話題:創作小説
【ダジャレ千夜一夜物語 第6夜】
ある時の事。
まあ、色々とあって‥
私は知り合いの赤鬼に寿司を奢る羽目になった。
赤鬼は、ああ云う性格なので【特上寿司】にしろと言ってきかなかったが、懐具合の寂しかった私は何とか【並寿司】で抑えたいと思っていた。
そこで私は、約束の日の前日、知り合いがやる寿司屋へと向かったのだった‥。
ー【へっぽこ寿司】ー
ガラガラ…
曇り硝子の扉を開けて中へ入ると、案の定、店内もガラガラであった。
ガラガラ蛇だよ、人生は。
私「大将、相変わらず誰も客がいないね」
大将「客? 旦那がいるじゃありやせんか」
私「こりゃ、一本取られた」
ワハハのハ♪
大将「で…今日は?」
私「そうだな‥えっと、前髪は少し長めに‥サイドとバックは刈り上げて欲しい」
大将「前髪は長めね。…って、うちは床屋じゃねぇや!」
私「こりゃ失礼。じゃあね…ジャーマンドッグとエスプレッソで」
大将「店内でお召し上がりですか?…って、うちはドトールじゃねぇや!」
私「こりゃまた失礼。では…例のサイバー攻撃について大統領と直に話をしたいんだが」
大将「そしたらホットラインでホワイトハウスに…って、うちは国防総省(ペンタゴン)じゃねぇや!」
ワハハのハ♪
大将「旦那、そろそろ勘弁して貰えやせんか?‥何かちょっと嫌〜な汗が出て来やがった」
私「サルマタ失敬。いや最近、“冷めた笑い”がマイブームでね」
大将「そりゃまた高尚なご趣味で…で、要件は何なんですかい?」
私「それなんだが…実は明日、この【ヘモグロビン寿司】に赤鬼を連れて来ようと思ってる」
大将「【ヘモグロビン寿司】じゃなくて【へっぽこ寿司】でさぁ。全く‥“へ”しか合ってねぇし」
私「すまん。どうにも“へ”のインパクトが強すぎて…で、だ…さっきも言ったように明日の晩、赤鬼をこの【平安京】に連れて来ようと思ってる」
大将「もう“へ”さえ付きゃ何でもいいんですかい?」
私「良い。そこで、折り入って一つ頼みがあるんだ」
大将「何か悪い予感がするんでごぜぇやすが…何でございやしょう?」
私「赤鬼の奴は【特上寿司】を食いたがってる。しかし、私は何とか【並寿司】でごまかしたい…そこで大将の出番だ」
大将「あっしの?」
私「そうだ。私が【特上寿司】を注文するから、大将は特上を出すふりをして、並寿司の中の並寿司‥【ド並寿司】を出して欲しい」
大将「ド並み寿司って…何だか女郎花(おみなえし)や花水木(はなみずき)みたいな…でも、旦那…そんな事して赤鬼さん、怒りやせんか?」
私「なぁに、上手くやりゃ大丈夫さ」
大将「まあ、旦那の頼みとあっちゃあ‥一肌脱がない訳にはいきやせんが」
私「それじゃあ宜しく頼むよ」
大将「へい。では、明晩お待ちしておりやす」
【へっぽこ寿司】のくすんだ店内の壁に黄ばんだセロテープで貼られている[浅香光代・女剣劇]が、店を出る私の背中ををキリリと見つめていた‥。
そして、当日の晩。
私と赤鬼は連れ立って、陰謀渦巻く【へっぽこ寿司】の暖簾を潜った。大将「へいらっしゃい!」
赤鬼「おっ、威勢のいい店だな」
私「そりゃもう、ミツュランで星が46個も付いた店だからね」
赤鬼「それは期待が持てそうだ…と云いたいところだが…他に誰も客がいないのが気になる」
私「そ、それはあれだよ‥ねぇ大将?」
大将「へ、へぇ‥まさしく、その“あれ”でごぜぇやす」
赤鬼「…すまん。俺、鬼だから頭が良く回らないのかも知れんが…云ってる意味がさっぱり判らん」
私「つまり‥貸し切り!そう、今晩は赤鬼さんの為に特別に店を貸し切りにして貰ったのさ」
大将「そ、その通りでごぜぇやす」
赤鬼「ふぅん…それは、気を使わせてしまったな…の割りには、この店、人の気配と云うか匂いがまるでしないんだが…ほら、俺 鬼だから、そういうのに敏感なんだ」
私「そりゃ当たり前さ。ねぇ大将?」
大将「へぇ、当たり前でごぜぇやす」
赤鬼「…すまん。鬼だからかも知れんが、やっぱり全然判らん」
私「あれだ。‥これくらい高級な店になると、来る客も清潔で匂いなんか全くしないのさ」
大将「旦那の仰有る通りで」
赤鬼「そういうもんかな‥」
私「そういうもんさ。じゃ、大将…赤鬼さんに【特上寿司】を一人前頼むよ」
赤鬼「あ、出来れば二人前で願いたい。ほら、俺、鬼だから‥けっこう量食うんだ」
私「じゃあ‥クァッパァな感じで二人前ね」
大将「へい。特上寿司をクァッパァな感じで二人前っ!」
赤鬼「待て待て、クァッパァって何だ?」
私「寿司語で“腕によりをかけて”とか“持てる力を存分に使って”とか、そういう意味だよ」
赤鬼「そうか。なんか変な事聞いてすまん」
私達は【へっぽこ寿司特性・クァッパァ特上寿司】が出てくるのを待った。
そして4分後…