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策瑜学園パロ・そのにじゅういち

これで最後になりましたー。文字数ぎりぎり!まぁいいや!
前回でほぼ終わったようなものなんで、後日談的に読んでもらえれば…。
ではスクロールでどうぞ!




















周瑜は曹丕に連絡を入れて、迎えに来てもらうことにした。

車が到着するまでの間、ファイルをぱらぱらと捲って待つ。



「これは凄いな…」



生徒の詳細なデータはもちろん、教師のことや会計関連のことまで沢山書いてある。それが理路整然と並べられているあたりに、校長の几帳面さが伺える。



ざっと見た限りでは、どこも抜き取られている様子はない。孫策に追われていてはそんな暇もなかったのだろう。周瑜はそう考えて、それを閉じた。


やがて曹丕の部下が駆け付けた。彼は徐晃と名乗った。


「大丈夫ですか、周瑜先生」

「私は平気。孫策と魏延が気絶してしまってな…学校まで乗せていってもらえるか?」

「お安い御用です。元よりそういう命令をいただいて参りましたから」

「助かる」


そして、二人で協力して怪我人を運び、車に乗せた。


車に乗るとき、ふらっと視界が歪んだ。先程魏延に殴られたところが痛む。

「大丈夫ですか?助手席で休んでいて下さい」

「…すまない」

溜め息をついて、助手席に横たわる。徐晃は慣れた手付きで二人を後部座席に乗せ、学校まで運転を始めた。














「周瑜!おかえりなさい、大丈夫でした?」


「孔明!ただいま帰った」


車の中で体力を回復した周瑜は、校庭に降りたってまず孔明の歓迎を受けた。

隣には曹丕と凌統。凌統が嬉々とした笑みで駆け寄ってきた。


「先生!よー、無事だったんだなぁ」

「はは、まぁね。孫策が無事じゃないが…凌統、それはあとにしようか」

「おう。校長と話が有るんだろ」


周瑜は頷いて、孔明の前にファイルをつきだした。


「孔明…これ」

「ありがとう、周瑜…と言っても、ただで渡す気はなさそうですね」

「そういうことだ。和解に応じてもらえるか?」

「えぇ…いいでしょう。校長室に行きましょうか?」

周瑜は肯定した。
と、後ろで魏延と孫策の声がする。


「どけ魏延!邪魔!」

「うるせぇ!あ、痛っ!!」


二人はもつれあうように車から出てきた。意識を取り戻したらしい。すると後ろから、姜維が魏延の肩を叩いた。


「ふふ。おかえりなさい、魏延…」

「うわぁ!!姜維…!!」

逃げようとした魏延を、姜維が捕える。


「よくも孔明様にこれだけの手間をかけさせたな!誰が許そうともこの姜伯約がお前を絶対に許さない!!」

「ちょ…まっ…」


更にそこへ、校門をくぐって帰ってきたのは、馬兄弟。
馬超が冷めた目で魏延を見下ろした。


「おー、よく帰ってきたなぁ。俺たちがどれだけ走り回されたと思うんだ?あ?」

「この落とし前はしっかりつけてもらわないといけませんよねぇ」

馬岱まで疲れきった顔に黒い笑みを貼りつけて、詰め寄る。


「…何考えてんだお前ら…やめろ、近付くな…」


姜維にしっかり体を固定されまま、魏延がおびえた声を上げた。

最後に、追い討ち。


「ふん…こればかりは馬兄弟に同意見だな」


そう言って薄く笑ったのは、曹丕である。


孔明が周瑜と共に校舎内に歩みながら、振り向いて言った。


「ああ…魏延は好きにしていいですよ」


姜維、馬岱、馬超、曹丕がそれを聞いて、楽しそうに笑った。


「……最悪」


魏延は四人に囲まれて、苦笑い。
孫策は足を引きずりつつ、魏延に手を振った。


「じゃ、精々体を大事にな」


魏延の叫びが続く。


「ちょ…孫策てめえっ!!助けろーっ!!」














静かな校長室に、孔明と、周瑜と、孫策の三人が集まった。張りつめた空気がほどよく心地好い。
孔明が柔らかな笑みを浮かべ、切り出した。


「それで、周瑜…条件は?」

「我々への監視を全てやめること。私を辱めないこと、犯さないこと。孫策と私を引き裂こうとしないこと」

周瑜は指折り言った。

「それが守れないようなら、これは返さぬ」

孫策も頷いた。
孔明はじっと黙って聞いていたが、やがて諦めたように言う。


「分かりました…条件をのみましょう。それで返していただけますか?」

「ああ。…必ず、約束は守るだろうな」

「ええ、勿論です。心配なら、そのファイルから好きな部分を取っていってどうぞ」

「いいのか?」

「私が望む時に見せてくれるなら」


周瑜はそれを聞いて、そっと二、三枚の紙束を抜いた。そしてファイルを孔明に渡す。
孔明は微笑んでそれを受け取った。


「感謝します」

「…感謝?」

「ええ。魏延の手からファイルを取り返せたのは、ひとえに貴方達の働きですから」

孫策が苦笑した。

「…はは、俺なんかやられかけたけどね…」

「そうだ、孫策。足は?」

「あ、今はなんとか。病院行ったほうがいいかなー」

孫策はその右足を振ってみせる。そこは、ぱっと見にも大きく腫れていた。

「行くならどうぞ。もう話もありませんしね」

「そうか」

「あ…魏延には、明日学校へ来るよう伝えて下さい」

「分かった…言っておく」

もう話すこともないので、二人は型通りの挨拶をして、その場をあとにした。

二人が去ったあと、孔明は溜め息をつく。


もう周瑜が自分に歯向かってきてくれないと思うと、ちょっと寂しい。


「まぁ、私が弱かったってことでしょうね」


そんな独り言が漏れた。

二人と入れ違いに、姜維が入ってくる。


「お話は終わったのですか」

「ええ。姜維、お疲れ様でした」

「…孔明様、寂しそうですね」

「そうですか?…そんなこと、ないですよ」

「孔明様っ」

何をするかと思えば、彼はいきなり孔明の腕を取った。驚いて姜維を見ると、その目には必死な輝きが宿っている。

「姜維…?」

「私、頑張ります!いつか孔明様に釣り合うくらい、頭良くなって…周瑜先生に負けないくらい、魅力的になりますっ。だから、待っていて下さい!そして、私が孔明様の敵になりますから!」

孔明は驚いて、この青年の宣言を聞いていた。
やがて彼は微笑む。

「ありがとう…姜維。楽しみに待っていますよ」

「はい!」

姜維の無垢な笑顔が眩しい。
孔明は自分でも気が付かぬうちに、姜維の体を引き寄せて、抱き締めていた。


「…孔明、様?」

「じっとしていて」

「…」

「私は、貴方のような子を弟子に持って、幸せですよ…」


姜維の手が黙って孔明の背中を撫でた。
こんなに寂しさを感じた日も、喜びを感じた日も、久しぶりだった。

















「魏延、一緒に病院行かね?」

「行く!背負ってくれ!」

校庭に、まさに屍のようにうち捨てられた魏延を見ての、孫策と魏延の会話。
馬岱や馬超、曹丕はもう消えていた。帰ってしまったのか、それとも生徒会本来の仕事に戻ったのか。


