「授業中メールしてくるって、ほんまダメな先生やな?」

授業中、ポケットに入れていた携帯が震え、着信を知らせた。
先生に見付からないようにとこっそり確認をすれば、メールの主は今目の前に居るこの教師。
昼休みに社会科準備室に来いとの簡素な一文だけが送られていた。

「叱りに来てって訳やないねんけどなあ」
「叱らざるを得ない状況やとしたら?」
「あー……」
「…ええけど。何の用?」

苦笑いし頭を掻く先生に溜息を吐きつつ問い掛ける。
そうすると、椅子に座ったまま両手を拡げた。
おいで、と言わんばかりに。
俺にだけ見せてくれるこの優しい、恋人の微笑みに弱い。
これにまんまと騙されてしまっている事を自覚しながらも、逞しいその腕に抱き締められたくて。
誘われるまま、先生の膝に跨がり身を寄せた。

「いい子」
「…知ってる。用件は?ごはん食べてないし、次の授業の準備せなあかんのやけど」
「次は」
「体育。バレーボールや」

早く昼食をとって体操着に着替えて。
よりによって今日は当番で、ネットやボールの準備をしなければならない。
それなのにこの教師はお構い無しに、俺を抱き締めたまま頭を撫でていた。

「……なあ…、」
「ちょっとだけ。癒し」
「……。何や。叱られたん?失敗したん?」
「まあ、そんなとこ」
「また自業自得なんやなくて?ろくに準備もせんままだらだらして、いざって時に慌てて失敗するっちゅう…いつもの事やんか。何回おんなじ事したら………」
「…厳しいな、ほんま…」

ああ。これは本当に落ち込んでる。
抱き締める力が強くなって、俺の肩に顔を埋めたまま動かない。
大の大人が泣くなんて事はないだろうけど、大人だからこそ逃げ場や弱音を吐く場所なんかが無くて、折角俺を頼ってくれているのに、いつもこうして口うるさく叱ってしまう。
優しくしてあげられたらいいのにと、いつも後悔する。

「せんせ…、」
「すまん。だらしない、格好悪い奴で」
「…わ、わかってるなら…何とかしたら…?」
「せやな。うん。何とかするわ」

お疲れ様、とか、一言言ってあげられたらいいのに。
何でただそれだけの事が出来ないんだろう。
抱き締めた大きな背を撫でながら、自分があまりにも無力で泣きそうになる。
しん、と静かな室内で先生の背を撫でる音だけがしていた。
狭いこの一室は地理や歴史や様々な資料が本棚に並んでいて、古いその匂いの中に、ついさっきまで吸っていたんだと思う先生の煙草の匂いも混ざっていた。
最初はあまり好きではなかったこの匂いも「社会科担当の煙草好きな先生」らしいものだと思えばすぐに慣れたし、好きにもなれた。
普段あまり生徒は出入りする事のないこの部屋にわざわざ呼んでくれて、頼ってくれて。
本当はすごく嬉しくて。
だからこそ何かしてあげられたらいいのにと、無力に感じてもやもやしてしまう。

「せん、」
「…次、体育やったか。すまんな。あと…五分か。怪我せんように、気い付けてな」
「……あ………、」

体を離され、ぽんぽんと優しく頭を撫でてくれた。
漸く見られた先生の表情は、微笑んでいながらも何処か疲れているようで、無理をしているようで。
俺は癒しになれなかったのだと、すぐにわかった。

「あ、の……」
「ん?」
「……、…ごめん、な…」
「何が」
「………」

何も出来なくて。
何も言えなくて。
何の役にも立てなかった。
未だに先生の膝の上に居る事すら申し訳無くて、ゆっくりそこから降りる。

「おおきにな?時間貰ってもうてすまんかったわ」
「…ええけど。別に」
「次、二年の財前んとこで歴史や。先生も頑張って来るから、お前も頑張るんやで」
「言われなくても」

顔を見る事が出来なくて、俯く俺の頭をまた撫でてくれた。
優しいその手のひらに甘えたくなる、のに、可愛くない返事ばかりが口をついて出てしまう。
これ以上居られないと、手を払うよう退けながら逃げるように部屋を出る。
これもまた、可愛くない態度だ。
きっと呆れているだろう。子供過ぎる俺に。
嫌われるのが怖いのに、嫌われる態度ばかりを取って、いつ手離されてもおかしくないと自覚はしている。
だからこそ、最後にこんな悪足掻きをするのだろうか。

「……先生は、だらしなくて格好悪くて、アホやし、煙草臭くてギャンブル好きで全っ然教師らしくないけど、そういうとこもひっくるめて全部好きやから。授業、頑張って」

褒めてるのか貶してるのか、自分でもわからない。
ただ、俺は先生が好きだとそれだけが伝わってくれたらいい。
社会科準備室を出て、教室へ向かう。
もう昼食をとる時間もないなと、無理矢理先生を忘れようとするかのようにぼんやり考えながら。
階段を降りる最中に再び震える携帯。
謙也が早く来いと急かしているんだろう、と、その予想は外れ。
思いがけず涙が溢れ、止まらなくなった。

「…ずるいひと…」

愛してる、なんて。
学校で、生徒にかける言葉じゃない。
それでも、俺の心を満たしてくれて、同時に何だか申し訳無くて。でも素直に嬉しい。
次の授業、出られそうにないのはこのずるい教師の所為。



#140109---※捏造、社会科担当設定。