テレビで、『相方』を『愛方』と表記していた。
お笑い芸人の話だ。
相方が大好き芸人、とか、そんな感じのやつだ。
先日、髪を切りに行った。
実に一年振りの散髪だった。
担当はハナダさん。因みに仮名。
良い美容師との出会いは運命によるものだとあたしは信じてる。実に女くさい子宮的な思考だと自覚してる。
あたしが愛した過去二人の美容師は、一人は退職、一人は出世して他店の店長になった。
二人ともあたしのなりたいイメージを上手に表現してくれた良い美容師だった。惜しい人を亡くした。(死んでない)
ハナダさんは二人目の美容師の後釜だった。
スタッフはみんなハナダさんに指示を仰ぐ。店長オーラが出てる。たぶん店長なのかも。
あたしは美容師との会話が苦手だ。だから用意された雑誌にすぐ手を伸ばした。
あたしはファッション雑誌を買わない。特にan・anは買わない。だからan・anを手に取った。
それでもなんだかんだと会話は交わす。
それで、なんでだか鋏の話になった。
やれ毎日の手入れが必要だの、やれ値段はピンキリで1万から、高いものは10万するだの、年に一回は研ぎ師に出さなきゃいけないだの。
因みにこんな話は過去、よその美容師と何度もした事がある。あるのだが、なんとなくしてしまった。なんとなくついでに聞いてみた。
「普段はどこでカットしてるの?」
他店の偵察ついでにカットしてもらいに行ったりするの?と冗談めかして尋ねたら、それよく言われます、と苦笑いされた。
「こいつイイ鋏使ってんな〜、とかある?」
と聞いたら、それはありますね、とハナダさんは答えた。素人目には区別がつかない銀色の鋏は、見る人が見れば良し悪しがすぐに分かるらしい。ふ〜ん、である。
この鋏ね、とハナダさんはあたしの髪を切っていた鋏を鏡越しに見せてきた。
「他店でカットしてもらった時、担当の美容師が使ってて、いいな〜と思って、それで買ったんです」
また、ふ〜ん、である。
そんな出会いもあるのか。
鋏は美容師の商売道具であると同時に仕事のパートナーだ。切れ味、寿命、価格、それに指との相性が絶対条件となる(に違いない)。自分の為だけに厳選された一本だ。
ふと鏡横の壁に飾られた数枚の写真が目に入った。壁の一角にランダムに5、6枚飾られている中央、鋏の写真があった。
入れ替わり立ち替わり、ハナダさん以外の男たちがあたしの髪をこねくり回す。そのうちの一人が言った。
「そこの写真、全部ハナダさんが撮ったんですよ」
アートな写真たちはポストカードにしたいくらい、とにかくアートでしゃれおつだった。
カメラ芸人の小藪が見たら「イキっとんちゃうで」と言うかもしれないが、あたしみたいな素人には十分すぎるほどの立派なアート。
「わ〜すご〜い」
といかにも女子な感想を述べて、あたしは女子か、と心中で自身にツッコミを入れる。
ハナダさんは写真が趣味なのだ。
ああ、これが例の鋏か。あたしは理解した。結局最後まで聞かなかったが、美しい風景や空や、セピア色の写真たちの中央に鎮座していた鋏、あれはハナダさんの鋏に違いない。聞かなくてもよかった。
『相方』である『愛方』。
なるほど、そう思うと、そう見えなくもない。
美しい写真たちに負けず劣らず、彼の鋏は光っていた。