を後にしていた。
計画はこういうものだ。まず、家の玄関の前の路上に立つ。そこからチョークで道に線を引き始める。そのまま出来る限り道を真っ直ぐに進んで行く。すると、道には青い粉の線が延びて行き、逆に、使われた分だけチョークは短くなって行くだろう。そういうふうにチョークで道に線を引きながら家の前からひたすら道を真っ直ぐ進んで行く。
やがて、何処かでチョークは無くなるはずだ。そして僕はチョークが完全に失われたその場所を【世界の果て】と定める事にした。一本のチョークが一つの世界を持っているとするならば、そこは紛れもなくそのチョークにとって【世界の果て】となるはずだった。それが夕暮れの教室で僕が立てた密かな計画の全貌だ。
決行は次の金曜日の午後四時と決めていた。何故なら、その日は僕の十二歳の誕生日で産まれた時刻が午後四時だからだ。誕生日に【或る一つの世界の果て】を知る。それはとても素敵な事のように思えた。
そして金曜日、僕は予定通り午後四時ちょうどに家の前から盗んだチョークを使って道に線を引き始めた。
固いクセに脆いチョークを折らないよう線を引いて行くのは意外と大変な作業だった。僕は手のひらで包み込むように深くチョークを握り、先端の数センチだけを地面に擦りつける格好で線を引いて行った。鉛筆の芯は長いほど折れやすく短いほど折れにくい。そんな理屈をチョークにも当て嵌めたわけだ。
曲がらないよう道に線を引いて行くのも思っていた以上に難しかった。普通に靴で歩いている時には気づかなかった細かな凹凸が何度も僕の行く手を阻もうとした。走っている車やバイク、自転車にも気を付ける必要があった。兎に角、道はとことん険しいものだった。
しかし【世界の果て】を知るには、それも当然だというように僕は思っていた。
そんなふうにして、僕は慎重にそして確実に、細心の注意を払いながら青いチョークで道に真っ直ぐな線を引き続けた。
幸いな事に途中で友達に出会すような事はなかった。もし、誰かと出会っていたら何て説明すれば良いのだろう。本当の事など、とても言えそうにない。
迂闊にも「この青いチョークがなくなった場所こそ【世界の果て】なんだ」などと言おうものなら、その友達が誰であれ、十中八九、こう言い返してくるだろう。「そんな馬鹿な話があるもんか」と。
そして、その瞬間、【世界の果て】は僕の中から失われる。永遠に。夢から覚めた瞬間に夢が終わってしまうように、誰かに一度でも否定されてしまえば、僕の【世界の果て】を知る計画は終わりとなる。それほど迄に、この計画は脆くデリケートなものだった。
〜続きは追記からどうぞ♪〜
そんなふうに道に線を引き始めてから、どれくらい経っただろう。盗んだ時には新品だった青いチョークは、もはや指で摘まむ事さえ難しいほど短くなっていた。
そして最後に僕は半ば無理やりチ指先でチョークを道に押し込んだ。もう僕の手の中にチョークは欠片すら存在しない。つまりこの場所こそ、或る一つの仮象世界における【世界の果て】なのだ。
【世界の果て】には朽ちかけた一軒の古い屋敷があった。
元々は美しい白さを持っていたであろう外壁は、今やすっかりくすみ汚れて至るところが剥げ落ちていた。玄関の周辺は、侵入者を頑なに拒むかのように得体の知れない種々の雑草が蔓延っていた。
そこは【世界の果て】に相応しい場所だった。少なくとも僕にはそう思えた。
錆びた門柱に表札が残されている。近づいて覗き込むと[須々木]という文字がうっすらと見て取れた。
その表札の文字に忘れていた記憶が甦える。そう言えば、確か、三年の時にそんな名字のやつが同級生でいた。読み方は確か“すずき”。珍しかったのでよく覚えている。そうだ。間違いなく[須々木]というやつはいた。
しかし、名前以外はまるで思い出せなかった。声も顔も何もかも。男子だったのか女子だったのかすらはっきりしない、まるで影のような同級生。
四年で彼と一緒だった記憶はない。三年と四年のクラスは持ち越しなので、三年で同じクラスならば四年でも一緒のはずだ。しかし、その記憶も僕の中には全く存在しなかった。
この【世界の果て】に佇む半ば失われつつある古い屋敷は、ひょっとして、あの須々木君の家なのだろうか?
