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タイトルなし

瞠誕

401という数字の並びは、いろんなものを連想させる。
そう、例えば79番目の素数だとか。一年に一度だけ、嘘をついてもいい日だとか。11番目のテトラナッチ数だとか。
例えば、とある部屋の番号だとか。
「そういうわけで」
そう言って、さっちゃんとハルたんはにんまりと笑みを深める。これは見たことがある。清ちゃんが、何か悪戯を思い付いたときの顔だ。それと、よく似た色を含んでいる。
「存分に甘やかされてきなよ」
ハルたんに手を引かれて、振り切ることなんて出来ずに。ぽん、とさっちゃんに肩を押される。すると、待ってましたと言わんばかりに目の前の扉は開かれた。
「welcome」
発音の良い言葉に迎えられて、そうして俺は半ば強引にマッキーの部屋へと連れ込まれた。
「じゃあね、瞠」
「あとは、若いお二人で」
にこにこと何か含みのある笑顔と、同じく含みのある言葉を残してハルたんとさっちゃんは扉を閉めた。ごゆっくり、と扉の閉まる直前に聞こえたさっちゃんの言葉がやけに耳の奥に響く。
ゆっくりなんて出来ねえっスよ……。いきなり押し掛けて、マッキーだって迷惑だろうし。
ちら、とマッキーを見ると嬉しそうな視線とかち合った。
「ね、久保谷くん」
そして、その嬉しそうな視線を瞼の裏に閉じ込める。ハルたん達みたいな含みのない、真っ直ぐな笑顔を向けて。その頬は僅かに上気していた。
「久保谷くん、甘えてみてよ」
視界の端に、きっと、つい先程開けられたであろうビール缶をとらえた。部屋だと飲み過ぎるからダメだって言ってるのに。これは、確実に飲んでるな。
ねえねえ、とマッキーは機嫌良く俺の腕を揺すった。
「そう言われても、どうすればいいのかわからないっスよ……」
うろうろと視線をさまよわせている内に、いろんなものが目に入ってくる。一缶だけではない、空けられているお酒の数々に思わず息が洩れた。俺が合法的にお酒を飲めるようになったら、いくらでもマッキーに付き合うのに。それまでにこの人はどれくらいお酒を消費するんだろう。そう考えると、アルコールも回ってないのにくらくらした。
「ほらほら、遠慮しないで」
にこにこと笑顔を浮かべて、腕を揺すりながら無茶ぶりしてくる。
「うーん……」
思い付く限りの我が儘を思想しては、口にすることなく飲み込んでいく。こうなったマッキーはたぶん引かないだろうから、何か言わなければならないのに。
「だって……」
何も浮かばない、と言えば嘘ではないが。どの言葉も口にはできなかった。もし、困らせてしまったら。そう考えると、どんな言葉でも飲み込んでしまう。
うんうんと唸っているうちに、マッキーは俺の腕を離していた。何も言わないのがいけなかったのだろうか。不安混じりな視線で、マッキーを見つめる。マッキーは目を閉じていた。先程までの嬉しそうな視線を瞼の裏に閉じ込めて。
「なら、仕方ないな」
失望させてしまっただろうか。呆れられたりしていないだろうか。不安と焦燥がない交ぜになりながら、マッキーから視線が外せずにいた。
「じゃあ、僕のわがままを聞いてもらおうかな」
「それなら、全然!」
余裕っスよ、と握り拳をつくって掲げてみせる。やっぱり、我が儘を言うより、誰かの望むことをする方が良い。俺はフルコースを食べることより配膳したい。給仕する側でいたいのに。みんなが喜んでフルコースを楽しんでくれたら、それで良かったんだ。俺は美味しい料理で満腹になるより、くたくたに動き回ってる方が良い。
だから、マッキーの提案はこの上なく俺を幸福にしてくれる。
「僕より、あの子達に甘えて見たら?」
筈だった。
「……え」
感嘆とも、否定とも、肯定ともとれる、思わず口から洩れた言葉にマッキーは笑顔を深めた。それは先生として諭すようなものではなく、むしろ、さっきのハルたんやさっちゃんみたいなニュアンスを含むものであって。ノーとは言えない日本人であり、ましてやマッキーが相手ならば俺は首を横に振ることなどできなかった。甘えるような笑顔を浮かべたマッキーは、甘いお菓子を食べるような優しい声色でまた無茶な事を言い出すんだ。
「だって、久保谷くんは一番年下になるんでしょ?だから……」

