夢を見た。
悲しくて寂しい夢。
わたしの周りから大好きな人がいなくなって、わたしのことを嫌いになる。
現実に起こりそうなのがとても悲しくてとても寂しい。
いつもわがままで自分のことしか考えていないようなわたしと一緒にいてくれる。
大好きな人がいなくなったらどうなるんだろう。
生きる意味がわからないのにこうやって今日も1日にすがっていたのは、大好きな人に今日も会いたかったから。
会えるわけないのにね。
バカみたいに期待して、バカみたいに待ってる。
大好きな人が幸せならわたしも幸せ、なんていう偽善者ぶった考え出来るわけない。
本当はわたしが幸せにしたいし、あの人に幸せにしてほしい。
でも結局臆病なわたしは今日も意味深につぶやいてみて、声を掛けられるのを待ってる。
掛けられるはずないのにね。
あの人はわたしのことなんて見てないし興味もない。
ただの暇つぶしを全部わたしが勘違いして、バカみたいにまじめに受け取っただけ。
あの人にとったらいい迷惑だよね。
身の程をわきまえた方がいいんじゃないの?
でも大好きなんだもん。
大好きにさせたのはそっちなんだから、ちょっとくらい責任とってくれてもいいじゃん。
まあ全部わたしの勘違いなんだけど。
全部あの夢のせい。
嫌なものを全部まとめて捨てられればいいのに。
あの夢も。あの人も。
全部まとめてさようなら。
最近のお気に入りたまねぎ。
炒めてあるたまねぎがおいしいと思えるようになった。
いままで野菜は全く好きじゃなかったのに。
でもまだ葉っぱは好きになれない。
今日はカレーを作った。
野菜がゴロゴロなカレー。
やっぱりたまねぎはおいしかった。
一歩前進した。
他の人から見たら全く一歩じゃないみたいだけど。
自分の一歩は自分で決める。
他人の一歩の大きさなんて知りたくもない。
勝手に自分の基準を押し付けてわたしをできない子にしないで。
わたしは何でも人のせいにするよ。
例えそれがわたしのせいだとしても。
だって今までそうやって生きてきたんだもん。
いまさら責任の取り方なんて分からないし分かりたくもない。
見たくないことは見ないふり。
蓋を閉めて見えないものはないものと同じ。
それでも見えているところは綺麗だから。
見えているところでしか判断されないのにどうして見えていないところまで綺麗にする必要があるの?
奥が汚くたってわたしが満足しているなら誰も文句を言う必要はない。
勝手に奥まで入ってきたくせに文句ばっかり言わないで。
わたしの大切な場所を荒らしていかないで。
誰に何を言われても今日のわたしは一歩前進した。
それは大きな成長で誰にも否定する権利なんてない。
退屈な1日さようなら。