「背負う?俺無理」

「残念ながら私も無理だな。歩け魏延」

「…鬼」


ぼそりと魏延が言った。孫策が笑う。

「てめーこそ、虫が良すぎるんじゃねーの?散々俺を痛めつけといてさぁ」

「う…それは」

すると、そこへ凌統がやってきた。魏延のところまでたどり着いて、溜め息に近い息継ぎをする。


「よ、馬鹿な大将さん」

「凌統っ…てめー、俺を馬鹿にしに来たのか?」

「まさか。あんたらを病院に運びに来たのさ…校門前で馬良と馬謖が待ってるぜ。馬良の車、乗るだろ?」

「え…」

「周瑜先生、孫策先生。あんたらも乗ってくよな?」

「ああ。お前が呼んでくれたのか…気が利くな、凌統」


周瑜に言われて、凌統は顔を赤く染めた。

「おい凌統!顔真っ赤だぞー」

「う、うるせー!孫先生、まだ俺は諦めてないからなっ」

「いい加減諦めろ。周瑜は俺のだ。ほら、お前の大将連れてけ」

「お、おうよ!」

凌統はぎこちなく頷いて、魏延の肩を持つ。
そして四人は連れだって、馬謖と馬良のところへ向かった。


凌統が途中、ふっと言う。


「これで全部終わったのかぁ」


周瑜が答えた。


「そうだな。やっと自由だ、私は」


魏延が凌統の肩を借りながら、口を出した。

「なぁ、皆で夏休み、遊びに行こうぜー」

「え、お前とぉ?やだやだ、お前は駄目」

「孫策このやろー、大人げないぞ、馬鹿!」

周瑜がけらけら笑う。

「いいではないか。どうせなら魏延をいじめたおす会を開けばいい」

その言葉に、魏延がぎょっとした顔になった。

「や、め、ろー!!」


「はは、冗談だ。…ん?」

周瑜はそこで、自分の下に落ちている紙切れに気が付いた。
魏延がはっとした表情で、それをすぐに拾いあげた。しかし周瑜は不審そうにそれを見つめている。


「魏延…なんだ、それは。大事なものか」

「……」


二人の睨みあい。
馬謖が遠くで彼らを呼んでいる声がする。


「見せてみろ」

「…はいよ」


魏延は投げやりに、四折りになった紙を差し出した。

それを周瑜は開く。凌統と孫策も気になって、顔を寄せあって覗きこんだ。




そして三人は、呆気に取られた。







「…まさか、この為に?」


魏延は真っ赤になって肯定する。




「…悪いか?」




三人は首を振った。大きく横に振った。


















一方。


孔明はファイルを何気無く広げていて、ふと一枚、不自然に抜けている箇所に気が付いた。
それは、生徒の詳細を書いた個人情報の中の一枚だ。並びにどこか違和感がある。


「姜維…馬謖と馬超の間に、生徒いませんでしたっけ」

書架の整理をしていた姜維は振り返って、首をひねった。

「五十音順ですか?えーと………」


考えること数秒。二人はほぼ同時に思い出す。


「馬岱…じゃないですか」
「…馬岱、ですね」



一枚抜けた生徒の情報。周瑜が欲しがる情報ではよもやないだろう。ということは、魏延が抜いたのだ。


「魏延をとっちめましょうか」

姜維が険しい顔で言う。しかし孔明は、何を思ったか笑いだした。

「いえいえ…そういうことなら、見て見ぬふりをしてあげてもいいでしょう。姜維、今のことは忘れなさい」


「え?は、はぁ…」


姜維は不可解な顔をしつつ、従った。












病院での診療では、幸い孫策の足は、骨に異常もなく、そっとしていれば治るという話だった。


病院のロビーで魏延達と別れ、タクシーに乗って、二人は周瑜の家に向かう。


「まさか魏延が、単に馬岱の情報一式が欲しい為にあんなことしたなんてなぁ…なんか本気で追い掛けて損した」

「はは、確かに…あんな総動員する必要はなかったらしいな。しかし…魏延の片想いか…」

「あいつにも割と可愛いとこあるんだな…」

車の中での会話は、そんな感じ。


家についた二人は、真っ先にベッドに身を横たえた。もう日が沈む時間だ。


「今日は監視されてないんだよな!」

「ああ。ゆっくり寝れる」


周瑜の言葉に、孫策は悪戯っ子のような笑いを浮かべた。


「待て待て、ゆっくり抱ける、の間違いだろ?」


周瑜は否定しない。
ただ魅力的な微笑みを孫策に向ける。


「さぁ、今夜は寝かさないぜ!」

「ふん。よかろう」


ようやく、二人だけの時間が始まる。






終。








お疲れ様でした!私!←
もう魏延の話なんだか策瑜なんだか分からないんですけども…一応これで完結です。ここまで読んでくださって、ありがとうございました!

策瑜学園パロ・そのにじゅう

お久しぶり!
ではとにかくスクロールでどうぞ!
























周瑜は車から降りた。そこは、孫策からの連絡が途絶えた公園の端。

ここまで運転してくれた曹丕の部下は、恭しく礼をすると、再び車に乗って何処かへ行ってしまった。車から探すつもりなのかもしれない。

周瑜は、徒歩の人間を探すなら徒歩が一番だと思い、彼には同行しなかった。





公園内の一角には缶や瓶が散乱している。放置された自転車。

「…」


ここで何かあったのは間違いない。しかし誰もそのあとの二人の行方を知らない。

元より彼はこの辺りの地理には詳しくない。勘に頼って探すしかない。彼は適当な方向に検討をつけて、足を踏み出した。


魏延だったらどうするだろうと考える。ここまで走り続けて逃げ切れなければ。

「…」


孫策ならどうするだろう。追い付いたとしたら魏延はおとなしく捕まるか。



「屋内かもしれないな…」


車からでは屋内までは探せない。徒歩で動いているのは恐らく、馬家だけだろう。
屋内は追い詰められることにもなるが、一対一、邪魔が入らないと考えれば、魏延が手負いの孫策を一人のうちに倒そうとしたとしてもおかしくない。


