スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

去年と今年と来年その弐


【干支の小話・去年と今年と来年その弐】


「寅殿、寅殿は何処におられますか?」
「ひっ……う、丑様?」
「おや寅殿、そんなところにおられたのですね」
「す、すいませんん。え、ええと、と、とと寅に何か、ご、御用でも?」
「大したことじゃありませんよ。交替の時期が迫ってきたので、ちょいと知らせに参じた次第です」
「あうっ……も、もももう、そんな頃合いになるのですか」
「いやはや時が経つのは本当に早いもんです。あっという間に一年が過ぎてしまいました」
「そそそう、ですね」
「……自分も大概のものですが、寅殿も相変わらずの変わりものようですね。同胞方はああも勇ましく凛々しくあられるというのに」
「すっ、すすすみましぇんっ!」
「別に責めちゃいませんよ。ただ、もっと堂々としても損はありませんよ、と言いたいだけです」
「ど、堂々なんて、そ、そそ、そんな、滅相もない! と、寅には不似合いでございます!」
「自分は似合うと思いますが……」
「とっととととととんでもない! 堂々との、お、お言葉が似合うのは、子様や、猫様のようないっ、意志の強き、方々でしょう」
「あのお二方と寅殿を比べるのはいささか酷ってもんです。自分だって敵いやしないんですから」
「う、うう、丑様でも……で、ですか?」
「神にも切れぬ縁を結ばれしし方たちです。怠けたがりの自分なんぞ足下にも及びません」
「しっしかし、それもまた、う、丑様の美徳だと、とと寅は思い、ます」
「ありがとうございます。……さて、長話が過ぎましたね。そろそろ神殿のところへ行ったほうがよろしいですよ。きっと寂しがっています」
「はっはい! さ、三支のとっ寅、確かにま、まか、任されました」
「頑張ってください」
「が、がが、頑張りましゅ!」
「……いやはや寅殿は実に面白いお方ですね。さてさて、務めも終わり、十二の年月が巡るまで自分は暇の極み。のんびり日向を堪能して、後は子殿と猫殿をからかいにでも行くとしましょうか」