表札の下に一枚の貼り紙が見える。雨風でぼろぼろになったその貼り紙からは、辛うじて三つの文字だけが読み取れた。
[裁判所]
僕は、それを見た瞬間、何故か「見てはいけない物を見てしまった」ような気持ちになり、慌てて目を逸らした。
逸らした視線の先では、夕陽が急ぎ足で西の地平に沈もうとしていた。いつの間にか町は深い黄昏に包まれ、風の匂いも夜のそれに変わり始めていた。間もなく訪れるであろう漆黒の気配が、僕の肩をびくりと小さく震わせる。
その瞬間、僕は初めて自分が犯した罪に気づいた。僕は放課後の教室でチョークを盗んだ。そう、僕は犯罪者なのだ。
そう思うやいなや、僕はもう走り出していた。背中に迫る落日の気配から逃げるように、不意に芽生えた罪の意識から逃げるように、【世界の果て】から一目散に逃げ出していた。それは、盗んだチョークをポケットに隠して逃げ出した、あの放課後の教室に限りなく似ている黄昏色の風景だった。
家に戻りついた頃には辺りはすっかり暗くなっていた。玄関には既に灯りが点されている。それは僕の心をホッとさせるのに十分な暖かさを持っていた。
そして僕は、この場所が“僕という或る一つの仮象における【世界の中心】である事”にようやく気づいたのだった。
次の日は、いつもよりかなり早い時間に家を出た。そして、通学路の途中の文房具屋に店が開くのと同時に駆け込み、新品の青いチョークを一本買った。そして、朝の教室へ一番乗りした僕は、買ったばかりの真新しい青色のチョークを黒板の下にそっと置いた。
登校時刻前の朝の教室は、まるで世界の始まりのような澄んだ空気で、窓から差しこむ朝日のほかには誰もいなかった。
―終わり―。
ありがとネ〜♪(/▽\)♪
これ、自分でも気にいってる話だから、そう言って貰えるとメチャ嬉しい♪(//∇//)
本当、外側の目に見える出来事としては大した事は起こってないけど…少年の心の中では間違いなく大きな冒険があった♪( 〃▽〃)
こういう児童文学的な話、やっぱりいいなあ〜って書きながら思ってた♪(//∇//)
心で読んでくれて本当にありがとネ〜♪(/▽\)
素晴らしいねっヽ(*´∇`)ノ
素晴らしいとしか言いようがないヽ(*´∇`)ノ
周りは何も変わらない、ひとりの少年の心の世界。
でも、その少年にとっては重要で色々なモノを手に入れたり
無くしたりしたんだろうなぁ〜。
ちいさくて、おおきい、一生忘れない経験。
ちょっぴり成長した経験。
その通り(笑)(/▽\)♪
これ書いた時はね、ちょっと“文学の薫り”のようなものを意識してた♪ 何て言うか…その、“文学の磁場”の中に留まり続けるのは集中力も持続力もかなり必要なので、けっこう大変だった(/-\*)
でも、何とか書き終える事が出来て本当にホッとした♪(/▽\)
二つの合わせ鏡(←絶妙の喩え。拍手)のような黄昏のところも自然な形で書けたと思うし、冒頭と末尾の教室のところも、同じような合わせ鏡でありながら、夕日と朝日の対比が、少年の内面世界を外界の世界にある程度上手く重ね合わせられたと思うf(^_^;
また、何とか文学の磁場の中に入ってこういう話を書きたいと思う(^ー゜)ノ
あ、それから…エンデのサンタクルスへの長い道のり、いま読んでるの読み終わったら、全集から探して読んでみよう♪o(*⌒―⌒*)o
あっ…そのダブルミーニングは言われるまで気づかなかった(照)あれだけプロレス見といて…毛ほども思わなかった(/▽\)♪不覚
…散漫どころか冴えているではないか♪( ̄∇ ̄*)ゞ
で、やっぱりそうだよね。週末の金曜の午後から土曜って夢想主義者が活躍すべき舞台だと思う。月〜木の夢想は、また少し違った形になると思う♪
