ファンタジーの世界へ(オリルシ)

俺はしつこい自称恋人のサラフィナとの婚約を破棄させる為に、ルシフェルを相手役にと頼むこととなった。

異世界から来たと言う話は実のところ半信半疑で、信じきれないところもある。が、少なからずルシフェルに惹かれ始めている俺にとって、これ以上ない口実となった。

探し人の協力とワイマー王国の一時的な市民権。そこまでしなくていいと言われたが、流石に俺も浮浪者のような身分で他国へと移るルシフェルが心配でそうせざるを得なかった、というのが本音だ。あのような者が治安の悪い国へと行ってしまえばどうなるか……それは想像に難くない。

それだけは容認できなかった。

我がサンダー家は、半年に一度懇親会の意味をもつパーティーを開くのが定例だった。そのパーティーへと赴くため正装を身に纏い、俺はルシフェルに用意した豪華な部屋へと足を向けた。この部屋はただの客人のものでなく、特別な相手のための部屋だ。そこに通されず、一般の待合室に宛てられた時点であの女は気がつくだろうに。それでも恋人だから招待されたのだと周りに言い触らしている辺り、本気でわかっていないのかもしれない。ノックを二度打ち、返事が返ったのを確認してドアを開けた。

「準備は出来たか?パーティーはそろそろ………」

鏡の前に立っていたルシフェルに、俺は目を奪われた。

男物の正装は見慣れているはずなのだが、黒を基調とした服と、俺が選んだ瞳に合わせたアメジストの装飾が上品さをこれでもかと引き立たせている。

そして綺麗に解かし、片耳が露出している髪形はルシフェルによく似合っていた。

俺らしくもなく心臓がドクドクと脈打つのがわかる。こんなにも美しいと思った人間は、生まれて初めてだった。

「……同じ男の正装とは思えん」

「それ………けなしてるのか?」

褒めたつもりなのだがルシフェルは肩を竦めて薄く笑う。俺は見とれる視線をどうにか外し、平静を装ってルシフェルに近づいた。

「よく似合っている」

「どうも。………でも終わったら俺はさっさと帰るからな」

「そう言うな。今は俺の恋人だろう」

「今日限りのな。ええと、名前なんだっけ………ああ、サラフィナって女に俺達が出来てるってことをわからせればいいんだろ?でもいいのか、婚約者なのに」

「ああ。この国では婚約者と言ってもそれほどの効力はない。別れるのは本人達の自由とされている」

「へえ、そんなもんなのか」

「俺の両親にはもう承諾は得てある。サラフィナとはきちんと話せと言われただけだ。向こうの親は俺がサラフィナとの婚約の話を進めていると思っているようだが……」

「女がいいように親に嘘をついてるってことか」

癖なのか、綺麗に耳に掛けた髪をルシフェルはくしゃりと乱す。

俺は半ば反射で手を伸ばした。

「そのようだ。俺も結婚に乗り気だから早く式を上げてくれとな。俺が忙しく向こうの両親に会えないことを逆手に取っている」

耳に髪を掛けてやる。思った以上にサラサラの触り心地に俺は目を細めた。

ルシフェルは別段気にならないのかされるがまま、俺との会話を続ける。

「お前も災難な奴だ。どこの世界のストーカーもみんな似たようなもんだな」

「お前もそんな目に遭ったことがあるのか?」

「さあな。時々耳にするだけだ」

耳に掛けるだけのつもりが、サラサラと指で弄んでしまう。それを不審に思ったルシフェルは眉を寄せた。

「おい。もうそろそろ時間なんだろ」

「ん、ああ」

俺は己の中の確かな欲に気がつく。不思議と妙にしっくりとくる感情だった。

「ルシフェル」

「何だ?」

ポケットに手を入れ、取り出したそれをルシフェルに翳して見せた。

「指輪……?」

「ああ。俺の恋人の証だ。受け取ってくれ」