では皆様、寅の年もよろしくお願い致します。

泣いて、涙も尽きた赤鬼の流す、想いの雫



【泣いて、涙も尽きた赤鬼の流す、想いの雫】


 何が起きたのか、理解ができなかった。
 天から仄かな白光を降らす、満月に背を晒し。
 努めて瞳に感情を宿さず振り向けば、そして気が付けば、自分は彼女の腕に抱かれ、この呪われし化物の身を包まれていた。
「な、にを…………はな、せ」
「…………嫌」
「離せ!」
「嫌っ!」
 振り解く為に彼女の手を掴む。ぎちりと、肉の悲鳴が聞こえたが、それでも彼女は自分の解放を許さない。どころか、更に強く、強く、抱きし腕に力を込めて。
「……いい、よ。人を憎んで、いい。それだけのことを、私たちは貴方にした。私のことも、嫌ってくれて、いい。本当は、嫌ってほしくないけど、貴方に好かれたかったけど……いい。もう、いいよ」
 もう、いいんだよ。
 彼女は言う。
「幾らでも憎んでいいよ。幾らでも嫌って、いいよ。それで貴方が生きてくれるのなら、それで貴方が死なないでくれるのなら、私はそれでいい。それでも、いい」
 だけどと。
 彼女は言う。
「貴方のことを、憎まないで。貴方のことを、嫌わないで。どうか貴方から、貴方を許してあげて。お願い、だから……」
「……許せるものか。許される、ものか。でなければ、あの方の、あの子の消えた意味は? 自分がこうして、あの子を犠牲にして、生きている意味は? 許しなど要らない。許されることも、望まない。自分は永久に、永劫に、永遠に、憎悪を宿さなければならぬ責務がある」
「……それが貴方の」
「そう、贖いだ。贖い切れるはずもない罪への、自分ができる唯一の罰だ」
「でも……それでも私は願うよ。貴方がまた、心から生きる日を。そこに私がいなくても、貴方の傍に私がいなくても、私は願いを止めない。どうか貴方が笑えますように。どうか貴方が泣けますように。どうか貴方が幸せになりますように。どうか、どうか、切に願うよ」
 彼女は言う。
「私は貴方のことがわからない。きっとわかれない、けど、わかる。わかるんだ。貴方がここにいるのは、そんな顔をする為なんかじゃ、ないって。傷を肩代わりして、傷を請け負って、傷ついて、傷ついて、傷ついて。大切な人を、失っても。貴方が生まれてきたのは、生きてきたのは、生きることを諦めなかったのは、生きたかったからでしょう? 笑って、泣いて、そうやって、生きていきたかったから、でしょう?」
 彼女は言う。
「もう、いいよ。もう、笑っても、泣いてもいいんだよ。そうじゃなきゃ、死んじゃうよ。貴方も、貴方の心も、貴方を想ってくれた人の心も、みんな、みんな死んじゃうよ。そんなの、誰も願ってない。私も、あの人も、願ってなんかあげない。私が、私たちが願うのはただ、ただ貴方が――だから、生きて。貴方の為に、貴方の胸の奥に生き続ける、貴方の大切な人の為に」
 彼女は言う。
「貴方のことを許してあげて。貴方を、貴方から解放してあげて。お願い……だから」
 それは彼女の。
 あの子の。
 嗚呼――自分は。
「っ……かった。怖かったんだ」
 心を硝子の仮面がひび割れて、壊れる。
「あの子がどこにも……どこを探してもいないんだ。傍にいたのに、いつだって隣りにいたのに、もう、いなくて。だから、だから怖くて。たまらなく怖くて」
「……うん」
「思い出しても思い出せないんだ。覚えていても覚えてないんだ。あの子がどんな顔をしていたのか、どんな風に笑っていたのか、思い出せるのに、覚えているのに、それが本当なのか不安になって。それがまた、怖くて。憎まなければ、憎しみで塗り潰さなければ、忘れてしまいそうで。忘れることが怖くて、どうにかなりそうだったから。だから」
「……うん」
 莫迦、みたいだ。
 そんなことしなくても忘れることなんて、できるはずないのに。
 なのに、それなのに、自分は。
 あの子のことさえ、隠れ蓑にして。
「いいの……かな。自分はこんなにも弱くて、醜くて、いつだって間違わなければ答えを出せないけど。誰かに手を差し伸べてもらえなければ、一人で立つこともできないけど。けれど、いいのかな。生きて……生きても、いいのかな。生きて、笑って、泣いて。誰かとまた、こんな化物の身でもまた、触れ合って、本当に……」
「……うん、いいよ。いいんだよ。だって」
 彼女は言う。
「もう、触れ合ってるんだから」
 温もりが伝う。
 彼女の腕から。
 彼女の心から。
 そして、自分の瞳から。
 自分は許されるのだろうか。
 自分は許してくれるのだろうか。
 願うこと。
 生きること。




 誰かとまた手を、繋ぐことを。


. 

