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「パレード」吉田修一 感想



感想の前に、久々にブログを書いた理由をすこし。

ブログを離れていた間、Twitterをすごくやっていて、これでとても楽しかったのだけど、
140字、というTwitterの文字数制限はわたしが何かについて「書きたい!」「思いを残したい!」と思うときに使う文字数として いささか少なすぎて、感想らしい感想、レビューらしいレビューはどんどんしなくなっていった(もちろん、色々事情もあってたくさんブログを書いていたころとは環境も変わったので、時間的に書けなくなった、というのも大きい)

けれど、ここ半年くらい日記をつけていて、それが思ったよりも楽しく、良い感じに続いているお陰で、プライベートでも日々インプットしたものを「感想」「考察」「レビュー」みたいなかたちで少しでもアウトプットしたくなってきた。

そして考えたのが、今まで日記の中にごちゃごちゃ書いていた本の感想をMARKSから出ている「Reading Edit」という 読書の感想用に特化したノートにまとめる、というかたち。

今さっき、わたしは記念すべき最初の感想を書き終えたばかりだ。
その作品がこの記事のタイトルにした吉田修一「パレード」
紙に書いて、フゥ、と自分の中でこの作品についてひとつ咀嚼し終えて、さぁ次の本…といこうと思った。
でも、わたしは貧乏症なので、ここまで書いたならこれ誰かに見せたいなーっていう気分になってきた(貧乏性っていうか、自己顕示欲強いのかなぁ…)
そしてピンと閃いた。

久々にブログ書こう!!

短くまとめるつもりだったのに、結局長々書いてしまった。
つまりは単純にがんばって書いたから「誰かに見て欲しかった」

最初からそう言えよ!って自分で自分のめんどくささに辟易したが、そんなわけで、また本の感想書いたらブログ書こうと思います。
良かったらまたお付き合いください。


+++++++++++++++

(本題はじめ)


この作品を手にとったキッカケは、直木賞作家の吉田修一の初期の傑作、と聞いたから。
また、映画の「悪人」がとても好きだったので(ここ数年で「悪人」を超える邦画にまだ出会っていない。ああいう泥臭い、人間臭い映画が公開されて、ある程度興行収入が得られるしくみが日本にあることにちょっと感謝しているくらいだ。あまりにいい映画なので、まだ見ておられない方に広くおすすめしておきたいところだけど、子どもにはわからないと思うので、精神年齢の高さに定評のある方にだけこっそりオススメしたい。主演の妻夫木くんと深瀬さんも素敵だけど、わたしは満島ひかりちゃんと岡田将生くんの演技についてもすごくすごく心に残っている。演出も映像も、役者の演技も、ぴたりとハマっていた。ハリウッド映画には出せない泥臭さ、人間臭さだ)

こんな調子で映画「悪人」について延々と話し続けられそうなくらいには「悪人」が好きなのだけど、実は吉田修一さんの小説を読むのはこの「パレード」が初めてだったりする。
賞を獲った作品だと聞いたし、ペンネームも強面だし(?…最近の作家さんはちょっとオシャレなペンネームが多いので、それと比較して普通っぽい名前ですよねですよね…?)どんな硬い、読みにくい文体かと思ったら、ものすごく軽くて読みやすくて驚いた。

物語の筋書きはこんな感じ。

強い思い入れがある友人同士でも、恋愛関係にあるわけでもない男女5人が狭めのマンションの一室で共同生活を送っている。
大学生のサトル、人気アイドル俳優を恋人に持ち、彼からの掛かってくるのかこないのかわからない電話を待って1日をすごしている琴美、不仲の両親を持ったがゆえに男性に対して暗いトラウマを抱えている未来、男娼のサトル、映画の配給会社に勤める直輝。
共同生活を送るキャラクターの一人称視点が章ごとにリレーのようにつながっていく連作長編の形式で、時系列通り、とりとめのない、本文中の表現を借りれば「まるでチャットルームにいるような」匿名性の高い、誰もが「自分」を演じているかのような日常がつらつらと語られていく。