それにしても、思考のバウムクーヘンって言って貰えたのは嬉しいなあ♪(/▽\) 同じ事を書くにしても、その書き方は無限にあるから、毎度毎度その度に悩んでしまう(笑)(/-\*) ここも実は最初はあっさりした感じで書いて、後からもう少し細かく書き直したのよ♪
この話は基本的に少年の内面世界と外界の世界が存在として拮抗してなければならなかったからo(^o^)o
ファンタジーでも現実でも、何か大きなものを得ようと思ったら、それなりの試練みたいなものと、どうしても向き合わざるを得ないというか…
これも、端から見れば“くだらない”事ではあるけれども、内面世界では決して“くだらなくはない”事だと思うのよね(-。-)y-~
続く♪
チョ-クには反則って意味もあるよなあ鮮やかなダブルミ-ング!!金曜日の午後四時冒険するにふさわしい時間帯だ‥金曜日の午後四時は夢想主義者の時間月曜日の午前九時は唯物主義者の時間
固い癖に脆い‥当て嵌めたわけだ
サラッとかいてるけどこの理知的な文章すげえなァ!!自分だったら【長いチョ-クが折れないように深めに握り、コブシの先からチョコンと出した】と書く繊細な思考のプロセスがバウムク-ヘンのように幾重にも重ねらているのがわかる
【世界の果て】を知るには、それも当然だというように僕は思っていた
ノア・ハザウェイの凛々しい横顔が浮かんだ人間ってどんな時でも‥凛々しい精神を失ってはいけないなと思ったもし失ってしまったら自分の希望する未来には絶対行けないと思うから
須々木‥すすきと読んだから夕日を受けて神々しいぐらいに輝くススキを背景にした漆黒にそびえ立つ世界の果てにある穴のような須々木邸を想像してしまった
この部分はヘッセを彷彿とさせるなあ‥(*´∀`*)格調高く、文学の薫りがする風景と少年の心の移り変わりが絶妙にリンクしているしかもサラッと書いてるとこがニクい!!文学の秋やね!!(≧ω≦)b
あの放課後の教室に限りなく似ている黄昏の風景だった
あの日の黄昏と今の黄昏が合わせ鏡のようになりその中に在る世界の果て・須々木邸この世界から抜け出すのに必要なのは自分の罪を自覚すること‥
はてしない物語の主人公・バスチアンは初めは一匹狼系の不良タイプだったんだってで、エンデが物語を進めてたらファンタ-ジェンに居着いて戻って来なくなってしまった‥だから今ののび太タイプのバスチアンで初めから書き直したそう
自分は大分遅い時に美しく清らかな心が大切だと気付いたけれど“僕”は小学生の時に気付けたから凄いなあと思った
で、この物語長編Ver.あるかもですってエンデの【サンタクルスへの長い旅】読んでみてちょ根底に流れているものがよく似ている
そうですそうです♪
まさしく、そういう感じ(*´∇`*)
同じく、自分だけのルール作って色々やりました。子どもって想像の中で色んな小さな世界を造りますよね―♪
…思えば、こういう話を書いたりする事も、その延長線上にあるような♪(//∇//)
きょうは影だけ踏んで帰ろう
道路の白線からはずれたら負け
赤い車だけ数えて帰る
いろいろやりました
ああ、ありがとうございます(/▽\)♪
登場人物はたった一人だけの小さなお話ですけど…その内面の移り変わりを風景と重ね合わせてストーリーにしてみました(〃^ー^〃)
児童文学のような感じで♪
もしかしたらこの話は、この先に書くかも知れない何らかの長編の雛型になるような事があるかも♪( ̄∇ ̄*)ゞ
この出来事を知るのは、僕自身(の心)と陽の光だけ…
うわぁ…*
この物語、すきだぁ(ノ´∀`*)
まず、風景描写が美しい☆とても☆
そして、少年の心の機微や動作の表現も見事ですね。
普段から、いろんな物事を深く観察されているからでしょうね(^-^)
なんか、もっとお話を膨らませて長編として読んでみたいなぁ♪
最後、少年がチョークを返して終わるハッピーエンド、清々しい後味です(*´∇`*)