「あ!先生、来てらしたんですか」

「ん?」


いきなり呼び掛けられて振り向くと、眼鏡をかけた学生が鞄片手に息をきらして立っていた。

「…馬岱か」

「こちら一帯はもう探しました。そっちをお願いしてもいいですか?」

「屋内まで探したか?」

「えっ…いや、そこまでは」

「そうか」

周瑜は今自分が考えていたことを、話して聞かせた。
彼は聞き終わると、真剣な顔で頷いた。

「十分有り得るかもしれません。でも、それだと範囲が広すぎて、どうにも…」

「手分けして探そう。屋内といっても、無断で入って暴れられるところは少ないはずだ」


馬岱は頷いて、元来た道へ戻っていった。周瑜も彼と反対に歩き出す。



早く見付けないと。
逸る気持ちを落ち着け、真夏の熱いコンクリートの上へ、出ていく。
魏延が逃げ出してから、既に20分以上が経過していた。


















孫策の状況は、いいとは言えなかった。足は動かさずとも痛い。靴に当たる感覚が、腫れていることを連想させた。

そんなことを考えてしまうあたり、集中力が落ちている証拠でもあった。



「おら、てめぇ集中してんのかぁ!」



魏延もそれに気付いていると見え、怒りを交え言いながら、回し蹴りを放つ。

避けるのは簡単だ。一歩下がればそれで済む。しかしその一歩が、孫策の体力を確実に削っていた。

それでも本能的に、彼は後ろに避けた。魏延はさらに拳を振り上げ、肉迫する。


「つぅ!」

歯を噛み締め、孫策は魏延の拳を掌で受け止めた。
そして逆に自らの別の手を魏延の顔に向かって叩き付ける。しかしそれは、彼の手に同じように受けられてしまう。


一瞬の睨み合い。視線が火花を散らす。


先に動いたのは魏延だった。突然その力を抜いたのだ。

「あ…っ!?」

孫策は両手にかけていた力のやり場を失い、間の抜けた声を上げながら、前のめりに倒れこんでしまった。勿論、魏延がそれを見逃す筈がない。


「らぁっ!!」


掛け声と共に、膝蹴り。


刹那、孫策は、体を震わすつき抜けるような衝撃に襲われた。続いて胃や内臓が引っくり返る感覚に、思わず口元を抑える。

「まだまだ!」

魏延は更に、よろめき、痛みに悶える孫策の肩を掴み、壁に叩き付ける。


「う…ぐ!!」


背中を揺らした衝撃もまた、体に響いた。
しかし悲鳴を堪えたのは、孫策の意地という強さであろう。

目の前の魏延は既に次のモーションに移っている。全く容赦のない、顔面への右拳。

かわす暇もなく、とっさに孫策は腕で受けた。骨に当たったか、痺れるような痛みが波状に伝わる。しかしもうその程度、怯むようなことでもなんでもなくなっていた。

むしろ痛みを覚えたのは魏延だろう。殴った方も痛いのは当たり前とはいえ、彼はちょっと顔をしかめ、すぐに手を引っ込めようとした。

孫策は反射的にその腕を捕えた。

「!?」


一瞬だけ、魏延が怯んだ。見逃す手はない。


この際、右足の不調は気にしてはいられない。覚悟を決めて、孫策は左足で踏みきった。
そして渾身の蹴り上げを、胸めがけて浴びせる。


「かはっ…!!」


魏延は驚愕と苦悶に面を染めながら、孫策から離れた。
この攻撃は相当応えたらしい。胸を抑え、荒い息を重ねたまま、暫く言葉もなかった。


しかし。


「うぁ…っ、ぐ…!!」


孫策も時を同じくして、攻撃の反動である右足の痛みで、初めて魏延の前で膝をついてしまった。

悲鳴を上げないのでやっとだった。


立てない。


ひたすら全身に伝播する痛みと戦うので精一杯だ。動かすのもままならない。立とうとすれば更に激痛が伴う。

魏延が笑った。揶揄的な笑みで。


「そろそろ限界らしいな?」


「……」


答えない。答えられない。しかし沈黙は雄弁に肯定を語っている。


「自滅とはね。まぁそうでなくてもすぐに限界が来ただろうがな」


魏延は部屋の隅に放置してあったファイルを手にとり、立ち上がった。


「ま、待てっ…」

「嫌だ。お前はもう立てないんだから俺の勝ちだろ?さっさと逃げさせてもらう」

苦しむ孫策を横目に、彼は悠々と扉へ向かった。




しかし。



彼が扉へたどり着く前に、扉の軋む音と共に、それが開いたのである。


二人は唖然となった。



二人とも、この場所を誰かが見付けられるとは思いもしなかったのだ。



ゆったりと開いた扉の向こうから、足音を鳴らして男が入ってきた。


魏延があとずさる。




「…周瑜、どうしてここに…」




名を呼ばれた周瑜は、二人を見回し嬉しそうに笑う。


「やはりこんなところにいたか…手間をかけさせるな、全く」




孫策は我に返り、思わず叫んだ。

「逃げろ周瑜!今の魏延は何するか分からねぇぞ!」

しかし周瑜はちょっと孫策の方を見て、微笑んだだけで、答えなかった。

そして魏延を真っ直ぐに見据える。

「相当やってくれたようじゃないか、魏延」

「はん、邪魔だったもんでな。そこをどけ、周瑜。あんたもああなりたいか?」


魏延の冷めた目が一回り小さい周瑜を見下した。しかし周瑜はその視線を受け流す。

「ふふ。お前にそれが出来るのか?」

「…何?」


魏延はぴくりと眉を動かした。プライドに障ったとみえる。
孫策は肌寒い気持ちでその様子を見ていた。

「周瑜、もうやめろ!そこ通してやれ!」

彼にとって、何より大事なのは周瑜である。魏延の暴力が周瑜に及ぶくらいなら、魏延をそのまま逃がしたほうがマシだとさえ思っていた。
ところが周瑜はそうは思っていないようだ。何か心に期するところがあるらしい。決意を秘めた笑顔で魏延と対峙している。


「…魏延、確かにお前が私を捻ろうと思えば簡単なことだろうな。しかしどうだろう?お前は私を殴れるかな?」

「どういう意味だ?」

「お前にはこの無抵抗な男を殴る勇気があるのか、ということだ」


周瑜は自らを指し示し、そう言った。



「こうやって無抵抗に佇む人であっても、お前は動かない人形にやるように全力で殴れるか?喧嘩の最中の勢いではなく、相手の力を利用した力でもなく、全てお前の意思で、全力を持ってこの私に向かえるか?」


