「アウラーっ!」
無駄に楽しそうな声が響いた。
あたしの頭上を抜けたかまいたちが偽者の左腕を裂いた。
「アネゴ! ピスタチオ! 離れろ!」
咄嗟にピスタチオを抱えて飛び離れると、偽者の目の前で炎の華が咲いた。
「…あんたノーコンなんだから気ィつけなさいよ、キルシュ!」
「オレは百発百中の男だぜ、アネゴ!」
振り返らなくてもキルシュがにぃっと笑ったのが分かった。デッドボールとフォアボールで三点とられたことあるくせに。
あたしの側にしゃがみこんだアランシアが、偽者を見て眉を潜めた。
「二人とも、大丈夫? …ていうか、あたしってあんななの〜?」
「あら? あらぁ〜?」
混乱してるらしいピスタチオはスティックに任せて、あたしはアランシアに抱きついた。
「よかったアランシア…! あいつに乗っ取られちゃったのかと思った!」
「無事でよかった〜。探してたんだよ? …セツナは遊んでたけど」
アランシアがちらっと見た方で、セツナが誰よりも偽者に近い場所で偽者を観察していた。
「おーそっくりー。見た目だけ。アランシアもっと笑い方かわいいよ。珍しい顔見れたからいいけど。ねぇあたしになったらどんな感じ?」
エアが必死で服を引っ張ってるけど、それくらいで動くならあたしは苦労しない。
セツナに裂かれた腕を押さえて、偽者はぼそりと呟いた。
「仕方ない」
首筋がちりっとした。
「戻れセツナ!」
「力ずくで奪ってやるッ!」
緑をかけた薄青が、吠えた。
直後に叩きつけられた腕を軽く避けて、戻って来たセツナが楽しそうに言った。
「あっねー見てあれあれ! おもしろーい!」
「いやおもしろくはないから!」
セツナが指したのは、暗がりから現れたぼろきれの塊みたいのがふたつ。ゆらゆら揺れるそれは少し浮いていて、隙間からぎらつく瞳とにぃと嗤う口が覗いていた。
「…トースト、キルシュについて。キルシュ」
「オス!」
「あの飛んでんの優先。…あたしはでかい方行く! セツナ!」
「あいさー!」
そいつらの相手はキルシュに任せて(ごめんアレ系は本気無理)、あたしはセツナとエニグマの方に向かう。ほんとはあいつの相手もしたくねぇけどな、出口あいつの後ろなんだもんな!
エニグマは虚の口を上向きに歪めた。
「せいぜい楽しませてくれよ。ミジョテー!」
見覚えのある黒い炎が飛んできた。ガナッシュと同属性、か。
「見た目どーりなのはいいけどなんかむかつく!」
ガナッシュの家が悪く言われるのってこいつらのせいだったりしない? 剣を振った圧で炎を散らす。その隙にエアを伴ったセツナが走り込んだ。
「いっくよー、アウラー!」
普段の倍のかまいたちが飛ぶ。身体を捩ってもあちこちを裂かれたエニグマが、床を叩いて吠えた。
ぽぅんっ、お馴染みの音と共に黒い精霊が現れた。
「…ニルヴァ」
「…オレ様は強いものに従うギャ。オマエはオレ様より強いギャ…?」
「───その話は、アレに勝った後でね!」
セツナがエアを喚び直してる横を走り抜ける。怯むな、竦むなあたしの体!
「力が欲しくないか! 負けたくないのだろう!」
エニグマが吠えた。あたしも吠え返す。
「負けたくないのは手前ェだろう! あんたにあたしも、あの子らだってやるもんか!」
振り下ろした剣はエニグマの右目を抉って、力負けして止まった。腕に伝わった感触に全身の力が抜ける。こんなときに、やだ体、動かな、
「ぼこぼこにしちゃえー!」
「避けてくれよアネゴ!」
「よくも、勝手にひとの顔使ったわね〜!」
「いっいくっぴー!」
かくんと膝の力が抜けたあたしの頭上を、セツナ達の魔法が通り抜けて行った。
上がった土煙が収まらないうちにみんな走ってきた。
「大丈夫か!? どっかケガしてるのか!?」
「カエルグミだよ、食べられる?」
座り込むあたしの肩をキルシュが揺らした。怪我人だと思うなら揺らすな馬鹿。
あたしのこれにだいぶ慣れたらしいピスタチオがきょろきょろ辺りを見回した。
「やっつけたっぴか? オイラたち勝ったっぴか?」
「まだっぽいよ?」
セツナの台詞に真っ先に反応したのはキルシュだった。あたしたちを背に一番前に出て、土煙の向こうを睨む。
がらん、と音がした。さっきエニグマに刺して持っていかれたままのあたしの剣、だ。
「ちくしょーッ! カラダが重い! 光のプレーンなどでは力が出ぬわーッ!
こうなったら一人ずつ!」
ぬっと出た腕が、一番前のキルシュを掴んだ。
「うおッ!」
「キルシュッ!?」
アランシアが悲鳴を上げた。
「融合してやる! コイツと融合さえすれば…! オマエらなんぞに負けん!」
「勝手にキルシュ、連れてくなっ!」
一瞬の差でエニグマを捉え損ねたかまいたちは、土煙を払ってあたしの剣の位置を教えただけだった。
茫然とするあたしを代弁してピスタチオがおろおろと言った。
「たいへんなことになったっぴ! キルシュが連れていかれたっぴ!」
ピスタチオをひっぱたいて黙らせたのはアランシアだった。
「キルシュなら大丈夫よ! あんなヤツに負けるもんですか! パニックになっちゃダメ!
この洞窟を抜けると村があるの、そこへ行きましょう!」
言いながら、アランシアは泣きそうだった。キルシュがいなくなって一番怖いのはこの子だろうに。
しまったな、あたし泣けねぇじゃん。
口に笑みさえ昇らせて、あたしはピスタチオの頭にぽんと手を置いた。
「…一番心配してるのに言われちゃそうするしかないね。アランシア、案内頼める?」
「ええ、こっちよ」
アランシアの後について歩くうち、セツナがあたしの顔を覗きこんで言った。
「泣かないの?」
「一番泣きたいのアランシアだもの。あたしが泣いちゃ駄目でしょ」
言いながら、あたしは手の甲で目を覆った。
アランシアは危ういバランスをとりながら、キルシュの無事を信じている。それはあたしが一番ほしいもので、未だに手の中にないものだ。
唇を噛む。
「…ちくしょう」
アランシアの心を、キルシュに向けた心を、あんなのに取られてたまるか。