「あ、お帰りー瞠。どうだった」
どう、とはマッキーに甘やかして貰えたかということだろうか。ハルたんはにこにこしながらテーブルの上に皿を並べていた手を止めた。
「瞠、思う存分、甘やかされてきたの」
元から手伝うつもりがあるのかないのか、キッチンとテーブルを行き来していたさっちゃんが携帯から顔を上げた。
「うん、その……ハルたん」
「僕は」
「それに、さっちゃんも」
「違うでしょ、久保谷くん」
俺の後ろからひょっこりと顔を出したマッキーに、キッチンの奥からレンレンがこちらを覗く。戸棚から大きな皿を取り出していた茅サンも、皿を置いて歩いてきた。そんな茅サンを見て焦ったのか、レンレンはコンロの火を消して慌てているのを指摘されたくないように早足でこちらに向かってくる。みんなが続々集まってくる様子を、マッキーはにこにこと満足げな笑顔を浮かべて待っていた。
「それがね、なかなか難しかったから、僕のわがままを聞いてもらっちゃった」
え、と驚いた顔のみんなに申し訳ない気持ちになりながら、俺はみんなの顔をちらりと盗み見た。
「ほら、きっとみんな喜ぶと思うよ」
隣からの後押しする声で、俺は顔を上げて順番にその表情がどう変わるのかを見詰めるんだ。
「……うん、俺のために、こんな、ありがとな。……ハル兄ちゃん」
「……え?」
「咲兄ちゃんレン兄ちゃんも、……ありがとう」
「わお、これはこれで。ありかもしれないね」
「お、おお……」
「それに、……茅兄ちゃん」
「……久保谷、」
「……あ、晃弘兄ちゃん……」
まだ食前酒だって飲んでいないのに、頬が上気する感覚に溺れる。どんな顔をすればいいのかわからなくて俯いていると、いつの間にか歩いていたマッキーの声がキッチンから聞こえる。
「わあ、すごいね辻村くん。これってもしかしてフルコース?」
「あ、こら、先に言うなよ」
「えっ、ごめんね。まだ秘密だった?」
本当に、本当に、フルコースだったらしい夕飯を知って更に戸惑って顔を上げると、みんなはどこか嬉しそうに、くすぐったそうに笑っていて。つられて笑った瞬間に気が抜けて、腹の虫がぐうの音をあげた。
「……あ、」
「じゃあ、ご飯食べようか」
「煉慈の作ったフルコース。フレンチとはいかなくて、和食だけど。味は美味しかったよ。僕が保証する」
「和泉、つまみ食いしちゃったんだ」
「うん。晃弘にも確かめてもらったから。お墨付き」
「……茅まで何やってんだよ」
「ほら、瞠。一緒に食べよう?」
「お前が席につかねぇと料理が運べないだろ、久保谷」
みんなの笑顔に誘われて、食卓の、所謂誕生日席に案内された。くすぐったくなるような雰囲気の中、みんなの顔がよく見える。
「この前菜はね、俺も手伝ったんだよ」
ハルたんはそう言ってサラダを持ってきてくれた。代わる代わる席を立ってはこれは俺が手伝ったとか、スープを注いだのは僕だとか、飾りつけをしたとか、にぎやかなフルコース。
あ、とハルたんが何かに気付いたように声を上げると、みんながそちらを振り向く。
「瞠は茅のことも、辻村のことも名前で呼んでくれたんだよ」
「う……」
忘れかけていたことを思い出して、さっき飲み込んだホットコーヒーの苦さと熱が顔に移動したみたいだ。
「だったら、二人とも瞠と同じようにしなきゃ。不公平じゃない」
にやり、とハルたんが笑うと茅サンは驚いたように、レンレンは照れくささを隠すように首筋を撫でた。
「誕生日おめでとう、瞠!」
デザートのホールケーキの蝋燭を吹き消した瞬間に、視界が真っ暗になってしまったけれど。雰囲気からぽかぽかと伝わってくる笑顔に、人数に対して大きすぎるケーキを食べる前に胸がいっぱいになった。

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