ナンバー06

『知らぬは本人ばかりなり。』



ちっせぇ奴だ　と思った。


俺も決してカラダに恵まれてるほうじゃねぇけど、コイツほどじゃない。


恵まれてねぇどころかマイナスの…平均以下のカラダで、ソイツは前ばっか見て走ってた。


「俺、得意なの走ることくらいなんで」


いつかアイツが言っていた言葉を、今更になって思い出した。


「…ンで今更…初めてアイツに会ったときのことなんか思い出してんだよ…」


きめぇ、と呟いてから目を閉じる。


けれど、どういうわけか目が冴えて少しも眠れる気がしなかった。



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堺がグラウンドで靴紐を結んでいると、やかましい声が耳に飛び込んできた。


「ちゅーっす！おはよーございまーす」


堺はその声の主を確認はしないが、こんなやかましい挨拶をしながらグラウンドにやってくるのはコイツともうひとりくらいしかいないので、その声が誰のものなのかは、振り向かなくたってわかった。


「おーっす」


「朝っぱらからうっせぇよ、世良」


やかましい世良の挨拶に黒田と杉江が反応した。


「へっへっ…だって嬉しいんスもん。やっと今日からグラウンド入れると思うと…」


大阪戦で決めたゴールの際に負った怪我で世良はここ数日　休養をとっていた。


大阪戦のあった日の夜に本人から「大丈夫」と聞かされ安心していたから、数日とはいえ、まさか練習を休むとは思っていなかった。


たかが数日会わなかったくらいで、夢現にまで出るなんて、我ながら末期だな　と思う。


けれど、それを悟られるわけにはいかないので、堺は黙ってアップを始めた。


今日は少し、カラダが軽い。


昨日マッサージを入念にしてもらった成果かもしれない。


少し浮き足立っていると、堺さぁーん、と声がする。


…アイツだ。


ンだよ、と言いながら振り向こうとすると、細い腕が堺の腰にぐるりと巻きついた。


「…っ！？ちょ、おまえ…世良…っ」


「うわ、この匂い　肌触り　堺さんだー」


人の背中にぴったりとはりつきながら、世良は意味のわからないことをのたまった。


「…っ何言ってんだよ、きめぇだろこの馬鹿　離せっつーの！」


「お願いお願い堺さんもーちょっと！もーちょっとこのまんまにしといてください　今　俺　堺さん足りなくて死にそーなんス！」


「ハァ！？なんだよその足りるとか足りないとか…」


「うわ、それ全部言わせます？俺に皆まで言わせちゃうんすか？」


抱きつく腕の力を緩めようともしないで、世良が言う。


この腕を振り払ったらあることないこと言うって言いたいのかよ　そんなの脅しじゃねーかこの野郎…　


世良のくせに無駄な知恵つけやがって…！


堺が動けずにいると、いつもののらくらとした歩調で我がチームの監督様がこちらにやってきた。


いくつかされる挨拶に「おっはよん」と相変わらずの馬鹿返事をかえしている。


ひととおり挨拶に応えた後、監督は　ふぁ、とひとつあくびをすると、アップをする選手達の真ん中に立った。


もう練習始まんだろ、と世良の腕を振り払おうとした瞬間　堺と監督の目が合う。


「…っ」


どうする？なんか…言うべきなのか？


堺が決めかねていると、監督は首をゴキゴキと捻りながら、いつものめんどくさそうな顔をする。


「あー…うん。俺　そういうの偏見ないから…」


「…っ！ちょ…これは…」


慌てて否定しようとする堺の声に被って、世良が無邪気な声をあげる。


「監督に公認されちゃいましたね　堺さん…v」


「…うるせぇ！離せ　ボケ！意味わかんねぇ！」


無理矢理 世良の腕をひっぺがす。


堺の頬は真っ赤に染まっていた。


それを見た選手一同は思う。


…もう　まったくと言っていいほど隠せてないんだから　いい加減認めりゃいいのに。



なんとか誤魔化そうとするあまり　堺さんはその日　一日　世良と目を合わせようともしなかったという…。


(堺さん　ヒドイっす…)




■END■