退屈な小説だなぁ、と9割をだらだらと読んだ。正直、どうしてこれが山本周五郎賞なんだろう?と思った。

ところが、ラストの章で青春群像劇のようだった物語は一転「世にも奇妙な物語」のような「こわい」話だったのだとわかる。

正直わたしは冒頭付近と中間部にあった「巷ではある事件が起きていて、世間を騒がせている」という大きな伏線の存在をすっかりぽっかり忘れていて、最初ラストを読んでも「????」状態だった。
どうしてあの人があんなことをしたのかも分からないし、突然すぎる!と。
でも、作品の9割を前フリに使う大胆な手法と青春小説としてのレベルの高さはすごいと思う。
山本周五郎賞を獲ったのも頷ける、初めて本を読む人よりも数多くの作品に触れてきた玄人にうけそうな、捻くれた魅力のある作品だと思った。

個人的には5段階で3くらいの好き度だけど、読んで語り合いたい部分がとても多い作品なので、気になった方はぜひ読んでみてください。
そして、ラストの感想を語り合っちゃくれまいか。わたしはいま、話したくてウズウズしてるけど、誰もこの気持ちを分かり合える相手がいなくてムズムズしています。ムズムズ。


【山小屋というよりはロッジ風の小さな別荘でさ、何度かドアをノックしてみたけど、中には誰もいなかったんだ。考えてみれば、八ヶ岳といえば避暑地だもんな。で、諦めて駅へ戻ろうと思ったんだけど、ああいうのをなんて言うんだろうな、急にさ、急に『目の前にあるガラス一枚、お前は割れないのかよ』って誰かの声が聞こえてさ、別にどうしてもその山小屋に入りたいと思ってたわけじゃないんだぞ。それなのに、そんな声が聞こえると、なんていうか、入ってみたいような、入らなきゃいけないような、そんな気になるんだよ。もちろんその山小屋が他人の持ち物で、そこのガラス割って侵入すれば犯罪行為になるってことぐらい、頭では冷静に分かってんだよ。それなのにさ、なんていうのかな、今俺は家出中なんだってことに少し興奮してたのもあるのかな、その山小屋の中へさ、もっといえば、見知らぬ他人の持ち物であるその山小屋の中へさ、無理やり侵入してみたいっていうか……、無理やり自分の体を押し込んで、その山小屋自体を自由に動かしてみたいっていうか……、そんなヘンな衝動に駆られたんだよ】


フォアグラ弁当のことで考えた

※わりとまじめな話。


昨日の夜ツイッターで「ローソンで販売予定だったフォアグラ弁当が反対団体の意見書を受けて中止になった」というニュースを見てから、ずっとフォアグラ…というか「動物愛護」と「食肉」という対立機軸論について考えていた。
わたし、実はこういうことを考えるの好きなのです!
まだ社会的に「答えの出ていない問題」だし、答えが出ていない問題の多くには、人によってスタンスを異にする必然があることが多いからです。
同じ題材を突きつけられて、人によってどう考えるか違う、ってこと以上に面白いことはないと個人的に思うのです。
食べることも大好きなので、答えの出ていない「食べ物問題」ときたら考えざるを得ない!
せっかくグルグル考えたので、わたしがどんな道筋で考えたのかをここでちょっと発表会してみます。
これを読んでくださる方にもちょっとでいいので、考えていただければ。そしてその材料に少しでもなれば幸いです。

まず、「動物の血肉を食べる」ということに関わる問題で重要になるのは問題提起している人の立場だと思います。
ここがいちばんの誤解のもとで、事実として知っておいてほしいことなのですが、一口に食べ物を「これを食べるのをやめよう!」って言ってる人の中にもいろんな人がいます。
すごく大雑把にざっくり分けてこんな感じ。

1.「肉」を食べること自体が駄目(完全菜食主義者さん)
2.野生の動物の肉を食べるのは駄目(家畜の肉はあり)
3.特定の動物の肉は駄目(イルカ、クジラ系を主張する人は多いですね)
4.野生の動物とか家畜とか分け目はつけないけど、酷い育て方して食べるのはやめよう

この「大まかな考え」のいくつかを複合している人もいます。
例えば2と4とか。野生の動物は駄目かつ酷い育て方反対。
3と4も多いですね。酷い育て方も駄目だし、クジラも駄目とか。

完全菜食主義は、とてもシンプルであまり誤解がない考え方なのでサラッといきますが、自分が生きるために生きてるものを殺すのはナシ、って考え方。
とてもストイックで、肉の美味しさを知っている人間としてはガンジーばりのまぶしさを感じます。
こうなれる人はかなりの聖人感が。
ツイッターに出ている意見をザっと見ると、「フォアグラを残酷とかいうならさ、お前菜食主義になれよ!」っていうのがとても多くて、わたしはこれがいちばんの違和感でした。
でも、さっきも言ったように「食べ物問題に何かしら反対意見を出してる人」がみんな菜食主義の立場をとっているわけじゃない。
だから、フォアグラが嫌だと言う人にお前は肉食うなと言うってことは、「ワンピース」が嫌いといった人に漫画全般読むなと言っているようなものです。「ワンピース」が嫌いだからって漫画全部嫌いとは限らないのにそりゃ殺生な、です(わたし、ワンピースにはなんのうらみもないよ!!)