「…つまり、俺が手加減するんじゃないかってことかよ?」

「そうだ。無意識にな…そしてそれはお前の弱さだ。覚悟の弱さだ。私とて男…手加減されてまだ道を開けるほど甘くはないぞ?」


魏延はじっとその言葉を聞いていたが、やがて笑って言う。


「言いたいことは分かった。だが周瑜…俺がどんなに乱暴で、薄情で、唯我独尊か、知らないわけじゃあるまい?動かないならちょうどいい…一撃で楽にしてやるよ」


周瑜は頷いた。それこそ自分の望むところ、と言わんばかりの満ち足りた表情で。


「なら見せてみろ。その勇気を、度胸をな!!」

「お安い御用だっ!!」




孫策は制止の声を叫びかけた。しかしそれが言葉になるより早く、魏延は躊躇なく、周瑜に殴りかかっていた。


その時の魏延の動きは、そして周瑜の動きは、孫策の目に嫌でも焼き付く。


声は途中で出なくなった。

時間の動きが可変であるかのような、体感時間の遅さ。



その中で彼は見たのだ。最愛の男が地に倒れる瞬間を。







そして孫策の頭の中は真っ白になった。




















さて、魏延に失策があるとすれば、周瑜の挑発にのせられてしまったことだろう。


冷静に考えれば、周瑜を全力で殴ることの意味に気が付いてもおかしくなかった。彼の行動の先に待つものを予期出来ていてもおかしくなかった。


しかし周瑜は巧妙にそれを隠した。そして自らを犠牲に、切札を発動した。



魏延がそれに気が付いた時には、もう、遅い。



「魏延……てめぇ……よくも!!」



立てない筈の足で立ち上がり、鬼の形相で魏延をにらみつけていたのは。


他ならぬ、孫策だった。



「そ、孫策…!?」



色んな言葉が魏延の頭を巡ったが、しかしそれは言葉にならない。

孫策の全身から発される怒気は、何も寄せ付けなかった。


魏延は自分が震えていることに気が付く。

全身が目の前の彼に恐怖していた。あとずさったそこには壁しかない。冷たい壁と鬼との間に、彼は挟まれて、身動きが取れなくなる。


相手は怪我した男の筈なのに。


圧されて、動けない。



「覚悟は出来てんだろうな、あぁ?」


いつもに増して凄味のある、孫策の声。




観念しようとしても、やはり恐怖から逃れられない。しかしこの孫策に立ち向かう気にも、逃げる気にも、なれなかった。それほどに彼に威圧されていた。


「行くぞぉ!!」


声と共に、彼は動いた。


先ほどまでとは比べ物にならぬ速さ。怒りに痛みを忘れた、最高速。
その速さを破壊力に変え、彼は魏延の腹に、全力の一発を叩き込む。


「が、あぁぁっ!!」



耐えられずに、魏延は胃液と一緒に叫びを吐き出した。


「まだだ…!」


首を掴まれ、魏延の体はいとも軽々と宙に浮いた。それを壁に押し付けながら、孫策が言う。


「よくも…よくも周瑜を…!謝れ!!あいつに謝れ!じゃなきゃ一生お前を許さないぞ!!」


「あ、謝る…?そんな、こと…なんで俺が…」


こんな時でも魏延の自尊心は収まらない。孫策は魏延を床に思いきり叩き付けた。


「ぐ…ぁっ」

「ならそこで一生寝てろ!!」


そう吐き捨てて、孫策は魏延から離れた。魏延は身動きが取れずに、ただ彼の動作を見ていた。

いつの間にか彼の後ろには周瑜が立っている。
孫策は、鬼の形相はどこへやら、穏やかないつもの顔に戻って、周瑜を労った。


「周瑜、大丈夫か?」

「なんとか…。それより私は不思議なのだが」

「え?」

「…よく立てるなお前」


「…あ、ああ…そういえば」



孫策は初めて気が付いたように、自分の足に目を向けた。
そしてはにかんで笑う。



「…痛いや」



そして彼は周瑜に寄りかかるように倒れてしまった。意識も失ったのか、小さな息の音だけがあとに続く。


周瑜が孫策を寝かせてやりながら、魏延に向かって笑いかけた。

「可愛い奴だと思わないか?」


魏延は散々痛めつけられた体で、ただ苦笑する。


「俺には鬼に見えたけどな…」



周瑜もその言葉に苦笑いをした。
そして、落ちているファイルを拾い上げる。


「確かに返してもらったぞ」

「…ああ」


魏延も限界だった。そこまで会話したところで、圧倒的な睡魔に襲われて目を閉じた。

そこで記憶は途切れる。







続く。

策瑜学園パロ・そのじゅうきゅう

19回目。なんだか凌統を忘れてた自分がいた…。とりあえず土下座です。凌統ごめん!
それでは、孔明、周瑜、孫策のトリオに生徒会ご一行まで加えて、皆で魏延を追い掛ける第19回、どうぞスクロールでご覧ください!
























孫策は魏延を追って、大通りを疾走していた。人波をかきわけ、長身の彼を見失わぬようひたむきに駆けていく。周囲は、和やかな街並みに似合わぬ二人の男に、奇異な目を向けた。



「魏延、てめぇ、止まりやがれっ!」

「誰が!」



魏延は後ろを振り向いて、笑ってみせる。
孫策は唇を噛んだ。この追走劇を始める寸前、彼から貰った二発の蹴りが響いている。何故右足ばかりを狙って蹴ったのかと思っていたが、ここまでも計算のうちだったのだろう。


携帯から、また周瑜の声が聞こえてきた。


『孫策、場所は?』

「まだ同じ道!横に公園あるぜっ」

『了解。…大丈夫か?』

「…あぁ!」


孫策は一瞬間を置いた返答をした。周瑜はそれを聞いて何か察したとみえる。

