2010-3-7 09:44
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オリジナル話
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「チェシャ猫……。」
「何?帽子屋。」
帽子屋は、血に濡れたナイフを片手に、チェシャ猫を見た。
チェシャ猫は何時も通りに、茨の木の枝に乗り帽子屋の気も知らずに、寛いでいた。
帽子屋の目の前にはアリスに手を出そうとした男の死体が、無惨にも転がっている。帽子屋だって、最初は話し合いで解決させようとしたが、男は、話を聞かなかった、聞こうともせずに、掴みかかり、銃を取り出してきたのだからたまらない。帽子屋は反撃をし、つい殺してしまった。
「どうして、俺はこんな終わらせ方しか、出来ないのだろう……。」
チェシャ猫は帽子屋を見た。
はじめて会った時も、言った台詞だと、思い出した。
「チェシャ猫……駄目だね。」
「……何が?」
帽子屋は帽子を脱いだ。
そして天を仰ぐ。
「アリスの“死”の概念が無い。」
「……だから?」
帽子屋は何を思ったか、自分の喉にナイフを当て、力いっぱいに突き刺した。
喉から血が溢れ、口からも溢れ、服を汚す。
「なっ……!」
チェシャ猫は帽子屋に駆け寄る。
が、帽子屋は瞳に光を宿して、血が溢れる様をただ見ていた。
「……ほらね。」
帽子屋は普通に喋っている。
寂しげに、表情を歪めていた。
「“死なない”のだよ。」
静かに、チェシャ猫は猫の小さな口を開いた。
「けど、痛いだろ。」
チェシャ猫は、悲しそうな顔をして帽子屋を見上げていた。
「……い、痛いだろう、それが“生きてる”証だろう?」
それじゃ、駄目なのか?
チェシャ猫は泣きそうな声で、帽子屋に言った。
帽子屋は泣きそうな顔で、喉を抑えた。
「ごめんね、チェシャ猫君。」
帽子屋はチェシャ猫を優しく抱き上げた。チェシャ猫は血に汚れることは構わない、友の為になら、汚れても構わない。
「……アリスのところに行こうか、チェシャ猫君。」
「その前に、怪我の手当てが先だ馬鹿!」
あはは、と笑うと頬に肉球を押し当てられた。反抗しているのだろう。
帽子屋はチェシャ猫の首輪に手をかけた。
「……外そうか?」
「まだ、女王が帽子屋の『アレ』解いてない。」
帽子屋はチェシャ猫の背中を撫で、愛しげに微笑んだ。
「わかった。」
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