メモ帳を整理していたらPFで出し損ねた小説を見つけたのでちょいと編集してサルベージ。
なんのこっちゃ、と思った方はpixivにあれやこれや上げておりますのでご参照下さい。
あと簡単に主人公である自キャラの説明をば。
【ハノイ=アルルバイヤート】
レンベル行商団に所属する商人である、木属性の精霊族の柔和な青年──の見た目をした年齢不詳。
彼の先祖はもともと人間であったが、人間の醜さに絶望し、その膨大な魔力によってより自然に近しいものである精霊となった。
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それは、かつて誰かの帰るはずだった都。
そして、今はもう誰も帰らぬ都。
レンベル行商団の一行が向かった先は、新大陸の開拓村から北東に位置する「失われた都」と呼ばれる場所だった。
かつて高度な文明を築いた都であったならば、金になる技術や物品も残っていようというジージャの判断であったが、行商団の中でも戦闘能力に乏しいメンバー達は不安げな顔だった。
廃墟と成り果てた都は、今は凶悪な魔物達の巣窟になっているとの情報が、都の発見と同時に駆け巡ったためだ。
先遣隊の話では、探索の際にまたも片手の指では済まぬ数の死者が出たという。
更にその筆頭たる魔物の絵姿や写真が出回った時には、三国の多くの勇猛果敢な冒険者達も都へ行くのを躊躇したという。──「知を喰らう者」と呼ばれる、その魔物のおぞましい姿と生態に。
幸か不幸か、ハノイには必要以上に強い魔力と、多少の事では動じない胆力はあったので、勇んでジージャらと共に都に入ったのだ──が。
「はぐれた……」
ジージャなら即座に「いい歳して迷子とか何やってんだお前は?」とでも突っ込みそうなつぶやきだったが、あいにくここに本人はいない。ついでに言うなら、ハノイの年齢はレンベルの誰も聞いたことがなかった。
途方にくれた呟きが誰にも拾われない程度には、ハノイの周りはひっそりと静まり返っていた。消えた呟きの後には、耳が痛いほどの沈黙が下りるばかり。
失われた都の名に相応しく、人っ子ひとりいる気配が無い。
実際は幾人もの冒険者が同じように都を訪れているはずなのだが、それらの気配も見当たらないほど外れたところへ来てしまったようだった。
「ほんと、何やってるんだろうね僕……」
ハノイは実際それほど方向音痴という訳ではない。しかし道中魔物の襲撃を掻い潜ったり、不可思議な魔力を感じた建物に寄り道したりを繰り返すうち、すっかり一行と遠ざかってしまったのだ。レンベルの中でも年長者の部類に入る自覚はあるハノイだったが、生憎自身の好奇心には勝てた試しが無かった。
さて、迷子の鉄則は「その場を動かないこと」である。だが今、魑魅魍魎が跋扈するこの状況でそれは逆に危険極まりない。
動くに際して手がかりがあるとすれば、先に都に入った冒険者達が残した幾ばくかの目印だろうか。実際、一行もそれを頼りに都を探索していたはずだった。それらが見つかれば、ある程度自身と行商団の位置にも目処が付くだろう。
そう考えてハノイはカンテラを胸の高さまで掲げた。
目の前に広がる通路は、相変わらず痛いほどの静寂に満ちている。
しかし、いかなる命の気配も消え去ったはずのそこで、ふいに彼は眼鏡の奥の若草色の目をスッと細めた。
(何かが……近付いて来ている?)
