宇宙兄弟
ヒビト×紫三世

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Sideムッタ

ヒビトに恋人がいるってことには、うすうす気づいてた。
ダテに30年近く兄弟をやってるわけじゃない。

「あいつと付き合えるなんて、奇特な人もいるもんですね」
ぼそり言った言葉は、昼時のカフェの騒々しさにかき消されたが、隣に座っていた宮田さんにはしっかり聞こえたようだ。笑いの混じった声で「そうだね」と返事が返ってきた。
「ヒビト君がどうしたって?」
さして大きくもない4人掛けテーブル。左隣に座っているケンジは、いつもどおり背筋をビシッと伸ばしたままコーヒーを口に運んでいた。聞き逃した話題にさして興味もなさそうな様子だったが、それでもケンジに聞こえるよう大きめの声で言ってやる。
「ヒビトに恋人がいるらしいけど、どこの誰かわからないんだって話!」
「ぶっ!」
途端、向かいに座っていた紫さんがゲホゲホと咳き込む。
「大丈夫ですか?」
俺は慌てて傍にあったペーパーナプキンを手渡した。
「大丈夫か、紫。コーヒーにそんなに砂糖を入れるからだぞ」
言いながら、紫さんを見る宮田さんは妙に楽しそうな表情。
「…や、へーきへーき。マジに砂糖入れすぎたみたいだわ」
紫さんは受け取ったナプキンで口元を拭った。
まあそうだろうな、紫さんのコーヒーの甘さは尋常じゃない。ようやく気付いたか勝男君。
つうかヒビトの恋人って誰だ。宮田さんだったら知ってるだろうか?いやそもそもNASAの関係者とも限らない。あのよくヒビトに絡んでくるテレビの記者?角のスーパーの美人な店員?
気になり始めたらなんかもう、食べてるバーガーの味なんてどうでもよくなっていた。
「宮田さんは知ってます?ヒビトの彼女」
氷が溶けて薄くなったコーラをぐるりとかき回し、一口飲んだ。気の抜けた炭酸が口の中で、最後の悪あがきとばかりに小さく弾ける。
宮田さんはあの優しそうな微笑みを湛えたまま、紫さんを横目で見遣った。
「俺は知らないけど…紫なら知ってるんじゃないか?」
「バカおまえ…!!」
明らかに動揺する勝男君。幸いにして空だった彼のコーヒーカップが、手の中でまるで生き物のように飛び跳ねた。
「…?」
この慌てよう、これは明らかに何かを隠している。
まさか紫さん…
俺はコーラを置くと勢い良く立ち上がり、両手でバンとテーブルを叩いた。
「紫さん!」
微妙に声が裏返る。
しかし男たるもの、いや兄たるもの、ガツンと言っておかなければならない時もある。
こんな場合、本来ならば畳に正座してお願いに上がるところだが、ここはアメリカ式に…あれ、アメリカ式ってどうするんだ?いかん、余計なことばかり考えるな!男らしさが重要だ!
「紫さん、ヒビトをよろしくお願いします!」
ガバッともじゃもじゃの頭を思い切り下げる。
90度に腰を曲げたまま上目遣いで紫さんを見ると、彼の顔が瞬時に赤くなったり青くなったりしていた。
ああ、なんか俺…日本でもあんまり言わないようなこと言ってしまった気がする。
瞬時にちょっとばかし冷静になった俺は、赤と青を足したら紫だななんて、本当に余計なことを考えてしまった。