左の薬指にゆっくりと嵌める。まるで、本当のプロポーズをしているかのような気分に陥りそうな己を内心自嘲した。

「……フェイクにしては、結構いいモノなんじゃないかこれ。俺の指にピッタリだ」

「お前用に作らせたからな」

派手な指輪は俺の好みじゃない。シンプルなシルバーと、これもルシフェルの瞳にあわせた宝石をあしらっている。白い指に、それはよく映えた。

「作らせた?わざわざ?」

「その方がリアルだろう?」

「相当サラフィナと結婚したくないんだなあんた」

それもある。

それもあった、が今の本音だ。

「これはお前に本気で贈るものだ。返せとは言わん。遠慮なく受けとれ」

「………………」

ルシフェルは指輪をじっと見つめて呟く。

「確かに、これをしてれば妙なのに絡まれる心配も減るかもな」

「ついでに相手が俺だと公言して構わん。俺の名は少しばかり世間で通っている。妙な輩ももう少し減るだろう」

その意図をどう受け取ったか、ルシフェルは目を細め俺をじっと見つめる。

「純粋な気持ちで言ってくれてるなら、有り難くそうさせて貰うけど……」

に、と妖しく笑いどこか誘っているような含みに期待感が途端沸き上がる。ルシフェルの頬に触れようと手を伸ばす手前。

コンコン、と控えめなノック音が聞こえその手を引っ込めた。

「オリバー、そこにいるのか?」

「はい。どうぞ入ってください」

声の主が誰なのか、直ぐにわかる。

俺が促せばその人達は部屋へと遠慮がちに足を踏み入れた。

「失礼する。パーティーが始まる前に挨拶せねばと思ってな」

「………………」

銀の髪を綺麗に撫で付けた五十代の男と、同年代の控えめな女性が現れルシフェルは俺に視線を寄越した。

「紹介が遅れてすまない。この二人は俺の父と母だ。父上、母上、この人が話していたルシフェルです」

「おお……話には聞いていたが……」

「とても綺麗な子ね……」

二人はルシフェルを見るや否や嬉しそうに頬を綻ばせた。それもそうだ。見た目も去ることながらあのサラフィナとは比べようもないほどの気品がルシフェルにはある。俺は偽装だと言うことを知っていながら、どこか自慢げな気持ちに浸った。

「初めまして。ルシフェル・レイアートと申します。この度はパーティーにお招き頂きましてありがとうございます」

「固くならないで頂戴。私達はあなたにお礼を言いに来たの」

「お礼……?」

「このオリバーはな、聖騎士などと国で持て囃されてはいるがその反面恋愛ごとには積極的ではなく私達も心配していたのだ」

「仕事ばかりで人間味がなくって、恋人のひとりも今まで連れてきたことがないんだもの」

「………………」

聞かされている俺からすれば勘弁して欲しいものだが、この両親は俺が短いながらも数人の女と付き合っていたことを知らないんだろう。

まあ、どれも本気で付き合っていた訳ではない。カウントに入れる必要もないだろう。

「そこまでにして下さい。ルシフェルも困っていますよ」

「いえ、そんなことは」

「でもオリバー、
















ファンタジーの世界へ(サンダー編)

街で小さな喧嘩が起きていると聞きわざわざ出向く必要もないと思いながらも、丁度他の用事もあったためついでに寄ることにしたハーバート。

鎧を纏い、愛馬に跨がり出向いたその先。

殴られたのか口から血を流す一人の青年がハーバートを仰ぎ見た。

そのアメジストの瞳が。

己を見た瞬間にまるで驚いたかのような表情が。

何故か目に焼き付いて離れなかった。












「大人しくしろ!」

「あのガキが悪いんだ!俺は悪くねぇ…!!」

暴れる男をどうにか押さえつけ、騎士二人がサンダーの指示を仰ぎそれを合図に前に前に立つ。聖騎士サンダーに静かに見据えられれば、今までの覇気は成を潜め、直ぐ様怯えの色を見せた。