…変なたとえ失礼しました。
「食べ物にケチつける奴の中にもさ、いろんな立場があるのはわかったけど、なんでそういう立場の違いってでてくるわけ?」という疑問がある方向けに、次はその立場の違いが生まれるポイントをざっくり語ってみます。

「食べるために動物をとる」って行為には大まかにわけて
・野生の動物をとってたべる
・自分で育てた動物をとってたべる
という二つの方法があります。
前者はいわゆる「漁」ってやつ。
海にいる魚をとって食べる。
「野生動物をとって食べるのはあり?なし?」
この設問を仮に「あり」にしたとしても、次に「何を、どの種類を食べる?」ということに関する問題がここには生まれます。
今回は深く語らないけど、このわけ目でもいろいろ問題があるわけです。

で、今から考える「フォアグラ」は野生にいるのをとってるんじゃなくて、食べるために育ててる鴨やらガチョウやらの臓器を加工したものです。
ので、「食べるために育てた動物」に関わる問題です。
「食べるために育てるのはあり? なし?」
ありにしたとしても、ここではその育て方どうなの?という考えの人が生まれます。
それが多くのフォアグラ反対派さんたちです。
こうして分けて考えていくと、フォアグラ反対派の人は「食べるために育てる」=「養殖」すべてに反対してるひとばかりではないっていうのは明らかですよね。
もしそういう人がいたとしても、それはいくつかの考え方を複合している人だということです。
その人が菜食主義のフォアグラ反対派だということです。
でも、誤解してはならないのは、「食べるために育てるのはいいけど、その育て方があまりにヒドイものはやめようよ」っていう人がフォアグラ反対派の多くだということ。そこを誤解している人の多くが「フォアグラ駄目っていうなら肉食うな」と言っています。
でも、それは違います。
いちばん最初に言った動物の血肉を食べることに対する考え方のタイプ4にあたる考えの人が多くを占めています。
わかりやすくまとめると「動物を食べるのはあり。食べるために育てるのはあり。でも、その育て方がひどすぎるのはやめようよ」
これが多くのフォアグラ反対派さんの立場です。
どうせ食うんだから何を甘いことを…と思う人もいそうですが、人間の感情として食べるまでの過程、生育の段階で動物をあまりに痛めつけるのはどうなの、って気持ちになっても不思議はないんじゃないかな、っていうのがわたしの個人的な考え。気持ちわからんことない。
特にフォアグラは病気にさせられてる、っていうところに嫌悪感が強い人が多いみたいです。なるほどなぁ。
このような考え方…つまり「動物から命をいただくにしても、その命をいただく過程をより苦痛の少ない健やかなものにしよう」という考え方を「アニマルウェルフェア」という概念として外国では定義しているそう。
日本ではツイッターでの極論の流布からも察せられるように、全然定着してませんが、動物先進国と呼ばれているスウェーデンやドイツではこの「アニマルアニマルウェルフェア」の考えに則って、家畜のニワトリや豚にも健やかな成育が望めるだけのスペースを確保して育てることが義務付けられています。
こういう考えの根付きつつある国々では、フォアグラは特に酷いものだとして反対されています。
フォアグラの作り方は結構ショッキングなのでわたしがここで説明するのはやめておきますが、フォアグラの作り方を知らない方で覚悟のある方は動画サイトに解説動画がたくさんあがっているので、ひとつでいいのでご覧になっていただければ。
「残酷」と言われるだけの理由がわかると思います。

長々書きましたが、個人的にこういう問題って結局は「事実をみんなが知った上で、どこで線を引くか」を決めるしかないんだろうな、と思っています。
哺乳類で線を引く、可愛いかそうでないかで線を引く…考え方の違う人のいろんな「線」が食肉の問題にはあるけど、それをひとつひとつ理解して、自分は、自分の所属するコミュニティはどこに線を引くかを国単位、コミュニティ単位で考えるしかない。
さらにいえば、線の場所はその時代に生きる人が常に考えて線を引く場所を微妙に変えていく必要もあるんじゃないかと思う次第です。
他の国との兼ね合いや、時代の変化も線の位置に影響するはずだと思うので。