特殊な精霊族に生まれたが故に魔力に鋭敏に反応する彼の目は、気配を殺しながらこちらににじり寄ろうとする存在を捉えていた。
ひどく禍々しい魔力を纏うそれは、一瞬ごぼり、と泡立つような音を立てたかと思うと、次の瞬間強烈に増幅された魔力を纏ってカンテラの光の中に現れた。
「……やぁ、僕」
あまりにも見慣れたその顔、その声。けれどそれは、同じものでありながら全く違う、じっとりと絡みつくような悪意を滲ませていた。
「姿形を真似る厄介な魔物が出るとは聞いていたけど、君かい?」
ハノイと同じ姿形をしながら、しかし淡い銀の髪と暗い紫の目をしたその魔物──"泡沫の影"と呼ばれるそれは、艶然とした笑みを浮かべて頷いた。
「そうだよ、僕は魔物。けれど、確かに僕は君なんだよ、ハノイ。……さて、僕。あれほど憧れた"ヒトの世界"の感想はどうだい?」
あくまでも優し気な笑みを崩さないそれは、確かにハノイそのものでもあった。
記憶すらも写し取る魔物は、ただただ己の事として語っているのだ。紛れもない、ハノイ自身の記憶として。
「絶望したよねぇ?新大陸に進み出て尚、彼らは争うことをやめようともしない。君も嫌というほど見たはずだ、我先にと手柄を争って新大陸を荒らし回る、飢えた蟻の大群のような冒険者達を。始祖がかつて言っていた言葉の通りじゃないか、『幾億の月日が経とうとも、ヒトはその身勝手さを変えるまい』ってさ。我らが始祖が、人間に絶望して精霊となったその原因を、君はその目でしかと見た、そうだろう?」
──お前は必ずや絶望するだろう、人は裏切る生き物だ。
そう、ハノイに吐き捨てたのは、彼の一族の始祖である存在だった。今でも昨日のことのように覚えている。
けれど、それをわざわざ口に出して言われるほどハノイにとって不愉快なことはなかった。
「……僕の癖にベラベラとよく喋る奴だね」
口元だけの笑みで、ハノイは泡沫の影を真っ直ぐ見据える。
生憎、彼はそれで激昂できるほどの若造ではない。
「確かにね、里を出たのを悔いたこともあったよ。人の醜さも沢山目にしてきた。……けれどね」
ハノイの瞼の裏に、五花血晶石を売ってくれと身を乗り出してきた少女の顔が浮かぶ。
彼女の目に浮かんでいた、強く煌めくそれが──今まで見てきた商人や職人達の目に必ず浮かんでいた、灼けるような熱意が、彼は何より好きだった。
彼が何より憧れたそれを持つ者たちが、この世界で新しい材料を、商品を求めている。
それだけで、理由としては十分だった。
「それでも、まだ出来ないことをやってみようと足掻く人たちを見てると、やっぱりこれでよかったと思うんだ」
ハノイの足元から、潰えたはずの命の気配が──膨大な量の木属性の魔力が、蔦の形の実体を描いて渦を巻く。
それはまるで生き物のように。気圧されて一歩足を引いた影を絡め取り、手足を首を絞め上げる。
「だから、そんな人たちのために、僕は商人でありたいんだよ」
優しい声でそう囁き、彼はふと表情を消して影を見た。
「だから、この世界に、お前は必要無い」
「……なら、果たしてお前は必要とされる存在たるのか?…忘れるなよ商人、お前もまた化け物だと、いうことを」
それが最期の言葉だった。
ハノイが指をひとつ鳴らしたのを合図に、蔦は刃の棘を持つ茨と化して影を木っ端微塵に引き裂いた。
そのままざらりと灰になって消えた影を、ハノイは振り返ることもなく通路へと足を進めた。
「化け物、ね」
鼻で笑うその声には、ありありと嘲りの色が浮かんでいた。
──確かに僕はヒトではない。魔物に近しいと言われれば確かにそうだろう。
だが、それが何だと言うのか。
「化け物で結構だよ、その通りだからね。だが僕は、それ以前に、商人だ」
ハノイ・アルルバイヤートという青年は商人である。
それは純然たる事実だった。彼にとって自身が人間でないということなど塵芥にも等しい些末でしかなく、必要なものといえばただ、その事実だけだった。
それからしばらく、振り返ることなく歩みを進めた先で。
カンテラの光を跳ね返した、淡い緑の輝きを目に留めたハノイが、思わぬ"宝物"を拾うことになったのは、また別の話。