『…今、曹一族の手の者が魏延を包囲する。それまで位置を知らせ続けてくれればいいから…』


周瑜の心配した様子の声が、孫策に届いた。


「馬鹿野郎、心配すんな。俺を誰だと思ってる?曹丕の部下が来る前に、決着つけといてやるよ」

一息に言って、更に魏延を追う。


しかしこのままではいずれ引き離されるだろう。どうすべきか、と彼が周囲を見回すと、一台の、鍵が付いたままの自転車が目に留まった。

「…!」


孫策の中で、葛藤。


ここで自転車を拝借…いや、盗んで追うか。それとも痛む右足を引きずり続けるか。


答えはすぐに出た。自転車なんてあとで弁償すればいい、と彼は飛び乗った。


「よしっ…!」


数十メートル先を行く魏延が顔をしかめるのが見えた。形勢逆転。

魏延は急いで、青が点滅する横断歩道を渡りきる。孫策が渡ろうとすると、信号は赤になったが、止まるわけには行かなかった。

覚悟して飛び出す。物凄いクラクションの嵐。携帯からも驚いた声がした。

『何やってる!?大丈夫かっ!?』

「へーき…うわっ!!」

いきなり前方に飛び出してきた車に、急ブレーキをかける。車の主は何か怒鳴っているようだが、気にしている暇はない。すぐ迂回して魏延を追った。その背中はまた遠くなりかけている。


彼は何を思ったか、急に道を変えた。


そして公園へと入っていく。孫策もそれを見て、進路を曲げた。

「周瑜!今左に曲がって、公園入った!」

『分かった』

報告しながら自転車をこぐ。

すると、魏延は公園のゴミ箱の前で、ふいに立ち止まった。そして、缶や瓶の大量に詰まったゴミ箱を持ち上げる。
孫策は嫌な予感に襲われた。まさか。


その予感は外れていなかった。彼は孫策に向かい、それをおもいっきり…投げつけた。


「…嘘だろ!?」


孫策の方へ、一瞬後に缶やら瓶やら、たくさんのものが飛んできた。それだけならまだいいが、地上に散乱した瓶、缶が自転車のタイヤとぶつかってバランスを崩す。


「わっ!!」


急ブレーキも間に合わず、瓶を正面から踏んだ自転車は激しく揺れて倒れた。

孫策の体は地面に投げ出される。手にしていた携帯が宙を舞った。


「孫策、自転車はずるい…俺だって走ってんのによ」

魏延が息をきらして駆け寄ってきて、取り落とした携帯を素早く拾うと、噴水に投げ捨てた。

「あ!お前っ」

「援軍もずるい。じゃ!」

言うと、また彼は孫策から離れ、逃走した。孫策も遅れてなんとか身を起こす。その間にも、魏延の背中が遠くなっていく。

逃がすまいと、走ろうとしたとたん右足が激しく痛んだ。


「くそっ…よりによってここを捻った」


孫策は顔を苦渋に歪めた。
捻挫している。そんな感じの痛みである。



しかし負けるわけにはいかない。結局彼は痛みをおしていつもどおりに走り始めた…連絡も奪われた今、それしか選択肢は残されていないのだ。



















「孫策!……くっ、切れた」


「切れた?」


孔明は、周瑜の不安げな面を見つめた。周瑜が携帯を握り締めた手は、震えている。

「孫策に何かあったのかも…」

「……魏延に壊されたのなら、何かはあったかもしれませんね」


慰めを言えなかった。優しい言葉を掛けるのは容易だが、今はそんなものを使う暇もない。

「…孫策…。しかしこれでは魏延の位置も分からないな…」

「なら予測するまで。公園を出て魏延の向かう先を予測しますよ」

馬超はもう、一族総出で出掛けてしまい、今は曹丕が部下に指令を出している状況だ。姜維も曹丕の部下とともに魏延を探しに言っている。彼等には情報が必要なのだ。


公園の先を目で追う。


「敵を撒くなら…入りくんだ道を好むはず」

その言葉に、周瑜もまだ動揺した様子ながら、地図を見た。

「孔明…このあたりは?」
「確かにこのへんはかなり迷路みたいな構造ですからね…有り得るでしょう」


聞いた曹丕が部下に命令を出す。


そのとき周瑜が、何か決意したらしく、孔明を見て言った。






「私…孫策のところへ行く」



孔明は突然の申し出に動揺しつつも、理性のままに反応した。


「周瑜!貴方が行っても何もできないでしょう?ここにとどまり、私と指示を考えるべきです」


すると周瑜は首を振った。

「行かなきゃ。孫策は私がいなきゃ駄目なんだ。あいつは私がいないと、全力なんて出せない」

「……」


それは孔明にも思い当たることがあるにはある。それでもまだ孔明は、決断を欠いた。

「危険です…周瑜」


周瑜はかぶりを振る。


「孫策が危険な目に合っているんだ。私が行かずにどうするというのだ!」


断固揺るがない口調。

「…私一人にこの場を任せるつもりですか?」

「それは…頼む。孔明なら魏延の行きそうな場所ぐらい想像がつくだろう」

「正直、あの人の行動って読みにくいんですけどね…」

孔明はこめかみを抑え、溜め息を洩らす。

と、そこへ一人の青年が駆け込んできた。

「先生!」
「あ…凌統!」

周瑜が驚いて現れた凌統を迎える。孔明が首をかしげた。

「そういえば貴方…何処へ行っていたのですか?」

「終業式中は学校内にいられなかったからね。見付かって戻されたら台無しだし。大将は待ち伏せやってたけど、俺は、一人でいいってあいつに言われて、外を徘徊してたわけ。…まさか大将があんな凄いことするとは思わなかったけど」