個人的な意見を書かせていただきますが、せっかくメディアにとりあげられたのに、何も調べず、表面の情報だけなぞっただけの知識・感覚だけで「なに甘ったれたこと言ってんだよwww所詮この世は弱肉強食。残酷とか甘え」って断じてしまうのはせっかく話題にのぼった意味がないと思います。ニュースは考えるキッカケにしてこそ価値があります。
反対派の人の声にも耳を傾けた上で、ひとりひとり自分はフォアグラに対してどう考えるか、是非考えてみてください。
「正解」はない問題ではありますが、わたしたちの暮らすこの日本という国単位で、フォアグラ…ひいては「食肉」にまつわる問題をどう考えるか。フォアグラだけじゃなくてクジラやイルカのことが諸外国との軋轢を生んでいる今だからこそ、よくよく考えて「日本なりの答え」を出す時期はきっときているんだと思います。
正解はなくても答えなきゃいけないときって、あるよね。
食べることってなんでこんなにむつかしくて、大切なんだろう。
昨日はそんなことを考えました。

「言の葉の庭」感想



見てきました、新海誠監督最新作「言の葉の庭」

予告編の時点でわかっていた情報「主人公は靴職人を目指す高校生の男の子」「年上の謎めいた女性との恋のお話」「主な舞台は新宿御苑」「ふたりは雨の日に逢瀬を重ねる」にもう既にときめいて「これは絶対大好きな作品になるぞ!」と思っていたのですが、やっぱり大好きな作品になりました。

新海監督の過去作品である「秒速5センチメートル」と比較しつつ、わたしなりのちょっとした考察と感想になりますので、今作「言の葉の庭」と「秒速」のネタバレ要素を含んでいます。お気をつけください。
(ネタバレしてても作品楽しめる派の方は気にせず読んじゃっていいと思うのですが、一応ご注意でした)



いきなりになりますが、私が今作「言の葉の庭」を最後まで見て最初に思ったことは、「秒速5センチメートルに限りなく近い雰囲気の中で全く別の結論、在り方を提示した物語を語った映画、言ってみれば秒速のA面」ということでした。

新海監督の代表作である「秒速5センチメートル」という映画の中で描かれたのは、「幼い恋のはじまりと、時間と距離に翻弄されてふたりの想いがいつしか離れていくまで」という、ハッピーエンドを基本としているはずのアニメ映画の中である種の異彩を放つ結末でしたが、細部まで描き込まれた背景のリアリティも手伝って、「たぶん普通の人にとって、秒速≠ナ描かれた結末こそがリアルな、普通の恋の物語なんじゃないだろうか」という強い衝撃を与えたように思います。
恋する二人が困難を乗り越えて幸せに一生一緒にいました、というアニメ映画で描かれる恋物語の結末とは真逆の、ある種残酷な「現実」を描ききった。

わたしはそんな「秒速」の物語を、「カセットテープのB面」にあたるものだと解釈しています。
とか言ってもわかりにくいので、ちょっと噛み砕いて説明しますと、新海監督の永遠のテーマとわたしが勝手に解釈している「繋がり」というものを軸に考えたときに、「秒速」は「繋がりを失う物語」です。
「こんなんじゃ繋がれないぜ」という、「こうだったら駄目だ」の物語。
けれど、「言の葉の庭」で監督が描いたのは、「繋がりをつなぎ止める」「こうしようよ」の物語でした。
つまりこの作品は「秒速」で書かれた同じテーマを、今度は「A面」から描いたものだと思うのです。

「言の葉の庭」は雨の日、お互いに誰にも口には出せない悩みを抱えて、逃げるように雨の新宿御苑で時間を過ごしていたふたりが出会い、静かに心を近づけていく物語。
根底にあるテーマは「秒速」と同じですが、よりあたたかな気持ちで最後まで見られるのはまちがいありません。

