女主→碧 彩環
「黄尚書、今日の仮面も素晴らしいですね!特に額部分の色使いが!」
新人吏部官・碧彩環は戸部尚書室に入るやいなや、挨拶代わりにこの部屋の主の戸部尚書・黄奇人(本名・黄鳳珠)の仮面を褒めた。
彼女が初めて彼と顔を合わせて(仮面を見て)から、会う度に必ず彼の本日の仮面を褒めることが当たり前になってきている。
周囲から見れば、外朝で一際異様な雰囲気を放つ黄奇人の仮面は素晴らしいとは思えないが(素晴らしい作りなのは誰が見てもわかるが)、彼女にとってはとても素晴らしく見えるらしい。
彼女の従弟で彼女と同じく吏部官である碧珀明は“アイツは一族の中でも変わった嗜好をしている”と彩環のことをよくそう言っている。
「用を済ませたら、さっさと吏部に戻れ」
「はーい」
毎度のことに呆れながらも、鳳珠はものすごい速さで書簡を処理していく。
彼の冷たい返しも毎度のことで、慣れている彩環は腕に抱えていた書簡を目の前の机に置いた。
「こんにちは、彩環さん」
「景侍郎、こんにちは。書簡を届けに参りました」
「ご苦労様です」
彩環は尚書室にいた戸部侍郎・景柚梨にニコニコと挨拶をし、用事を済ませると、以前から持っていた疑問を投げ掛けた。
「仮面は黄尚書が作らせているものなのですか?」
「そいつの仮面は私が作らせているものだ」
「こ、紅尚書!?」
上司の登場に驚いている彩環を横目に優雅な動きで尚書室に入ってきた吏部尚書・紅黎深は広げた扇の奥で口角を上げていた。
黎深が来たことに動じず、鳳珠は変わらず手を動かし、柚梨は穏やかな笑みを浮かべたまま。
「書簡が止まっている。さっさと仕事をしろ」
「ふん、私の勝手だ」
すると黎深はそれまた優雅に奇人に近づき、仮面に手をかけた。
「…な!?」
黎深の行動に鳳珠が戸惑っている間にするりと仮面が外れ、癖一つない長い髪が舞い、彼の素顔が晒された。
現れたのは目も鼻も眉も口も整いに整った美貌。
見た者は魂を奪われたように倒れ、良くて三年働けず、悪くて一生廃人になると言われている。
外朝では禁忌とされている程の美顔。
同期の黎深と長年黄尚書の侍郎を務めている柚梨は奇人の素顔に対して耐性がある。
が、初めて見た彩環は口を大きい開けたまま固まっている。
その様子を見た柚梨はしまったという顔をしたが─
「あーっ!紅尚書、どうして外しちゃうんですかーっ!」
発された言葉に危惧は不要だったと安堵した。
美しい仮面が…、と彩環は外され机に置かれた仮面を残念そうに見ている。
彼女にとっては禁忌の素顔よりも仮面の方が重要のようらしいことに鳳珠の心は些か複雑であった。
過去、鳳珠の素顔を見ても動じない女人がいたが、顔が原因で振られたことがある。
その出来事以来、彼は仮面を付けて朝廷に出仕するようになったのである。
顔面凶器の被害を防ぐためにも。
家柄は彩七家の一つ黄家、朝廷では戸部尚書の地位にあり、次期宰相に期待されるほどの人物。
人柄は生真面目で、仕事が恋人と言えるほど仕事熱心である。
結婚相手としては好ましいはずである。
好い年をしてそんな彼が独り身なのは、仮面にある。
まず仮面のお陰で女人が寄ってこない。
鳳珠が公休日にも出仕する仕事人間のために女人と出会う暇がないことも理由にあるが。
だが、再び素顔を見ても動じない女人が現れた。
素顔に動じなくとも仮面の方が好かれているのには鳳珠としては喜ぶべきなのか嘆くべきなのか。
「あの、彩環さん。大丈夫なのですか?」
「大丈夫じゃないですっ!黄尚書、早く仮面姿を見せて下さいよ!」
柚梨の訊きたい返事は帰って来なかったが、仮面に心を捕われたままの彩環にどうやら平気らしいことを察した。
黄尚書が身に付けるから仮面の魅力が増すのですね…などと熱く語る彩環に黎深は軽く喉を鳴らして笑った。
「素顔は平気らしいぞ、良かったな。だが、仮面姿の方が好むらしい」
目尻を少し下げて愉快そうな黎深を鳳珠は睨んだ。
「お前らさっさと仕事に戻れ!!」
「戻るぞ、彩環」
「あ、はい!」
最後にニヤリとした顔を見せた黎深を追うように彩環は尚書室を出ていった。
そして、鳳珠は仮面を付け何事もなかったように仕事を再開した
「鳳珠、良かったですね」
鳳珠が素顔を晒すことができる人が現れた事に柚梨は嬉しく思っていた。
「その名で呼ぶなと何度言えばわかる」
「いいじゃないですか。貴方と私しかいないのですから」
いつもより少し機嫌の良さそうな上司に柚梨は柔らかく微笑んだ。
彩雲国に関してはアニメとコミックの知識しかないので、おかしいところがあるかも…
それでなくとも、おかしいところはたくさんだろうけど^^;
でも、頑張った!
楽しかったです!
黎深が仮面を外したのは気まぐれです←