彼は肩をすくめて見せた。それから地図へ近寄る。


「なぁ、校長。俺が周瑜の代わりをするよ」

「は?…貴方に務まるとは…」

「大将の逃げそうなルートを考えればいいんだろ?」


凌統は自信たっぷりに微笑んだ。


「大得意」



周瑜も孔明も、目を丸くして彼を見つめた。
曹丕が横合いから口を挟む。


「魏延と行動を共にし続けたその生徒なら、確かに一番予測がつくかもしれないな。ところで今なら車をすぐに手配できるが、いかがする?」

その言葉に、周瑜が意気揚々とした目を爛々輝かせる。
孔明は、遂に折れた。


「…分かりましたよ。行きなさい周瑜。でも、分かってください…私は貴方が心配なのです」

「…」

「もし怪我でもしたら?この美しい肌に、傷跡が残るようなことになれば、私がどれだけ悲しむか」

周瑜は皮肉な笑みを浮かべる。

「お前が悲しんでくれるなら僥倖だな」

「そんな戯れではありません。周瑜、お願いです…無茶はしないでください」


孔明はどうしても周瑜が心配だった。
普段どんなに自分で酷い扱いをしようと、それは自分でやることだから制御が利く。
今は違う。魏延は追い詰められれば、周瑜を殴るだろうし、手加減もないだろう。そんな攻撃に晒されて、無事でいられる保証なんてない。


彼の真摯な口調に気が付いたか、周瑜は笑みを引っ込めた。


「お前は…私を愛しているか?」

突然、彼は問う。
一も二もなく頷いた。

すると彼は、やんわりと表情を和らげた。


「なら分かるだろう。私も、お前と同じように孫策を愛しているんだ。心配なんだ」


そう言われては返す言葉もない。孔明は精一杯に笑う。


「そうですね。行ってらっしゃい…気を付けて」

「あぁ。行ってくる」



周瑜は彼に見送られ、その場所を立ち去った。



窓からさしこむ光に、その黒髪がきらきらと揺れていた。

















「しつこい…」


魏延は一度立ち止まって、ビルのコンクリートの冷たい壁に身を預けた。
孫策の姿は見えているが、これ以上は息が持たない。彼もまた、追い詰められていた。

孫策が来るのを横目に待って、彼はファイルを小脇に挟み、狭い路地裏の真ん中に立った。


「魏延!もう逃がさないぞ…」


孫策は、青ざめた顔ながら、しっかりした足取りで魏延に近付いてくる。

「俺から逃げようなんて百年早いぜ」

「…あんた、不死身?俺ですらもう疲労しきってんのにさぁ」

にがりきった笑いが自然とこぼれる。


「煙草なんか吸うからだ、馬鹿野郎」

「うっせーな…正論は耳に痛いから聞かねぇ」

「最低だな」

魏延は何も言わずに、少し失笑しただけだった。話すのも億劫だ。

もう最後の手段に出る肚は決まっていた。彼はそばの廃ビルへと入りながら、孫策を呼ぶ。

「来いよ」

「…」


孫策にも魏延がやろうとしていることは、分かっただろう。しかしここで逃げるわけがない。案の定、彼は頷くと、魏延に従ってビルの中に入っていった。



ぱたん、と孫策が扉を閉める。密閉空間。外に出ない限りは、曹丕の部下さえ見付けるのは難しいだろう。


「孫策。お前、足は?」

「聞くかよ、それを。言ったら手加減でもしてくれるのか?」

「ふん、まさか。聞いてみただけさ」

「だろうな。…魏延、少し聞きたいことがあるんだけど?」

一瞬、時間稼ぎかもしれないとは思ったが、しかし臆病になっているとも思われたくはなかった。魏延は首肯する。

「いいぜ」

「じゃあ、聞くけど…いつから俺たちを裏切ろうと?」

魏延は即座に答えた。

「最初から」

「なら、そのファイルの存在は、知ってたのか?」

「そうだ。でもあんたらなら勝手に調べるだろうと思ってた。俺はこれが欲しかった…ずっと前からな。だけど、一人じゃ無理だから半分諦めてた…そこにあんたらの誘いさ。利用しない手はないって思った」

「はぁ…成程な」

孫策は一人、納得したように何度も頷いた。

「はなから俺たちを助ける気は無かったわけか」

「ああ」

「じゃもう一つ…そこまでして、お前の欲しいものってなんだ?学校を牛耳るのが目的か?」


魏延は吹き出した。

「おいおいおい、どこの独裁者だよ!やんねーってそんなこと。まぁ孔明くらいは辞職に追い込んでも楽しそうだが…」

「それには大いに同感だな。でも、なら何が目的だ?」


彼は答えず、ちょっと笑った。そのまま一歩、進む。


もう話は終わりだ、と言うように。




相手は意味を悟ったか、何も言わず身を固くした。一瞬の静寂。



魏延は力強く言う。


「それは言えねぇな。でも、俺はここで止まれないんだ。あんたを倒して、これはもらっていく!」


孫策も高揚した面を向け、気合いと共に叫んだ。



「上等!全力でかかってきやがれ!!」





正真正銘最後の勝負の、火蓋は切って落とされた。






続く。






孫策が痛々しい…!次か、その次あたりで決着がつくといいなーと思ってます。

策瑜学園パロ・そのじゅうはち

ようやく大詰め!書きたかったシーンも満足に書けて、いやぁ楽しかったです。ほぼ出来上がってたのに風邪引いて更新が遅くなったのは…不覚。
とりあえず、皆さんに「○○最低!!」と言ってもらうのが、今回の目標です。それではスクロールでどうぞw





























孔明が、自分でも退屈だと思うような校長講話を終え、舞台袖に引っ込むと、司馬懿が待っていた。
彼は孔明を見ると、一枚の紙を渡してきた。


「先程、周瑜と孫策がこれを貴方へと」

「…?」


紙を受けとると、そこには周瑜の字で一言書いてあった。


『ファイルは盗ませてもらった。話し合いに応じるなら、終業式後に音楽室へ』



「…!まさか…」


その紙面を孔明は握り締めた。

そんなはずがない、とは思う。ただのハッタリで混乱させようとしているのかもしれない。
しかし不安になって、彼は司馬懿に言った。

「今、いない生徒は?」

「魏延と凌統がさぼっているらしいな。それ以外は全員出席だ」

「…っ」


盗める条件はある。今、校長室には誰もいない。職員室から鍵を盗み、忍び込み…しかし、その後は?金庫の鍵はかかっている筈である。そしてそれは孔明が肌身離さず持っている。



何か仕組まれたか。それとも。


いずれにしろ、周瑜が終業式後に会うことを指定するなら、それまでには事実確認が必要だ。さすがに終業式中に姜維を連れ出すわけにはいかない、一人で確かめに行くしかない。


孔明は身を翻し、すぐに講堂を出た。






廊下を早足で歩き、校長室のドアを開ける。扉の鍵は開いていた。やはり、誰かが鍵を職員室から盗み、開けたに違いない。

そして真っ直ぐ書斎へ入り、金庫の鍵を回す。
自分のそんな動作すら、もどかしかった。



そして金庫を開く。



「…」


孔明は中を見て、とりあえず安堵した。ちゃんとファイルはあった。元のまま、持ち出された様子もない。


しかし、それでは一体何の為に周瑜はこんなことを?