けれど、そんな「A面」の物語にも関わらず、監督がチョイスしたロケーションが「雨の日」であることが大変ひねくれていて、監督は自分のメッセージを眩ませる天才だなぁ、とちょっと微笑ましく思いました(笑)
雨というのは、言うまでもなく殆どの人にとって憂鬱で「暗い」イメージのシチュエーションで、古今東西の作品に「悲しい」シーンの演出のために登場しています。
雨の中、恋人がどこか遠くに離れていく、とか定番ですよね。
けれどそんな「雨」を、「言の葉の庭」のふたりは待ち望むのです。
その日だけ、ふたりは「会ってもいい」と決めている。どちらがそう言ったわけでもなく、自然に二人の中でわきあがった「取り決め」として。
次に彼女に会える雨はいつだろう、と彼は待ち望み、彼女も「今度の雨には会えるだろうか」とどこか期待する。
雨はふたりにとって、息苦しい日々の中で幸福を感じられる「恵みの雨」です。

そんなあたりが「秒速」で決定的な「別離」の瞬間を美しい桜の描写とともに描いた監督らしい。
桜の咲く季節は4月で、日本では「始まり」の季節。
入学式といえば桜。なのに、監督は桜を最後に別れの象徴として描いている。
あのシーンはとても美しいですが、同時に捻くれていて、そこが監督らしさだなぁ、と。普通「別れ」を「雨」で、「はじまり」を「桜」で描くところだと思うのですが。

また、新海作品の背景の美しさは自主制作映画だった「ほしのこえ」から綿々と続く重要な要素ですが、今回もそのあたりは爆発していて、ほんとうに綺麗です。
パンフレットの解説によりますと、背景となる色を人物の陰にも反映させる「反射色」という技法を使った表現を試みているそうで。
人物の陰の中に緑が置かれていたり、光の中に黄色が混じっていたりしているのですが、ものすごく自然でかつ独特の美しさのある映像になっていて、絵のことは素人のわたしでも感動しました。
また、個人的な感想ですが今までの新海作品でいちばんキャラクターデザインが好きです。
人物のタッチが「星を追う子ども」よりも大人っぽく、かつジブリにも通じるクセのない絵柄に変化しているのが好きです。
この絵柄で「秒速」や「ほしのこえ」を見てみたいなぁ、なんて妄想してしまう。

加えて、新海作品を見るといつも思うのですが、新海監督の描く「美しいもの」はわたしたちの身近にいつも存在しているのに、その美しさを普段忘れてしまっているもの、ですよね。
パンフレットの中で「秒速」のノベライズを手がけてらっしゃる加納さんがおっしゃっていた「美しいものがあるのではない、美しいものの見方があるだけなのだ」という言葉に激しく頷きました。
わたしたちは美しいものに囲まれて生きているはずなのに、普段は心の目を曇らせていて、美しいものを見逃しているんでしょう。
こんなに美しい世界に生きている幸せに感謝しないとなぁ、としみじみ思いました。

もの悲しい雰囲気なのに、どこまでも優しい・暖かな映画ですので、興味のある方はぜひ!そして新海作品にはまってしまってください〜* そしてあわよくば誰かと語り合いたいわたしです。ソワソワ。



※本作には同時上映の「だれかのまなざし」というショートもありました。
これも素敵だったのですが、感想を書くとオールネタバレになるので自重です。
こっちもあたたかな気持ちになれますよ。
家族って素敵。


今更2012年に萌えたBL漫画ランキングを発表してみる2


昨日に引き続き発表の続きです。
今日は4位まで!



7位



木原音瀬さんのオリジナル原作と小椋ムクさんの作画!ということでcabの目玉連載として始まったこの作品も約4年の月日を経てようやく完結。
この作品が雑誌で始まった当時、わたしはBL小説ってあんまり読んだことがなくて雑誌についていた「キャッスルマンゴー」のプロローグ的な木原さんの小説「リバーズエンド」がほぼBL小説初読みでした。
懐かしい。いまはちょこちょこですが、小説も読んでいる感じになりました。

とまぁどうでもいいことはおいといて、この本とにかく分厚い!250p超えです。
1巻で十亀がゲイと知った万は弟を十亀に狙われていると勘違いして、十亀の注意を自分に引きつけるため、十亀に「酔った勢いで抱かれた」と嘘をつき、付き合い始めるのだが、次第に万自身、十亀のことを好きになっていってしまっていて……というところまでだったのですが、2巻はそんな「万が最初についた嘘」が十亀の知るところになり、同時にいろんな勘違いも重なってふたりがすれ違うエピソードを中心に展開されていきます。
すれ違いメインな上にさすが木原さんと言うべきか、ふたりの周囲に次々と「うへぇ」って思うような大変なことが起こるので、なかなか甘い雰囲気にはならないのですが、だからこそラストが美しく、特に十亀の変化がすごく愛おしく感じられるのが素敵でした。
「キャッスルマンゴー」2巻のその後のお話と十亀の過去が描かれる木原さんの小説「リバーズエンド」もとても素敵ですので、「キャッスル〜」が気に入った方はぜひこっちも。キャッスル〜のふたりがより愛おしくなること請け合いです。



