リメイク中途半端^^
「俺は煙草のにおいとは無縁に生きる!」
考えたのだ。
自分が吸ってなくとも、移り香――と言えば聞こえはいいかもしれないが、他人が吸った煙草のにおいで自分がこれ以上不良に見られるのだ。全くもって悪循環である。
そんな、ただ悪循環で自分に利が一つもないのなら断ち切るのが当然であろう。だから。
「だから、覚悟しろよな!」
「……うん?」
「って、話、聞いてなかったのかよ!」
何をだ、という風な瞳を見て、思わずがくりと肩を落とした。
出会いは極めて在り来たりであった。
高校一年、俺はこの学校に進学してきた。幼馴染の左之さんやしんぱっつぁんとともに。
しかし、クラスはばらばらに散らされて、これから平穏な毎日を過ごそうと決めていた頃の話だ。
「なあ、お前ら、学級委員長にならねえ?」
そんな中、左之さんが持ちかけてきた話題は唐突過ぎるものだった。
「は?面倒臭がりなお前が、どうしたんだよ?」
「いや、な。偶にはいいじゃねえか。俺、学級委員長になるからお前らもなれよ」
「まあ……俺はどっちでもいいけど。平助、お前もやるよな?」
「は?俺もかよ……」
しんぱっつぁんも一緒に引きずり込まれて、隣にいた俺まで巻き添えを食らった。
あとからわかった話だが、左之さんは生徒会副会長に近付きたくて学級委員長に自ら立候補したそうだ。不純な動機だと思ったのと同時に、左之さんらしいと諦めた。
それからはまあ、ちゃんと学級委員長としての仕事を只管こなした。一度引き受けてしまったからには中途半端になどしたくはなかったから。
そして今日も、アンケートの集計の為に放課後までクラスに残った。その作業が思いのほか手間取ってしまい、全てを終える頃には日はとっぷりと暮れていた。
「これ、どうすっかな……」
確か、提出日は明日だったはず。
アンケート用紙をぺらぺらと指先で遊んで、迷った挙句、プリントを手にとって鞄を持って教室をあとにする。しんと静まり返った学校は不気味だった。廊下に人気はなく、殆どの灯りも落ちている。
自身が先ほどまで居た教室の明かりを消すと、本当に暗闇に支配される。
「この様子じゃあ、今日はもう無理だよな……」
諦めたようにとぼとぼと廊下を歩くと、職員室ですら既に暗く思わず溜め息が洩れた。こんなに遅くまで残ってしまったのか、とぼんやりと考える。
靴箱が見えてきた頃、同時にポツリと灯る明かりを見つけた。
(あそこは……確か、生徒会室?)
ああ、真面目だな、なんて。そんなことを考えて、明日よりも今日、少しでも早く提出したほうが良いだろうと思い、その扉に手をかけた。
そして、見てはいけないものを見てしまった。
「……会長?」
「あぁ、1Aの藤堂平助か。何用だ」
「何用、って……」
絵のようだった。
プリントを持つ左手も、それを見る瞳も、背景となりうる窓枠も夜空も満月も。
一枚の絵のようだった。
一瞬見とれてしまうがすぐに我に返る。
「それはこっちの台詞、だ!」
「あ?」
つかつかと大股で間合いを詰めて、皮肉なくらい様になっているそれを右手から取り上げた。
何するんだ、と言いたげな翡翠をきっと睨み返す。
信じていたのに。
と、出会って間もないのに似合わない台詞だと思った。
――いや、本当に。
信じていたのだ。
彼ならば、この願いも実現できるのではないか、と。
だから、というのは少し違う気もするが、だから、悲しかった。
「……煙草」
「んあ?」
「なんで、煙草なんか吸うんだよ」
「何となく、だな」
「今のが初めてってことは……」
「ああ、初めてだ」
その言葉を聞いて、ひどく安心した。
しかし刹那として、その安らぎは跡形も無く崩された。
「バレたのは、お前が初めてだ」
確かに、様になっているとは思ったが。
悪戯に笑う姿でさえも、妙に様になっていて、それは非道く嫉ましかった。
そして、一晩中悩んだ末の決断が、これだ。
「だーかーら、もうお前には煙草なんか吸わせねえ!」
「はあ……?」
目の前で仁王立ちして、腕を組んで、高らかに宣言したのだ。
しかしそれもお構いなしとばかりに、一瞥されただけで何も変わらなかった。
ふう、と息を吐き出す。
何となくで吸っているのならば、理由がなくとも止めてくれるのではないか、というのは少し楽観だったか。
ならば、と。
もう、こうなったら、強硬手段しかない。
もぞもぞと制服のポケットから取り出されたのは、鋏。
「会長、動くなよー」
「あ?」
じゃきん、と一断。
咥えられた側とは反対の半分が落ちるのをキャッチして、すぐさま火を消した。
「……何すんだよ」
「強制手段?」
「危ねえだろ」
確かに、危ない。
が、俺はちゃんと忠告したと自分でたかを括って無視した。
「煙草吸うような不良に言われたくねえ」
「つか、先輩で生徒会長だぞ?敬語はどうした」
「煙草止めたら、礼儀は守るさ」
「…………」
「…………」
次の瞬間、ふっと笑みを洩らした。
強気な笑みだ。
「お前、なかなか面白いな。いいぜ、そんなに吸わせたくないなら、阻止してくれよ。俺は別にどっちでもかまわねえからな」
吸っても吸わなくても、と述べるくらいなら。
吸わないでくれよ、と切に願う。
だが、己の口から出てくる言葉はそんな生温い言葉ではなかった。
「おう、やってやろうじゃねえか!断固として吸わせねえからな、覚悟しとけよ!」
そういいきった後は、後悔とかそんなものよりも、どのようにして吸わせないかを考えるほうに必死だった。
こうして、どちらが先に折れるかの勝負の采は、高らかに投げられた。
end.