「……で、ええと、高原さん本人への指示は特にありません。とにかくひたすらに歌い続けてください」
「わかった」
頷くと、相里は小さく笑って踵を返した。これから他の誰かに指示を出すのだろう、途方もない時間をかけて育った根の上を駆けてゆく。今年の総統括は彼女だそうだ。年末年始はほぼ潰れてしまうこの年中行事は、中学生には荷が重いだろうに。
「うた姉」
「風雅か」
生成途中なのだろう術式をいくつかまとわりつかせたまま、すとんと風雅が降りてきた。
「大変だねぇ。一晩中うた姉が結界の要でしょ?」
「いや、一度交代するそうだ。要の任を降りても、まだ仕事は山積みのようだがな」
「みんな休みなしだから仕方ないかな。無理はしないでよ、嵐兄が泣くから」
「心得た」
苦笑してみせると、風雅は肩をすくめて見せた。曰く、ほんとにわかってんのかねこの人は。失礼なやつだ。なので、ちょっとした悪戯心を出してみる。
「で、自称親友殿への言い訳はどうした?」
「神事だって言ったよ。冬休みは帰らないって言ったらキレられた」
「だろうな」
風雅に最近増えた友人を思い起こす。女の身で素っ気ない言い回しをする私に萎縮しながら、ぺこりと頭を下げた少年。ちょっとした事故で世界の外の神秘に触れてしまった、それでもただの少年だ。本来なら引き離すべきなのだろうが。
「休み明けには埋め合わせをしろ。誘われていたのだろ?」
「そうなんだけど。こればっかりは外せないしなぁ。あとうた姉、休み終わったらすぐ学年末なんだけど」
「友人は大切にしておくべきだろう?」
「白金の瞬王のお気に入りの友人なんか願い下げだよめんどくさい。絶対に傷つけるわけにはいかないじゃないか。機嫌損ねて下手打たれるのは嫌だけど、どっちかってゆーと俺嫌われたいんだよ?」
風雅は肩をすくめて見せる。
口を開こうとして、風雅の肩越しに郎暉が近付いてくるのが見えた。
「先輩? 今回のデコイって五つだって聞いたんですけど」
「情報含めてデコイですとも。直刃となくるには内緒ね」
「……道理で話通しに来たのが相里じゃなくてリークだったんですか。しかも直刃のいない時に」
「嘘吐くと首刈られちゃうし。直刃にはそもそもデコイの話してないからフォローよろしく」
「働かせる気満々じゃないですか……」
後輩二人のやりとりを眺めながらそっと嘆息する。風雅は人間関係を苦手としている。表面上はそつなくこなしているし、おそらく本人も気付いていない。歪みが現れるのは、好意を抱いた人間だ。好意に根付いた行動が、どうしても相手を傷つける行為に繋がる。今一番の好意を捧げている凛に矛先が向かないのが不思議だ。
できればかの少年を手本に、もっと優しい好意の示し方を覚えてほしいものだ。かなりの苦労を背負うだろう少年を脳裏に浮かべながら、私は次の作業に取り掛かった。
…誰かの平穏と引き換えに、あなたの幸いと安らぎを願っている。