星の瞬く夜空に


情けなくても。
格好悪くても。
それでもやっぱり、君が愛しいんだ。

「………………ふう」
 咥えた煙草を深く吸って、大きく吐く。
 灰色の吐息は綺麗な夜空を薄っすら汚し、口の中に微かな苦みを残して消えていく。
 ああ――苦い。
 こんなにも不味いのに、よく吸えてたものだ。
 それとも、この苦さは今日だけの特別、なんだろうか。
 そうかもしれないし、そうじゃなくなるのかもしれない。
 口の中の苦さは喉を伝って、胸の奥底に沈殿する。
 ずきり。
 肺と共に痛むのは胸に居座る何か。
 その何かはなんなのかと問われれば、やはり、心と答えるしかないのだろう。
 理由は、わかってる。
 つい一時間前に、彼女と喧嘩したからだ。
 些細なことで揉めて、言い合って、最後は――泣かせて。
 謝ることもできないまま、別々の帰路に着いて。
 冬の夜に冷やされた感情を襲ってきたのは、後悔。
 どうしてあんなことを言ったんだろう。
 どうしてあんなにも泣かせてしまったんだろう。
 こんなにも、想ってるのに。
 こんなにも、大好きなのに。
 なのに――どうして?
 さっきからそればかりが頭を強く締め付ける。
「………………ふう」
 また、紫煙を夜空に吐き出す。
 やはり、不味い。
 味覚にまで影響を及ぼすなんて、自分はとことん彼女にまいってるようだ。
 今すぐにでも、仲直りしたい。
 謝って。
 許してもらえたら、彼女の手を握って。
 ありがとうを伝えて。
 それから、心からの「大好き」を贈りたい。
 でも――と。
 謝っても許してくれなかったら?
 もう自分のことを好きじゃなかったら?
 自分を、嫌いになっていたら?
 後悔は弱さを生み、弱さは恐怖に変わり、自分の全てを止める。
 わからない。
 どうすればいいのかも。
 彼女の、心も。
 まるで星みたいだと、ぼんやり思った。
 夜空に瞬く星は、どんなに近くに並んでいても距離は遠い。真っ黒な空に貼り付けられているのは光だけで、その光を発した星は遠き彼方にある。近くても、遠い。光が並んでいるから近いと錯覚するが、本当は遠く離れている。
 まるで、自分と彼女の心のように。
 自分たちはきっと、わかっていなかったんだ。
 わかっていたと思い込んで、光のみを並ばせて、星と星の距離を無視していたんだ。
「わかりたい、な……わかり合いたいな……」
 どんなに些細なことでもいい。
 彼女のことを知って。
 自分のことを知ってほしい。
「………………ねえ」
 切に――願う。




 また、君を好きになってもいいですか?


.

茜色の空を見たよ


民族性か。
それとも心穏やかにある為に築かれし文化か。
春。夏。秋。冬。
気付いた時に過ぎる四季がそうさせるのかもしれない。
縦に伸びて四季の色を濃ゆくする地形もまた、関係があるのだろう。
日本という狭き場所で生きる人々の多くは、儚きものに心を揺さぶられる。
いつか散り果てる花。
いつか溶け果てる雪。
いつか潰え果てる命。
終わることが宿命となりしものの、なんと美しいこと。
あるいは、終わることが宿命ゆえの美しさなのか。
儚きは美しく。
美しきは儚く。
弱きものはどこか強く。
強きものはどこか弱く。
それがまた、心を激しく揺らす。
わんわんと泣きじゃくる、幼き童のように――


どうも、歩方和言です。
タイトルの『茜色の空を見たよ』は、知っている人もいるかもしれませんが、ある本と映画のタイトルです。
自分が観たのは映画で、確かまだ小学生の頃だったでしょうか。映画館であるようなメジャーではなく、インディーズ、地元の公民館で放映されたものでした。
遊ぶことに命をかけ、家でアニメを見ることを至上の楽しみとしていた小学生の自分には正直、全く気乗りしておらず、親に半ば無理矢理に連れて行かれたように記憶しております。
内容もまた子ども向けではなく、引きこもりの少年が色々な壁にぶつかり折れそうになりながらも前へ進もうとするものでした。
子ども向けらしからず、小学生には少し難しすぎる。
それでもあの時、自分は確かに心を揺さぶられました。涙を流すことは格好悪いと、格好悪い考えを正義にしていた自分は涙こそ流しませんでしたが、あの感動は今も胸に残っています。
何故か最近になって思いだした記憶。
そしておそらく、きっと、自分はあの瞬間に魅せられたのかもしれません。
人間嫌い人間怖いを自負する自分ですが、どういうわけか《人間らしさ》がたまらなく好きなのです。愛おしい、と言っても過言ではないでしょう。
弱さの中に表現のできない強さがあり。
強さの中に言葉にできない弱さがあり。
その脆さが、儚さが、とてつもなく美しい。

