『流れる記憶』の続き





「……これは…」


跡形もなく全壊した小屋と無惨にも踏み荒らされている花々たちを目の前にして名取は言葉を失った。
小屋を囲うように張られていた結界も消失しており、周囲には妖気が漂っている。


「……夏目…」


まさか、妖たちに襲われてしまったのだろうか。
最悪な結末を考えて、名取は首を左右に振った。


「…そんなわけ…ないな…」


彼には、彼を大切にしてくれている妖たちが着いているのだ。今ごろ安全な場所に非難しているはずだ。
そう信じることにして名取は身を翻し、その場から離れることにした。


「……主様…」

「大丈夫、大丈夫だ。きっと、夏目は無事だ」


背後を歩く柊にそして自分に言い聞かせるように“大丈夫”と繰り返し呟いて森の中を歩く。
今、自分がやることは、自分がやれることは、夏目を狙う妖たちを探して退治することだ。


「柊、小屋の周辺で感じた妖気の主を探すぞ」

「承知しました」


名取の言葉に頷いて音もなく姿を消す柊。
一人になった名取は一度立ち止まって、深い溜息を吐く。


「…必ず…見つけだす…」


大切な友人を護るため、一刻も早く今回の事件の犯人を見つけだして、あの暖かい場所へと帰してあげたい。
藤原夫妻や夏目の友人達も帰りを待っている。勿論、名取もだ。


「夏目、どうか無事でいてくれ―――」


祈るように囁いて、ゆっくりと顔を上げる。
見上げた空は澄んでいて、少しだけ眩しかった。








――僕達は捜す。大切な友人を――








ただ、彼の帰りを待っているだけなんて、出来ない。
これ以上、何もしないで黙って過ごしているなんて耐えられない。
彼を悪く言う大人たちに背を向けて、彼を信じる子供達は駆け出す。


「夏目、何処だ!?」


つい最近化け物を引き連れた少年を見掛けたと噂されている山に足を踏み入れた田沼は必死に夏目の姿を捜す。
田沼だけではない。彼の友人である多軌や西村、北本、笹田もこの周辺を捜し回っている。
妖絡みなので田沼と多軌だけでこっそりと夏目を捜索しようとしたのだが、いつの間にか西村と北本、笹田も無理矢理に着いてきたのだ。


―――俺たちは夏目を信じてる。夏目は絶対に悪い奴じゃない!

―――アイツの友達である俺たちが信じなくて、誰が夏目を信じるんだ!

―――夏目君は私たちの友達だもん。信じて、必ず夏目君を見つけだしましょう!


西村、北本、笹田の真剣な想いを信じて、田沼と多軌は彼らと一緒に捜すことにした。
三人ならきっと、夏目の秘密を受け入れてくれる。


「夏目君は妖から私達を守ってくれた」


横を歩いていた多軌が足を止める。
つられて田沼も立ち止まり、多軌の方に振り返った。
うつむいていた多軌が顔を上げ、田沼を真っ直ぐに見る。


「今度は私達が夏目君を守りましょう」

「……ああ…そうだな…」


彼の優しい心に助けられ、救われた。
今度は自分たちが彼の心を助け、救う番だ。
もうこれ以上、彼が傷付かないように守ろう。自分たちの心で彼を包み込もう。
新たな決意を胸に二人は再び歩き始める。
随分と見ていない愛おしい友人を捜すため、更に山の奥へと進んだ。






*   *   *






―――……夏目…。


誰かの声が耳を掠める。
閉じていた瞼を薄らと開け視線だけを動かしてみるが、小さな庵の中に人影はない。
いつも傍らにいる猫や女性の姿も見当たらない。
重たい身体を起こして、床から抜け出した夏目は裸足で外へ出る。


「……だれ…だ…?」


誰かが呼んでいる気がする。
しかし、キョロキョロと辺りを見渡しても人の姿はない。
何も、誰も、いないのに声が聞こえる。自身を求めている声が聞こえる。


「………何処…」


行かなくちゃ。
フラフラと庵から離れ、結界から抜け出す夏目。
覚束ない足取りで導かれるように山の中を歩いていると、高く聳える崖下に辿り着いた。
そして其処には崖から転落したであろう傷だらけの少年が倒れていた。
近寄り傍らに膝をついて少年の顔を覗き込む。
彼の唇が僅かに動いて、何かを囁いている。
気になって耳を傾けた夏目は瞬いた。


「…………夏目って…誰…?」


聞いたことがあるような、ないような。
しかし、流れる水の如く夏目の中から瞬く間にその疑問は消え失せる。
ただ、目の前に居る少年が何故か愛おしくて、そっと彼に手を伸ばした。