2013.10.24 Thu :未来
夏のご用心5
月森は、香穂子の消えていった寝室のドアの前に立っていた。
きっちりと閉じられたその扉が、まるで今の香穂子の心を映しているかのようで。
いざ目の前に立つと、言い知れない緊張感に体が強張るように感じた。
いつもなら躊躇いなく開けていたドア。
もし躊躇したことがあったとすれば、
それは、新しい生活を始めたこの家で、二人で初めて迎えた夜だっただろうか…
月森は過ぎてしまった甘い時間を振り切るように思考を中断し、前を向き直した。
そうして、想いが握られたその手を持ち上げて、控えめに寝室のドアをノックしたのだった。
コン、コン、コン…
部屋の中からは、何の応答もない。
ためしに、ドアノブに手をかけると鍵の掛かっている感触がある。
(やはり、ここにいるのは確か、か)
月森は少し息を吐いて考える。
外に出ていってしまったのではなく、家の中に留まっていてくれたことが分かっただけでも素直に嬉しかった。
まだきっと挽回のチャンスはある。
そう自分に言い聞かせ、月森はもう一度、閉じたままのドアに向き直った。
「香穂子、そのままでいいから聞いてくれないか」
少しでも気持ちが届けばと、月森は閉じたドアに額を当てて、言葉を続けた。
「その…、気持ちが落ち着いたらでいい、何を言ってもかまわないから、君の顔を見せてほしい。それまで、俺はここで待っているから」
それだけを伝えると、月森はその場に腰を下ろし、寝室のドアが開くのを待つことにした。
この家の主である月森なら、施錠されていても外から開けられる術がないわけではない。
だけども、それをしてしまったら、また香穂子の気持ちを蔑(ないがし)ろにしてしまうことになるだろう。
愛しいと想う気持ちがあるのなら、その想いの強さの分、この気持ちをくれた香穂子を大切にするために使いたかった。
だから今は、自分の思いを押し通すより、ただ香穂子の心に寄り添いたい。
そのくらいの力は自分の中にあると自負していた。
もしかすると、何もできることはないのかもしれない。
でも…
月森はその場に座り込んだまま胸ポケットからペンを取り出すと、リビングから持ってきておいたA4用紙を床に置き、おもむろに何かを書き付け始めたのだった。
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れんれん静かに奮闘中