もしも叶うならば、そんな人間らしさのある物語を綴りたい。

だらだらと書き連ねましたが、結局はそれを心に刻みたい歩方和言でした。
でわでわ。

泣いて、涙も尽きた赤鬼


【泣いて、涙も尽きた赤鬼】


「自分は――憎い」
 彼は言う。
 天から仄かな白光を降らす、満月にのみ瞳を露わにし。
 私に背を向け、決別するように、或いは懺悔するように、言葉を零す。
「憎い。憎い。憎くて憎くてたまらない」
 四つの季節を四つ遡った月なき夜。
 私は彼と出逢った。
 人の姿。
 人の言葉。
 人の温もり。
 そして人の心を宿す、人ならざりし化物の彼と。
「自分は大切に思っていた。慕い、敬い、愛していた。そう、愛していたのだ」
 化物。
 それは表現として不愉快極まりなく、不適切だが、表現するにはこれしか他にない。
 他者の傷を肩代わりする異能を、痛みを請け負う異端を、彼はその身に宿して生を受けた。
 ひどく、私からすれば愛おしさばかりが胸に溢れる、彼という存在を体現したような聖母のごとき異。
 だが、しかし。
 個人にとっては愛おしくとも、万人にとっては害以外の何でもなかった。
「君に解るか? 否、解らぬだろう。解って欲しくもないが、とても、とてもとても、地獄のような有様だった。それでも尚、愛を捨てずにいた自分のなんと愚かなことか」
 彼は優しい。
 ゆえに化物である彼は人を愛した。
 他者の傷、痛みを己のものとして被り、傷を肩代わりして痛みを請け負った。
 幾多の命が救われた。
 数多の生が灯された。
 なのに、それなのに人は化物と彼を怖れ、拒絶した。
 彼が孤独の檻に閉ざされたのは言うまでもなく、口にしたくもない。
「水面の月。人の輪、人の和とはまさしく水面の月だと知った。自分がどんなに手を伸ばしても、触れれば揺らぎ、掴めば消える。那由他の彼方より眺めることしか許されない自分は孤独で、孤独は最悪なる不幸だとも知った。孤独が生む寂しさは胸を抉り、心の臓を貫き、死への渇望を生み落とすものだとも、知り尽くしてしまった。だから自分は、あの救いが本当に嬉しかったのだ。本当に、幸福だったのだ」
 救いが訪れたと、彼は言う。
 繋がれるはずのない孤独な化物の手を、繋いでくれる存在が現れてくれたのだと。
 だが。
「だが、その幸福すら人は奪った。正義だと、正しいと、悪びれもせず、自分から奪い壊した」
 化物の彼より、化物の傍らにいようとする同族のほうが怖く、異常に見えたのだろう。
 彼と手を繋いだ存在は人であるにも関わらず化物と扱われ、壊され、終わらされた。
 見せしめとでも言うように、泣き叫ぶ彼の目の前で。
「何が化物か。誰が化物か」
 彼は言う。
「人ならば何をしても許されると? 化物と関わりし者は例外なく悪で、それを認めぬ者は正義だと? なんと、醜い。自分も相当な化物だが、あの者共には遠く及ばぬ。人の矜持も守らずして何が人か。化物にも劣る、人の皮を被った獣が、正義だ正しいだと喚いて掲げて、莫迦莫迦しいにもほどがある」
 彼は言う。
「自分は、憎い。人が、人という存在が、自分からあの方を奪った人が憎くて憎くてたまらない」
 彼は言う。
「自分は、憎い。自分が、自分という存在が、あの方から全てを奪った自分が憎くて憎くてたまらない」
 彼は言う。
「自分は、憎い。この身この心が果てようと憎み続ける。憎まなければならない。懺悔も、救済も全てが不要。憎しみだけあればいい」
 だからと。
 彼は言う。
「だから自分は君が、嫌いだ。自分から憎しみを、自分を構成する全てを消そうとする君が嫌いで、大嫌いだ。……もう、自分に近付いてくれるな。自分に関わってくれるな
。自分から、憎しみまで奪ってくれるな」
 でも。
 それでも私は願うのだ。
 涙を流し。
 彼の代わりに、泣くように。
 人を憎んでいても。
 私を嫌ってもいい。
 だから、だからどうか。


「貴方のことを、許してあげて」


.
前の記事へ 次の記事へ