「さ……サンダーさん……!信じてくれ……俺はあのガキにそそのかされて………」

「そそのかす?一体何をそそのかされたんだ?」

「そ、それは…………」

サンダーは大人しく椅子に座り我関せずの男に視線をやる。

「お前は何をそそのかしたんだ?」

アメジストの瞳がゆっくり動く。

「……………」

「……………」

サンダーと暫く視線を交わした後、目を閉じて薄く笑った。その表情はどこか妖艶さを漂わせ、騎士のひとりが無意識に生唾を飲み込んだ。

「俺も悪気はなかったんだ。脚を開けって言われたんだけど、つい脚じゃなく手が出ちゃって。悪かった、謝るよ」

悪びれた様子もなく謝罪する青年に男はサアッと青ざめた。

「サンダー様、この男、牢へ入れても?」

「………ああ。連れていけ」

「そ、そいつが先に誘ったんだ!悪いのはそいつだ!」

そう叫ぶ男の声が徐々に遠ざかって行く。完全に聞こえなくなってから、サンダーは青年に再び向き直った。

「災難だったな……と言うべきか?」

「…………まさか。言っただろ。俺も悪かったって」

サンダーはその答に、どうやら理解しているようだと頷いた。

「お前の居た酒場……秘密裏に取引の行われる場所だ。無断の武器の流用や薬の横行は重罪だが、個人的な小さなものなら俺達も目をつぶっている」

サンダーは椅子に座る青年に視線を合わせる。抵抗する気は更々ないらしく、黙って言葉を待っていた。

「あの男に取引を持ちかけたが思った情報は得られなかった、というところか?果たしていない癖身体を求められ、暴力に出たと」

「流石に納得出来ないだろ。逆に金を払って欲しいくらいだ」

「………なるほど。状況はわかった」

デスクから紙を一枚取りだし、羽ペンでサインを施す。

「この件は一応終了とする。あの男には牢で一晩頭を冷やして貰って家に帰す。それでいいな」

「ああ。それでいい」

自分を襲った男だと言うのに、興味が無さそうに青年は肩を竦める。

「俺ももう帰っていいだろ。連れが心配してる」

「待て」

「何だ」

立ち上がる青年をサンダーは止める。青年は訝る顔をし、その意図を汲めずにいた。

「お前、名前は」

「……レイアートだ」

「ではレイアート。お前、俺を知っているのか」

その質問に、少しの間。

あの時のレイアートの目は知っている者を見て動揺するものだった。サンダーは己の勘がよく当たることを知っている。

だが肯定されると思いきや、レイアートは首を振った。

「あんたのことは知らない」

「……嘘をつくな。それとも、何かやましいことでもあるのか?」

レイアートの腕を咄嗟に掴む。

手に余りそうな細さに意識を一瞬奪われた。

「他人の空似ってあるだろ?それだよ」

「俺に似た者……?」

「あの時、俺の知り合いに双子みたいに似ているあんたがいてびっくりしたんだ」

「俺に兄弟は居ないが」

「だから、他人の空似って言ってる。よくあることだろ?」

それだけ、と言ってレイアートは俺の手を外して歩き出した。途端何故か焦燥にも似た感情が沸き上がり、青年を引き留める。

「お前、この街に何をしに来た」

「…………」

自分でも驚いた。この質問はもはや余分なものだ。個人的な域に踏み込んでいる。騎士の仕事ではない。

だがレイアートは嫌な顔ひとつせず答えてくれる。

「人を探してる」

「人……?」

「はぐれた男が二人居て、そいつらを探してる。ここなら街もでかいし良い情報が得られると思ったんだけど……宛が外れた」

「どんな者達だ?騎士は方々で連携も取り合っている。あんな男に頼らずとも探し人ならば直ぐに見つかると思うが……どこの国の者だ?どの地域ではぐれた?」

「……………………」

レイアートは途端黙ってしまう。やはり、おかしい。この青年を引き留めたのも、己の勘が身体を動かしたのだろう。

「言えない事情でもあるのか?……レイアート」

逃がすまいと再び腕を掴む。相変わらずの無表情だが、先ほどの余裕は感じられない。

「我が国は慈悲の国だが、あからさまに怪しい者を野放しにはしない」

「………」


















傷だらけの痛々しい姿。








に目配せし、











ファンタジーの世界へ

穏やかな陽射しに照らされ、美しい緑に囲まれるこの世界は、クロスフィールド。

ルシフェルとライオットは依然として、はぐれたロウェルとニコラを探し宛てのないままに路を進んでいた。

「はあ……ロウェルさんとニコラさん、どこ行っちゃったんでしょう」

「向こうからすれば俺達にも言えることだろうがな。まあ、そのうち会えるだろ」

「ルシフェルさん……相変わらず落ち着いてますね……僕なんかもうお二人に会えるかどうか以前に元の世界に帰れるのか心配です」

「そうなったらそうなった時だ」

ルシフェルは腰に備わった短剣に手を遣る。目覚めた時には既に普段の格好でなく見慣れない……少し時代遅れな服装に変わっていた。全身黒ずくめの、肩のみが露出している服。ライオットは緑を貴重とした狩人のような出で立ちで、しかも武器は弓矢だった。

「なあ、この世界はまるでゲームのようだと言ったよな」

「はい。僕たちの格好なんてまさにゲームの世界そのものですよ」

ゲームが大好きだと言うライオットはその話になると途端生き生きと語り始めた。

「僕の装備は弓矢なので職業はアーチャーですね。ルシフェルさんは雰囲気的にアサシンっぽいです」

「暗殺者…か」

「でもこれって結構理に叶ってると思いませんか?」

確かに。

ライオットは臆病な性格を除けば、動体視力の極めて優れた狙撃手だ。現に弓矢は少し触っただけで的に的中させることが出来た。ルシフェルは力と優れた体躯は有していないが、代わりに身軽さと足の早さを持っている。闇に乗じて敵を討つ暗殺者には打ってつけだった。これは偶然なのか、はたまた仕組まれたものなのか。今の二人に判断することは出来ない。