6位



やーーっと新作でた!
河井さんすごく好きなのですが、もう遅筆で遅筆で……。
BL作家さんの遅筆な方のコミックスの出ない具合は冨○義博が聖人に見えるレベルです。

この作品もコミックスになるまで紆余曲折あったようで、元々はCRAFTさんで連載されていた作品を他社である新書館のDear+さんに移籍して連載続行、現在も進行形です(わたしたまたまDear+読者なのでリアルタイムで読んでいますが青春花〜が載るのは三ヶ月に一本がいいところですね…ああ、なんて遅筆なの河井さん…)

でも、面白いです(キッパリ)
繊細で美しい絵柄と、センシティブなモノローグ、何より演出力があって、物語にグッとひきつけられます。

あらすじとしては、所属していたサッカーチームから突然契約を切られたサッカー選手の竹中。
少し前に恋人とも別れ、自棄にやっていた竹中は学生時代にいろいろあった先輩・山崎に身を任せる。
未来のわからない、出口のない日々の中で竹中の脳裏に蘇るのはほろ苦く、もどかしかった懐かしい学生時代の記憶で……というお話。
現代編というべきプロサッカー選手だったが契約を切られたばかりの竹中が山崎と再会するお話は冒頭の2話のみで、そのあとはずっと学生時代編になっています。
物語は竹中と山崎先輩を中心に展開していますが、学生時代竹中が片思いをしていた同級生・古村と彼に名前も容姿もどことなく似ている竹中の元彼・吉村も今後お話に深く関わってきそうで、「過去、竹中と彼を囲む人間の間に一体何があったのか」が大変気になる展開。
こ、これを年に3回掲載されるかされないかのペースで読まされるこの鬼畜ぶり……!さすが河井さんです。
でも一生ついてく……。
気になった方はぜひぜひ!面白いことは保障しますんで!



5位



お話のあらすじとしては、流行らない探偵事務所をやっている鵜飼の事務所の隣にある日、新たに探偵事務所が開業した。しかも相手は高校時代の同級生の近道。同業者の隣に同業種の事務所を開くなんて非常識だと猛抗議した鵜飼だったが、近道にはアッサリ受け流されてしまう。高校時代の近道とのどうということもないのに今でも胸が少し痛くなる思い出と、小さい頃の鵜飼を襲った苦い過去。そして、今になって近道が鵜飼の前に現れた理由……いくつかの過去が繋がっていく再会ストーリー、といったところでしょうか。

連載をリアルタイムでおいかけていたんですが、初回は「んー、探偵もの…?」くらいの感じであまり好きなお話じゃないかなーと思いながら読んでいたんですが、3話くらいからの盛り上がりがすごく好きで。
1・2話でわけのわからんかった攻めの近道の心情が3話解き明かされるからでしょうか。
攻めがデレてようやく受けの鵜飼の可愛さも理解できて、一気に感情移入して読みました。
近道からあふれ出る「傍から見るとすげぇ出来る人なのに恋愛となると歪んでて残念ででもとにかく受けのことがすき」という一見パーフェクト中身駄目駄目ぶりが大変に好きです。

また、ギドさんの作品はどれもなんですが、ちゅーがえろくて可愛いです。
わりとさらっと、ガサっとした細い線の作画だと思うんですが、それが一瞬の表情を不安定に、だけど繊細に捉えていてものすごく萌える。
えろも同じでなんだかすごく幸せそうというか、お互いにすごく必死に、夢中になっている感じがするのがすごくいいなぁ、と思っています。

書き下ろしはそんなギドさんのえろくて必死なえろがいっぱい見られるのと同時に「このふたりにはお互いにしか埋められないものがあるんだな、だからふたりは結ばれたんだな」と実感できる素敵なエピソードになってますので、雑誌派の方も必見です!



