できるわけない
どうしてなんだろう
どうしてなんだろう
フジファブリック
ハマったのは高1のときだったけど、
出会いは中3のときだった。部活で久保ちゃんが毎日毎日フジファフジファ言ってて、「虹色赤色黒色白♪」とか歌っててなんじゃこいつwと思ってた。JAPAN COUNTDOWNのオープニングに「虹」が使われてて、少し興味がわいたから久保ちゃんにDVD借りて観たんだけどとにかく気持ち悪くて、ダイちゃんも志村もほんとに気持ち悪くて、興味が薄れた。時間は経って2月、確か津田の入試の帰りに三洋堂へ行ったらレンタル落ちで「虹」が30円で売ってて。それ買って。勉強しながら結構聴いてた覚えがある。でも、 そこまでハマってはいなかった。
無事に高校に入り、
その秋頃、youtubeで偶然、「銀河」PVを観た。なんじゃこれは。なんじゃこれは。演奏くそかっこいいのになんじゃこれは。やっぱボーカルきめえwでも、完全にそこで僕の頭の中に志村の中毒メロディーは植えつけられて、パソコンを開くたびにフジファブリックのPVやライブ映像を観てた。フジファブリックは、PVも素晴らしいんです。もちろん、ライブも素晴らしい。日比谷野音での「打上げ花火」を初めて観た時は、事変の透明人間を聴いたときばりの鳥肌が立ったのを覚えてる。
ずぶずぶとハマり、2ndアルバム「FAB FOX」を買った。銀河、虹、茜色の夕日。これはほんとに名盤なんです。もっともっと、もっともっと多くの人に聴かれるべきで、彼が生きてるうちにもっともっと広がるべきだった。いまからファンが増えても悲しいだけだ。むなしい。 ブックオフでたまたまインディーズ時代の「アラカルト」「アラモード」も見つけて購入。あれも運命だったんだと思う。迷いはなかった。買うしかなかった。
リアルタイムのフジファブリックは、1万枚限定シングル「蒼い鳥」でオリコントップ10入りを果たしていた。シングルは買い逃したから、ダウンロードした覚えがある。 3月にやっとこさ1stアルバム「フジファブリック」を買った。桜の季節、陽炎、赤黄色の金木犀。これも名盤。しっとり、ゆったり。ほわっとするアルバム。ある日ブックオフに立ち寄ると、全シングルとPV集、日比谷ライブDVDが置いてあった。DVDは迷わず買った。シングルも何枚か買った。
やっとリアルタイムのフジファブリックに追いついた自分は、「SurferKing」にまんまとやられた。ふざけすぎwどうでもヨークシャテリアwつづいて「パッションフルーツ」wふざけすぎwwwからの、「若者のすべて」だからずるかった。あそこでヒットだろ。ほんとに思う。志村もTalkin Rock!のインタビューで「サザンが歌ったらミリオン行くと思うんですよ。」て言ってた。そんな名曲。妙に自信家で、でもネガティブで、キャッチーなメロディーに切ない歌詞を乗せるのがほんとにうまい志村が、たまに嫌で、でもやっぱ好きだった。
雑誌のインタビューで「昔はライブでそうくんが前に出てくるとイラッとしてた」て言っちゃうくらい、目立ちたがり屋で、でも照れ屋で、歌も上手くはなくて、でも他にはいない声の持ち主で、ライブでは高音きつそうだし、たまに歌詞とばすし、歌詞ガン見のときもあって、しっかりしろよーとか思いながらも、毎日毎日彼の作った曲を聴いてた。聴いてる。
高2の11/30に初めてライブへ行った。武者巡業ツアー。あんなに近くに行けるとは思ってなかったし、あんなにキツいとは思ってなかったけど、死ぬほど楽しかった。かっこよかったなあ。蒼い鳥〜地平線で酸欠みたいなかんじでゆらゆらしたことも、アンコールで3列目から抜け出してトイレに行ったことも、戻って後ろから陽炎を聴いたことも、鮮明に覚えてる。
1/23、3rdアルバム「TEENAGER」発売。個人的にアルバムではこれが1番好き。ダークサイド曲はなくて、ポップでハッピーなフジファばっかだから、13曲通して聴いても疲れないし、人にも勧めやすいアルバム。このとき志村は「いまのフジは“バンド主義”」って言ってたなあ。そうくんの曲を3曲も入れるって、たぶん初期の志村なら考えられない。4月にあったTEENAGER FANCLUB TOURも最高だった。そう、金髪志村だった!SurferKingでおちゃらけてたなw楽しかった。
高3のとき。フジファブリックは音源を1回も発表しなかったけど、勉強中も、帰り道も、家でも、ずっとフジファブリックを聴いてた。10月にあった髭との対バンライブは、死ぬほど迷って受験生だからってことで行かなかった。行っとけよ自分。立命館の入試の帰り、へにょへにょになってる僕のもとに、「Sugar!!」発売を知らせるメールが来て、一気にテンションが上がったんだ。そのテンションのおかげでいまの大学に入れたのかもしれない。そうかも。全力で走れ全力で走れ滑走路用意できてるぜ!背中を押された気がした
大学が決まって、高校卒業して、春休み。東名阪フジファブリック×FUJIFABRICツアー。久保ちゃん「空前絶後のセトリ!」楽しかったね。ダークサイドもサニーサイドも、フロントマン志村の中の二面性をくっきりはっきり表していたように、いま思う。
大学入って、5月病真っ盛りの時、4thアルバム「CHRONICLE」が出た。志村のワンマンバンドになってるじゃんて感じた。変わっちゃったなあって感じて、不安になった。CHRONICLEツアー@zeppで、そんなことは全く感じなくなった。だって最高だったから!!!!
10/16、5周年ツアーに行った。GoGoGoGoGoooood!!!!! 聴きたかった曲たちを、たくさんやってくれた。笑えるくらいまぶしくて、楽しそうで、ふざけた曲も、暗い曲も、歌モノも、ぜんぶがぜんぶフジファブリックで、天然で気分屋の志村に、メンバーたちがツッコむ姿。そうくんのギターソロ中に加藤さんのもとへ行ってギターをかきならす志村。ダイちゃんに冷たく当たる志村。このライブは、銀河で終わった。名古屋では新曲は披露してくれなかったけど、グッズもたくさん買って、大満足で家に帰った。
「どうもありがとうございましたフジファブリックでした」
もう聴けないのか
死んだらあかんやろ
突然すぎる
本当に、突然すぎる
何で?何で?何で?
おかしい
志村正彦という男がいなかったら
自分は今、この自分にはなってない
辛いときも、楽しいときも、むかつくときも、暗いときも、夕焼けを見ながら、日本史の問題を解きながら、電車に乗りながら、布団にもぐりながら、カラオケで、体育で、教室で、ずっとフジファブリック。
いろんなひとに勧めてきて、ハマるひとハマらないひといろいろだけど、自分は、ほんとに、好きでよかった。というか、何で?まだわかんない。
いろんな歌詞が、違って聴こえる
リアルじゃない。
曲は残ってる。
文章も残ってる。
残していくべきもの。
残された僕たちは
残された曲たちで
何をどうすればいいの?
未だにわからない
ほんとにわからない