一抹の不安をかかえながらも、二人に合流せぬことには始まらない。ルシフェルとライオットは辺りをくまなく探索しながら草木を掻き分けた。

「あっ」

ライオットが突然立ち止まり、その背にルシフェルがぶつかる。痛みに鼻を押さえながら自然の先を追った。

そこには程ほどに栄えた街が見えた。高い壁に囲まれ、遠目から見ても警備は厳重だ。

「うわぁ〜初めての街ですね!あ、ほら見てください!僕達どうやら獣道を歩いていたみたいですよ」

少し離れた森から荷馬車が何台か街へ向かっていた。

「汚れて損した」

ルシフェルは服についた葉っぱを数枚取り除きながら渋い顔を隠さない。

「あはは、まあまあ、せっかくちゃんとしたところも見つかったことですし、お二人の行方を探しましょう」

「そうだな」

獣道から移動し、二人は綺麗に整備された正道に歩を進めた。

先に停まっていた荷馬車の主が一人の門番と何やら会話をし、もう一人の門番が荷物のチェックをしている。それを眺めながら漠然とした不安に襲われるライオット。

「………ところでルシフェルさん。僕達入れて貰えますかね」

「入れて貰わなければ困るな」

「もしダメだったら………って、あ……荷馬車行っちゃいますね」

チェックを終えた門番は何やら上の方に合図を送り、程なくして重厚な門が開き荷馬車は行ってしまった。

直ぐに門が閉まり、門番達の視線は自分たちに向かう。仕方なしにと二人は門へと近づいた。

当然の如く二人の門兵が立ちはだかった。

一人は真面目そうな短髪。もう一人はいかにも軟派そうなタレ目の金髪だ。

「我がワイマー王国へようこそ」

「本日は何用で訪ねられたか?」

意外にもフレンドリーに話しかけられライオットの緊張が少しほぐれる。だが、何の用かと突然聞かれ何の考えもなく来てしまったせいで言葉が上手く出てこない。

「あ、……えー……と。その、何の用かと聞かれましても……」

その目をさ迷わせる態度に門兵達の顔が少し強ばる。

「我がワイマー王国が今隣国のアルゴン王国と交戦中なのは知っておられるな。何の用も無い者が気軽に訪れる場所ではないと思うのだが」

「交戦中……?」

ルシフェルとライオットは目を見合わせる。まさか、平和そうに見えたこの世界で戦争が起きていようとは。

二人の沈黙を怪しんだ真面目そうな門兵が今度こそ険しい顔で武器を構える。

「失礼、これも職務なので問わせて貰うが、お前達は本当にワイマー領の者か?」

「あっちょっと、早まらないでください」

「怪しい者達だ。連れていくか」

「そ、そんな……!僕達はただ……」

ライオットが焦れば焦るほど無駄に怪しまれていく。ルシフェルはどうしたものかと溜め息を吐いた。

「俺達は片田舎から出てきた平和主義者だ。だが、このたび連れの男二人とあるいざこざに巻き込まれはぐれてしまったんだ。この国ならば手がかりがあると思って訪ねてきた。ちなみにこの男は極度のアガリ症だから、あまり苛めないでくれ」

ルシフェルが淡々と説明すると、門兵達はこそこそと何か言い合っている。その視線はライオットでなく、ルシフェルへと向かっていた。一通り話終えたのか、真面目そうな門兵は武器を収めた。

「も、もしやあなた方はローランの民なのか……?」

ライオットがえ、と思う間もなくルシフェルは頷いた。

「そうだ」

それを聞いた門兵達はルシフェルをまじまじと見つめた。

「戦争を嫌うあまり他国と関わらないために謎とされる小さな国だが、確か民の多くは稀少なアメジストの瞳を持つと言う……」

「そ、それに女の多くは美しいと風の噂で聞いていたが……男もこれほど美しいのか」

既にルシフェルに釘付けになってしまった門兵をライオットは唖然と見守る。

「美しい?俺が?この国の女のほうが綺麗だと思うけど」

タレ目の門兵は破顔して首をふった。

「大きい声では言えないが、ここの女は気も強いし可愛くないんだよ」

「おいお前はまた……」

「本当のことだろ?なあ、是非ローランの話をゆっくり中で聞かせてくれないか?」

一人の門兵がうっとりとルシフェルの手を取り口づけた。

流石のルシフェルも軽く眉を潜める。

「この国は男にもこんなことをするのか」

真面目そうな門兵が慌てて軟派そうな門兵をルシフェルから引き剥がす。

「い、いきなり失礼した…!無礼者め、きちんと謝れ」

不服そうなタレ目門兵は口をムッと引き結ぶ。

「男同士の結婚が許されてからもう百年目だぞ?ローランは違うのか?」

「…………ここほどは奔放じゃないかもな」

「勿体ない…!男女でなければなんて古い考えだよ。是非デートしよう!」

突然食い気味に押されルシフェルはとうとう露骨に嫌な顔をした。

ああ、ルシフェルさんの美しさは他の世界でも通用するんだなぁと既に蚊帳の外から見つめるライオットだった。














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