4位



EDGEコミックスらしいオシャレな絵柄でリリカルに綴られる大学生同士の「ルームシェア」カップル話です。
読みながら「お前ら俺の家の隣に引っ越して来い!!今すぐだ!そう今すぐ!」と叫びました。
だってあんまり可愛いんだもの……。
キャラクターとしては大雑把でちょっと田舎者っぽくて世話好きで友達の多いノンケ(と思われる)の田中と、イケメンでクールで神経質でオシャレで面倒くさがりで交友関係狭めでゲイ(たぶん)の大原、という組み合わせで田中が攻めです。

作品としては「ルームシェアしてる大学生の生活・日常・些細なすれ違いと繋がりを描く」という感じで、イシノさんの漫画は線が太めで、コマも四角でキッチリ割られてることもあって、すごく淡々とした読み味なのですが、その淡々とした雰囲気がそのまま作品の空気になっていて、とても素敵です。

受けの大原はかなりツン強めの受けなのですが、1話に1回くらい「うわぁぁぁぁ」って叫びそうになるようなデレがあって、そこがもう転がるくらいに萌えます。
一見田中が大原のことが好きだから続いてるように見える関係が、実はずっと大原のほうの気持ちのほうが重いんだな、ってことがデレる大原の姿から伝わってくるんです。
あ、でもデレるって言っても大原が直接田中に頬染めて「好き」っていうとかそんなんじゃなくて、もっと間接的なデレです。
その愛を!田中に伝えてやれよぉぉぉって転がること何度目か……。
不器用な大原かわいいなぁ。気づいてない田中も可愛いです。要するにどっちもかわいい。

大学生のふたりはお互いにいろんなところが穴ぼこだらけで、駄目駄目で、でも、そういうふたりが穴だらけのまんまで一緒に小さな「家族みたいなもの」をやっているのがとても愛しい。

男の子ってなんていとしいの!と思える素敵なオムニバスです。丸々一冊ふたりのお話ですので、1話は短いですがかなり満足感があります。オススメ!


ものすごく今さら発表する2012年の萌えたBL漫画TOP10

こんにちは! ものすごくお久しぶりです。このブログを書いてる人、ゆきおです。
あけましておめでとうございますを言う暇もなく新年明けて3ヶ月が経過してしまいました。
アレ? こんなはずでは…。入学やら就職やらで環境がガラっと変わった皆様も、わたしみたいになんにも変わんない人も、今年も一年張り切っていきましょう(と言いつつもう一年の四分の一過ぎ去ってるけどね!)


では本題!恒例行事になっていた2012年に読んだもので面白かったBL漫画ランキング大発表です。
去年は殆どレビューできなかったので、もう語りたいことがいっぱいあってランキング自体はちゃんと去年に作っていたんです… 嗚呼、言い訳。



ドラマティックな感じで10位!




去年西田東さんは結構な冊数出て、どれも面白かったのですが個人的にはこれがダントツ良かった!
今回はブラックな西田さんです。ので、ギャグは薄め。

高校教師の城田には高校時代からの付き合いのヤクザの友人・姫野がいる。
姫野は時折城田の家にやってきては、何ということもなく帰っていく。お互いの間にある「何か」をまるで避けるように……

というような導入のお話。
攻め×攻めっぽい雰囲気でブラックで、やるせなくて、「善悪って? 愛って何?」といろんなことを考えました。
どうやっても「悪い」世界から抜け出せない、一生「いい子」「普通の人」にはなれない、悲しい「業」を背負った姫野をどうしようもなく愛した城田が、姫野のために何を決断するのか……そこがお話のキモになっています。

西田さんの作品は決して言葉で多くを語らないのですが、キャラクターの表情が、切り取られたシーンが、描かれた風景が、いろんなものを語って、胸にせまるんですよね。
そこがすごく好きです。作風としてはすごく地味で、絵柄も若い子中心にあんまり好かれない感じだと思うのですが、西田さんの作品はどこまでも「恋愛」であることに真摯な作品なのでぜひ一度お試しアレ!
邪道に見えて、どこまでも正統派の作風だと個人的には思っています。
わたしはカップルのどっちかが駄目人間なパターンに大変弱いのでこのお話と「ディヴィジョン」が大変お気に入りです。「LIFE,LOVE」もオススメ。