考えること、数瞬。



孔明は周瑜の狙いに気が付いた。



――そして思惑通りに動いてしまったことにも。



「あ…っ」


彼は慌てて、開けてしまった金庫を閉めようとした。

その時。



強い力で後ろに引かれる。



「うっ…!!」




抵抗するも虚しく、孔明の体は後ろの壁に叩き付けられた。

胸の詰まる感覚。息が苦しくなって、膝をつく。




「開けてくれてありがとうよ、校長先生」


「…魏延…っ」



孔明は、目の前にいる男の名を呼んだ。



「あんたの負けだ」



魏延は笑う。酷薄な、見下した笑い方だった。
孔明は為す術なく彼を見上げた。今なら、全て説明がつく。


「そうか…周瑜がやけに自信あるように振る舞っていたのも、あの伝言も、全て私にこの金庫を開けさせるための…」

「そういうこと。まぁ校長室に忍び込める機会なんて滅多にないから、これ一回きりの作戦だったがな」


「だからこそ、全校が一同に会する終業式を狙ったというわけですね…そうすれば貴方はここで待ち伏せていられるし、姜維も来ない…」

「ご明察。全部周先生が考えたんだぜ」


言いながら、彼は金庫からファイルを取り出す。孔明の力では止められない。



負けたと分かった。


悪くない、というのは負け惜しみ以外の何物でもない。それでも、他の誰かに負けるよりは、周瑜に負ける方がよっぽどいいと、孔明は思えた。

彼は観念し、壁に身を預け、魏延を見ていた。

そのまま行かせるつもりだった…魏延の表情を見なければ。


最後に魏延が向けたその表情は、あまりにも――。




「じゃあな…孔明」






ぞくっ、と。




その表情を見た時、恐ろしい予感が孔明を襲った。





まだ魏延に聞かなければならないことが、ある。



「魏延!」


「なんだ?」

彼は振り向く。
孔明は、いつか魏延にしたのと同じ問いをした。


「いつまであの者たちに加担するつもりですか?」



魏延は。
嬉しそうに笑う。



「いつ俺があいつらに加担した?俺はただ…」



違う。
そう、魏延の表情は、違った。何かずれていた。怖い。おぞましい。

そして軽く彼は言う。


「これが、欲しかっただけさ」




「魏延、貴様!!」

孔明は、無理だと分かっているのに声を荒げた。
周瑜の綺麗な演算を、この綺麗なゲームの終わりを、台無しにするつもりだと知ったから。


「あはははっ!!勘も鋭いな、孔明は。もっと蹴られたいか?」

「黙れ…お前みたいな奴に…周瑜の計画を台無しにする資格など!!」


「知ったことかよ。じゃあな」



彼は孔明の激怒など気にも留めずに、校長室を出て走り去った。

その足音は遠くなる。


「周瑜…!!」


息と共に名を吐き出した。彼が危ないかもしれない。自分以上に周瑜はお人好しだ。

警戒してはいたつもりだったのに。



「私も彼を甘く見ていたようです…」



溜め息をついて、彼は廊下へ向かった。ここで逃がすわけにはいかない。
























孫策と周瑜は孔明が外へ出たのを確認して、あとを追った。

廊下をゆっくり歩いていると、魏延がやってきた。


「あ」

魏延は一瞬顔をしかめたが、すぐに普段の表情に戻る。孫策にはその理由は分からない。

「うまくいったようだな」

「ああ、まぁね。あんたの作戦は大当たりだぜ」

「中…見たか?」

「いや。まだ見てない」

「見せてくれないか」

「ん。いいぜ」


彼は近付いてきた。革靴の音が妙に重く聞こえる。

何故か孫策はその足元から目が離せなかった。


しかし警戒はしていなかったし、身構えてもいない。





「周瑜っ!!」





孫策と魏延の距離がもうすぐ触れられるほど近くなった、その時。

澄んだ硝子のような、悲鳴に似た叫びが魏延の後ろで上がる。


周瑜は驚いて声の主を見た。語気に込められた、ただならぬ気配を身に受け、何か、言おうとした。
しかし魏延の方の発言が先だった。


「はん…うるせぇのが来た。さっさとやるかな」


ひゅん、と。
周瑜の横で、風が動いた。



「っ…!?」



周瑜が振り返る。



それは、確かに孫策に狙いを定めた、蹴り。




右足を容赦なく蹴飛ばした魏延は、更にもう一度、よろめいた孫策の肩を押さえ付けて、同じところを蹴る。
そして投げやるように孫策の体を周瑜の方へ突き飛ばした。

「ぐ、ぅっ…!!」


孫策は立とうとしたが、結局右足がフラつくせいか、膝をついてしまう。


「魏延!何の真似だ!!」

周瑜が孫策を助け起こしながら叫んだ。
孔明が代わりに答えを返す。

「周瑜!!その男は最初から貴方たちを助ける気なんかなかったんです!!」


魏延は小さく笑いを漏らした。そしてゆっくりと壁際に後退りする。

「何の真似かって?見て分かるだろ?お前たちを裏切ったんだよ、周瑜」

「ふざけるな!!逃がすと思うのか!?」

「魏延!もうすぐ姜維が来ます。私と周瑜の二人から無事に逃げられると思っていたのですか?」



廊下は一本。前に進めば周瑜と孫策、後ろに行けば行き止まりの校長室と孔明。

進退極まったかに見えた彼は、しかし余裕を持って二人を見た。


「馬鹿言うな、ここがあるだろ?」


後退りを続けて、彼は壁に…いや、二階の窓に、たどり着いた。
孫策が警告する。


「飛び降りる気だ!!」


孔明と周瑜は一瞬で思い出す。この下は…幅跳び用の砂場。


「じゃこれはもらっていくぜっ」


一人楽しそうに言い放ち、彼は窓を開け、そして、跳躍した。


「あ!待てっ!!」


孫策が言い、彼のあとを追おうとする。

「孫策、危険だ!やめろっ」

「あいつを放置する方がよっぽど危険だろ!!周瑜はそこにいろ、絶対捕まえてくる!逃がしてたまるかよ!!」


「…分かった。無理するなよ」

「了解っ」


軽く笑うと、孫策もまた、魏延を追って砂場へ跳んだ。





残された二人は顔を見合わせる。


「だから甘く見てはいけないと…」

「知るかっ、あの時は姜維に邪魔されて意味が掴めなかった!大体お前だって…」

「私は貴方に騙されたのです!仕方ないでしょう!?大体誰ですか、魏延をあんな重要な役につかせたのは!!」

二人はにらみあった。


「…とにかく、こうしていても仕方ないでしょう。魏延を捕まえなければ。周瑜、協力してくれますか?」

周瑜は頷いた。


「では、放送室へ行きましょう。呼び出したい生徒がいます」

「よし、分かった」


そこへ姜維が到着した。終業式は終わったらしい。彼は二人の焦った顔を見て、不可解そうに言う。


「あの、孔明様…何が?」

「姜維、説明している暇はありません。今すぐ書斎から、この辺り一帯の地図を持ってきて下さい」


歩きながら指示すると、姜維は従順に頷いて走り去る。




二人は放送室への道を急いだ。














『生徒会長曹子桓、副会長馬孟起。いたら今すぐ放送室へ来なさい』


放送でそうアナウンスを流したあと、孔明はすぐさま周瑜へ向き直る。

「周瑜、孫策と連絡を…」

「もうとっている」

彼は手にした携帯を見せた。孔明が頷く。

ちょうどその時、姜維が地図を携えてやってきた。入るなり、彼はそれを広げる。

周瑜と孔明は互いに目を見交わし、そして地図を睨んだ。周瑜が携帯に向かって叫ぶ。

「孫策!聞こえるか、今何処だ!」

電話越しに聞こえてきたのは、息を切らした彼の声。

『分かんねぇ!!知らないとこ!』

「何か目印になるものは!?」

『あー…デパート!でかいデパートが左前に見える!』

孔明が黙って指を地図の上に落とした。周瑜達はこの付近に来てから日も浅く、不馴れだが、彼は生まれがここだ。地図を見れば大体の映像は思い描けるとみえる。

指がすっと辿り、彼は目を上げた。

「道の広さを聞いてください」

「孫策、道幅は!?大通りか?」

『あぁ!!』

周瑜は孔明に向かって、指で道幅を示す。相手は理解できたらしく、地図上のある一点を指した。


「ここです。この通りの誤差200m以内。そのまま位置を確認し続けて下さい」


そこへ、曹丕と馬超が扉を開けて入ってきた。表情には、いきなりの呼び出しに対する不満が読み取れる。
しかし今はそんなことに構っている場合ではない。


「校長、何の用だ」

慇懃無礼に曹丕が問う。


「二年生の魏延が、機密文章を持って逃げました。すぐに貴方の権力で一帯を捜索し、捕えなさい。馬超、貴方は曹丕と一緒に魏延を探しなさい」

有無を言わさぬ口調で孔明が言った。しかし直ぐ様二人から、抗議の声が上がる。


「ふざけんな、なんで曹丕なんかと!!」
「我が家の権力はそんな為にあるわけではない!自分のことは自分で始末をつけるがいい」



そのやりとりを聞いていた周瑜が電話から口を離し、怪しい笑みを浮かべた。


「いいのか?魏延が盗んだ書類にはお前達の事が細かに記してある。卒業まで魏延に弱味を握られ続けながら通うことになるが」

孔明があとに続ける。

「知ってますよ、貴方達と趙雲先生の関係ぐらいね。公表されたら趙雲先生がどれだけ恥ずかしい思いをするか…考えてごらんなさい?」




「…」
「…」


硬直する二人。




「分かった…曹一族の全力をもって協力しよう」


最初に曹丕が折れた。それを見た馬超も、頷く。


「俺も、微力ながら手伝わせて貰う」


先生二人は、同時に不敵な微笑みを浮かべた。


「「ありがとう」」



続く。









「魏延最低!!」って叫んでくれました?(笑)反骨は現代になっても治らないみたいです。

策瑜学園パロ・そのじゅうなな

なんだか20回の大台まで行きそうです。思えばなんで周瑜と孔明の対決なんか書き始めたんでしょうね。天才二人の思考なんて私ごときにはかりしれるものではないというにorz
個人的に、馬騰書くの楽しいよ馬騰。微妙にギャグタッチ多目(当社比)でお送りします、それではスクロールでどうぞ!




























「周瑜、おはようございます」

「…おはよう」

「…俺への挨拶は?」

「あぁ孫策、いたんですか?周瑜の美しさに隠れて見えませんでした」

「黙れ校長ーっ!!」

「抑えろ孫策!!」

次の月曜日。
週末をほぼ孫策の家で過ごした周瑜と孫策は、学校へ来る途中で孔明に出くわした。


あの日、皆に最後の作戦は明かしたものの、時間の都合で、決行できるのは終業式の日のみ。それまでに色々とやることもあれど、とりあえず平和に過ごすという意見で一致した。