9位



石原さんも去年は珍しく多めにコミックス出て嬉しかったなぁ!
石原さんはちっとも完結しない現在進行形の長編と初期のガチサイバーファンタジーと単発系が作品リストにグチャグチャに並んでいて手を出しにくい作家の一人だと思いますが、個人的にこの「LOVE的」は石原入門にピッタリの作品だと思いました。
お話はなんてことありません。
フツーに格好いい、ちょっと悪いところのある高校生の親友同士の片方がある日突然「俺お前のことが好きで好きでたまんねぇんだけど、このカンジってお前をやっちまいてぇってことかな?」と言う……というところから始まるラブコメディ。
BLにはよくあるお話で、王道中の王道と言うべきシチュエーションじゃないかな。
もー今まで何百という作家さんが自分なりの「親友が突然おれを好きと言った」という話を書いていると思うのですが、やはりそこは石原さんですね。
男の子がクソ格好いい。
でも、「なにこのスーパー攻め様…?」みたいなあまりにスペック高すぎてこっちが引くような格好良さではなくて、人間味のある、「なんか探したらこんな二人いるかもしれない!」と思うくらいのリアルさと「いてくれたらいいな」という理想が程よく、しかも絶妙にブレンドされているんですよね。
ふたりの会話や距離感も「好き」といわれた瞬間に乙女思考になるのではなくて、あくまでバカを一緒にやっている親友同士の距離感を保ちつつ、「恋愛」という要素がときどき見え隠れする。
「ああ男の子ってこうでなくっちゃ!!」って思うわけです。
男の子同士の恋愛でなくてはならない理由のすべてがここにある。
BLって、素晴らしいものですね。これは決して少女漫画では描けないお話です。
石原入門にも、BLの原点に立ち返る意味でもぜひぜひ!



8位



去年鮮烈にBL業界に現れた少女漫画からの刺客・緒川さん。
なんでも元々は花ゆめ系で活躍されてた作家さんだそうで(別名義ですが)
しかもご本人は双子の姉妹で姉妹も花ゆめで描かれている漫画家さんらしいです。
二重にビックリ。
(単なる噂なので真偽のほどは知りません。でもおそらく本当、かな?)

去年の暮れに出たリブレの18禁アンソロでも鮮烈な作品を描かれていて(これも大変よかったです。もはやバッドエンドレベルの痛々しさ。世界中に大切なものは相手しかいない系破滅BL)、痛い系のお話がお得意なのかなー?と思っていたのですが、先日出た2冊目の単行本「このおれがおまえなんか好きなわけない」はガッチリコメディで、こっちもすごく面白かったです。
いろんな作風を描けるマルチ作家さんでした。今後も要注目だと思います。

で、本題の「王子と箱庭」ですが、このお話は世話係がいるほどのお金持ちの子どもだった譲はある日、父の会社の倒産でお金持ちから一転、住む家もないその日暮らしのホームレスに成り果てる。
詐欺の片棒を担いだりして日々を暮らしていたのだが、ある時昔住んでいた豪邸を譲の世話係をしていた岩瀬という男が買い取って暮らしていると知る。
岩瀬を騙して金を盗もうとする譲だが、逆に岩瀬に捕らえられてしまい…?というお話。

監禁×主従×騙し騙され というなかなかハードな要素を詰めつつも全体としてはそこまで暗くなりすぎず、とても読みやすくまとまっているのが印象的なお話です。
どこまでも暗く陰鬱に描くこともできるテーマだと思うのですが、元々緒川さんの絵柄がかなり繊細でせつなげな雰囲気なのであんまり悲惨なことを描くとちょっとコワイくらいになってしまうので、とてもバランスがいいなぁ、と感心しました。
だからといってお話がナイヨーな雰囲気漫画ではなくて、ちゃんとキャラクターの心情を追って繊細にお話が展開していく構成は見事。
岩瀬の愛なのか執着なのかわからないけど、とにかく自分しか見ていない盲目にとろかされて、甘やかされて「期待」していく譲の感情の変遷には胸が痛くなります。

さすが他のジャンルで描いていた人だな、という感じでとにかく変形ゴマや時間のとり方、モノローグの挿入の方法がすごく上手くて、とにかく読ませる漫画。

また、同時収録の「断熱線上の鼓動」という前後編もものすごく良かった!
高校生同士のヒリヒリした感情を「境界線」というモチーフを上手く使って印象的に描いておられました。
緒川さんはすごくセンスがよくて、出てくる小道具とかキャラの履いてる靴とか、オシャレで好きです。

攻めがどっちもヤンデレチックなのもほの暗い雰囲気に一役買っていて、良かったなぁ。

ちょっと痛いくらいのお話が好きな方にオススメです。




長くなってきたので続きはまた今度!



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