なのに朝から孔明に出会ってしまうなど、不穏だ。


「はぁ…朝からお前に出会ってしまうとは」

「幸運ですねぇ」

「「どこが!!」」


二人の叫びが重なる。
孔明がうっすら笑った。

「相変わらず仲がよろしいようで。周瑜、今日の放課後は可愛がってあげますよ」

「うっ…仕事しろ孔明」

「残念でした、私は人より少し仕事が早いものでね」

実際は少しどころか、二、三倍は早い。彼の天才ぶりは、誰もが認めるところである。


「こんな仲のいい二人を見せ付けられて私が黙っているわけないでしょう?」

「…だろうな…」

「ほどほどにしてくれよ、校長」


げんなりとした周瑜を孫策が撫でながら言う。

「まぁいい…今日はお前を休ません」

「へぇ、どうやってですか?」

「山積みの苦情を処理するがいい」

孔明は眉を潜め、周瑜に向き直った。

「山積みの苦情?何故そのようなものが?」

「分からないか?この週末、我等が何もしなかったと思うなよ」

それで孔明は気が付いたと見え、眉間の皺を深めた。

「…まさか周瑜…」

「そのまさかだ」


孔明は溜め息をついた。額に青筋が浮かんでいる。


「いいでしょう…ええ、苦情でもなんでも受けて立ちますとも」

拳を握り締める校長先生。後ろで孫策が手を挙げた。

「周瑜、俺にも分かるよう説明宜しく」

「あー。つまり、魏延に言って、制服のまま滅茶苦茶やってもらったのだ、この週末」

「はぁ…成程ね」

普通ならそんなこと進んでやりはしないだろうが、魏延なら喜んで実行するだろう。孔明の時間を削れるともなれば、尚更だ。



すると孔明が、前を歩きながら、ふっと漏らした。


「貴方は甘く見ている…」


「え?…」


何を、と周瑜が聞き返そうとした時、どこから現れたのか、いきなり姜維が割り込んできた。

「先生がた、おはようございます!」

「おや姜維。なんですかそんなににこにこと」

「だって、孔明様ったら、朝から周瑜先生と登校だなんてお熱いですねー」

その言葉に周瑜と孫策が過敏に反応。


「よく見ろ姜維!何も熱くない!!」

「俺もいるじゃん!立ち位置的にも俺が周瑜の恋人だろ!」

姜維はそこで初めて孫策を見て、言った。


「あ、いたんですか。孔明様の神々しさに隠れて気が付きませんでした」


「死ねこのガキーっ!!」

「抑えろ孫策!!」



結局こんな会話の末、四人は学校へ到着した。















今日は午前中、孔明は出張である。帰ってきた孔明は魏延の起こした数々の問題と組み合う羽目になった。

そんな時でもやはり休息は必要である。そこで彼がとった道は。

「こ、孔明っ!!なんだこの放置プレイは!!」

「忙しいので。どれだけの人に謝罪しなければならないと思っているんですか?」

「知らんっ!縄をほどけ!」


周瑜は現在、校長室の絨毯の上に、一糸纏わぬまま縛られて放置されている。

休養、とは、周瑜を見ること。


「目の保養です。周瑜の裸体を見ていれば誰にでも快く謝れる気がする」

「最低だ!!」

「元は貴方のせいでしょう?」


そう言われては何も言えない。



やはり安息な日々は望めないようだった。



「…孔明」

「なんですか?」


十回目の電話を切った彼に、周瑜が話し掛けた。


「そうまで忙しくては私をたばかる策も持てまい」

「えぇ、元から忙しかったのに輪をかけて忙しいですよ。だからなんですか」

「夏休みまで停戦に応じてもよいが」

聞くと、孔明はにわかに笑いを漏らした。

「何を、馬鹿なことを。それは貴方達の一番の望みでしょう。いたずらに安息を与えてどうします」

周瑜は動じなかった。こういう返答は目に見えていた。

「ではお前は、私が策を弄するのを黙って見ているということか」

「黙って?返り討つだけでしょう」


「精々気を付けるがいい。終業式の頃には、お前も私を見下すことなど出来なくなるのだからな」


「…」


孔明は自信ありげな彼の挙動を、不審な目で見ていたが、遂に何も言わずに終わった。


「姜維!周瑜を一糸纏わぬままお送りしなさい」


傍らで書類の決済の手伝いをしていた姜維に、孔明が言う。


「はい、孔明様」

「ま、待ったー!!何の羞恥プレイだ!!」

「その美しい体を皆に披露していらっしゃいな」

「いやだ。ここで舌を噛みきって死にたいくらいにいやだ」

「どうせ私達二人には毎日のように見られているくせに」

「黙れ!服を返せ!帰る!」



問答の末に、周瑜は服を返してもらい、縄を解かれてそこを出た。








姜維はそれを見送ってから、孔明の方へ戻ってきた。

「なんだか最近、周先生、柔らかくなりましたね」

「姜維にもそう見えますか?」

「昔よりはずっと」


しかし孔明はその顔に憂色を湛えた。
姜維が不思議そうに聞く。

「どうしました。周先生の言葉が気にかかっているんですか?」

「…いや、それもあるけれど、何か嫌な予感がするんですよね」

「ははぁ…孔明様の勘って当たりますからね。終業式までは一層警戒しましょうか?」

「それが良いでしょう」


孔明は微笑んだ。












同じ時間、保健室。



趙雲は休みだったが、律儀にも鍵は開いていた。
皆が揃ったのは、西日が落ちようとするころであった。

「この前の続きだが…、役割分担を決めないとな」


時間がなくて、そこまで詳細に打ち合わせてはいない。

「一番危険な、孔明と直接対峙するのは誰がやる?と言っても、私は力的に無理だが」

周瑜の言葉に、魏延が応えた。


「俺が一番似合ってるだろ。いいよ俺で」

「また失敗しないだろうな」

「汚名返上の機会くらい、くれたっていいじゃんか。二度も馬鹿やらねーよ」


そう言われれば拒む理由はない。周瑜は頷いた。


「では私と孫策はあとから行こう。姜維を見張る役も必要だし」

「で、俺が姿を消す役かい?」

「あぁ、凌統はそれだけでいい。頼むぞ」




話し合いはすぐに終わり、魏延達は早々に帰ってしまった。
残された周瑜と孫策は、ベッドに足を伸ばして座っていた。


「孫策、大丈夫か?最近顔色が悪いようだが」

「んぁ…なんか色々あったからなぁ。これが終わったらゆっくり休ませてもらうわ」

「…そうだな。もう終わらせよう」

「ああ、必ず」

そこで会話は途切れる。

やることに欠いて、ぎゅ、と孫策の体に抱きつくと、彼は擽ったそうに体を震わせた。

「久しぶりだな…二人きりは」

「あぁ、そういえばそうだな。うちじゃ権や尚香がうっさいもんな」

「孫策、夏休みはどこに行きたい?」

「んー、海?」

「焼けるから嫌だ」

「いやお前はもう少し日に当たったってバチは当たらん」

「何をいう孫策!今の時代、すでに日光は恐ろしき病気の元となりつつあるのだぞ!?そもそもオゾン層がだな…」

「わー!わー!違うーっ!!」

周瑜の講義を聞かせれそうになった孫策は、周瑜の口を塞いだ。


「む…むぐっ!!」


「いいか、オゾン層も紫外線も知ったこっちゃねぇ!!海ってのはなぁ!!お熱いカップルがラブラブするとこなんだよ!!いいムードに浸る為にあの白い砂浜はあるんだ分かったか!」

「んー!んぅーっ!!」


暴れる周瑜を押さえ付けると、彼は苦渋な瞳で孫策を睨んだ。思わずそれに同情をそそられて、彼は手を引いてしまう。


「孫策貴様…やったな!」


とっさに周瑜が孫策に枕を投げつけた。


「ぶはっ!?」


孫策は受け取れずに顔面にくらってつんのめった。


「し、周瑜っ!」

「あはは、見たか。全く、甘い男だ」

「うるせぇやい!優しいと言え優しいと!!」

周瑜は満面の笑みを浮かべ、言った。


「そうだな。些か優しすぎるくらいだ…そんなとこがまた魅力だが」


「はん、そう言ってもらえると嬉しいぜ」


二人はそれからも雑談に明け暮れて、笑いあいながら帰った。



















そして終業式の日。周瑜達の夏休み前最後の大仕事が始まる。



さて、最後に笑うのは誰か。











魏延は凌統と二人、授業をサボって外で時間を待っていた。

もうそろそろ終業式が始まる。孔明も姜維も校長室を離れる。その時を待っているのだ。
暫くして、魏延が言った。


「もうそろそろ行くか、凌統」

「おー、了解。じゃ、またあとでな、大将」


二人はそっとその場を離れ、魏延は職員室へ、凌統は外へと向かう。










職員室へと向かった魏延は、そっと中を覗いた。誰もいないと見ると、慎重に忍び込む。


「えーっと…校長室の鍵は…」


職員室の奥に鍵入れがあるのを見つけ、中を探し始める。目的の鍵は一番端にあった。


しかし魏延はそれに夢中になって、後ろの物音に気が付かなかった。
がらり、とドアが開く。



「おや…何をしてる、魏延」



突然の声。

「…!?」

魏延が驚いて見れば、一体何故職員室に戻ってきたのか分からないが、そこには馬騰が立っていた。


「ば…馬騰先生」

魏延の頭を何パターンかの切り抜けかたがかすめた。

倒すのは無理だ。時間が足りなくなる。馬騰は強いという噂もある。
かといって逃げるわけにもいかない、孔明に報告が行けば全てが水の泡だ。
だとしたら方法は一つしか残されていない。



「…先生、見逃してくれない?」

「ほう、何をだね。そも、魏延、何を持っていこうとしているのだ?」

「…だからそれも含めてさ、見逃してくれよ」


馬騰は苦笑いして、溜め息をついた。


「魏延、それが人に物を頼む態度か?全て話して、正当な理由であれば通さないでもないが、そんな曖昧な答えで盗みを容認はできんよ」

「…」


魏延は返答に窮した。
前もそうだ。どうするか、時間に急かされるように考えた結果、失敗したのだ。同じ轍を踏むわけにはいかない。それだけは彼のプライドが許さなかった。

考え抜いた末、彼は言った。



「先生、ごめん…何も言えないけど、通してくれ。全部終わったらなんでも答えるからさ!」


魏延は嫌がる感情を懸命に抑えながら、頭を下げる。
馬騰が目を丸くして、彼をみつめた。魏延がそんな風に人に頼むのは、あまりにも珍しいのだ。


「…はは、お前がまさか、人に頭を下げるとは…!分かった、よかろう…見なかったことにしておこう」


馬騰はすっと道を開けた。

「馬騰先生…恩に着る」

「いやいや…実は私も、退屈な終業式をそっと抜け出してきたのでな」


そう言って、馬騰は口元に指を当てた。言うな、ということだろう。


「なんだ、お互い様かよ。じゃ、またな」

魏延は馬騰に手を振り、職員室を出て全力で走り出した。




目指すは校長室。





続く。






裸体に縄は痛いなぁって今更思いました←
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